バイオものづくりを支える微生物探索のための基盤技術を開発~ドロップレットの中で微生物増殖を検出する試薬を製品化~

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2024-09-26 産業技術総合研究所

ポイント

  • 新しい原理で微生物が内部で増殖しているドロップレットを検出して分取する方法を開発
  • 微生物を構成する膜成分を蛍光染色することで微生物の存在や数に応じた検出が可能
  • バイオものづくりのための微生物ミリオンスクリーニングの基盤となる技術

バイオものづくりを支える微生物探索のための基盤技術を開発~ドロップレットの中で微生物増殖を検出する試薬を製品化~

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門 佐々木 章 研究グループ長、野田 尚宏 研究グループ付らは、Water-in-oil ドロップレット(以下「ドロップレット」という)の内部に存在する微生物の増殖検出技術を開発しました。バイオものづくりを行う上で、微生物資源を拡充するためのスクリーニングに活用できる重要な技術です。

この技術は、微生物の膜に膜染色蛍光色素が局在して蛍光強度が上昇することを活用し、ドロップレットの内部で増殖している微生物を検出します。無染色に比べて高感度かつ微生物数に依存した指標により、微生物が増殖しているドロップレットの特異的な検出・回収を実現しました。本技術を活用した微生物の「ミリオンスクリーニング」は、微生物資源の探索の高速化に役立つため、バイオものづくりを加速させ、バイオエコノミー社会の実現に貢献します。

なお、株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズが本技術に使用する検出試薬を製品化し、10月1日より販売を開始します。

開発の社会的背景

バイオものづくりの分野では、微生物などを対象として、ものづくりの生産プロセスとして適用できるように、高度に最適化された細胞”スマートセル”の作製が期待されています。宿主細胞、遺伝子、酵素などの微生物資源は、産業用スマートセルの開発における基盤ですが、未だ十分に開拓され活用されていません。

環境試料からの未培養・新規微⽣物の探索は、寒天プレートやフラスコを用いて、候補株を人の手で一つ一つ単離していく方法が主流です。そのボトルネック解消のため、利用する菌株の選抜・育種、培養条件の最適化などを短期間かつ網羅的に評価する技術が望まれていました。微生物資源探索の高速化の要求に応えるため、ドロップレット技術を活用したミリオンスクリーニングに注目が集まっています。

ミリオンスクリーニングには、ドロップレット内における微生物の増殖や目的とする生産物を検出する技術の開発が必要です。微生物の増殖を検出するには、細胞の自家蛍光あるいは細胞外分泌物と反応する試薬を使用して発光させる方法があります。しかし、自家蛍光の強度では検出感度が得られず、細胞外分泌物を検出する手法では、周辺環境などから持ち込まれた細胞外物質による偽陽性やバックグラウンドの上昇が問題となっていました。

研究の経緯

産総研は、微生物を活用したバイオものづくり研究を推進しており、ミリオンスクリーニングの基盤技術を開発してきました。今回、この技術を高度化し、かつ適用範囲の広い基盤技術として、微生物の膜を特異的に染色する蛍光試薬を用いたドロップレット内の微生物増殖を検出する技術を開発しました。この検出法は、バックグラウンドの上昇を抑え、生きている細胞を高感度に捉えます。

なお、本研究開発は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発事業、(通称:バイオものづくりプロジェクト)」(2020~2026年度)」による支援を受けています。

研究の内容

ドロップレット培養スクリーニング技術は、ミリオンスクリーニング技術の基盤であり、微生物をドロップレット内で液体培養した後、蛍光・散乱光などの検出に基づく陽性ドロップレットの選択的分取を行います。本研究はこの技術を発展させ、微生物の膜を特異的に染色する蛍光試薬を用いて、培地成分の影響などによる偽陽性を抑えて高感度に微生物の増殖を検出する技術を開発しました。この新規技術は、細胞を毒性少なく直接染色するため、微生物の増殖を直接捉えられるのが特徴です。また、微生物の数の増加に伴い、微生物の膜の総量も増加することから、膜の染色で微生物の存在量(数)を指標に選抜・分取できる新規の技術です。

まず、マイクロ流路を用いてオイルの中に水相のドロップレットを生成させました。その際、膜に結合すると蛍光強度が増大する膜染色試薬を培地とともにドロップレット内に封入しました。これにより、ドロップレット内部で細菌が増殖した時の蛍光強度の増大を検出できるかどうかを検討しました。作製したドロップレットを37℃で一晩静置培養後、顕微鏡で観察すると大腸菌が増殖したドロップレットが強く蛍光を発する様子が観察されました(図1)。

図1
図1 膜染色試薬(緑色)と大腸菌を封入し一晩培養したドロップレット(30 µm)の蛍光顕微鏡観察
(左:暗視野顕微鏡像 右:蛍光顕微鏡像)スケールバー:100 µm


次に、膜染色試薬で染色したドロップレット内の微生物の検出とドロップレットソーターによる分取が可能であることを実証しました。暗視野による顕微鏡観察でもドロップレット内における微生物の存在は確認できますが、顕微鏡観察では多数のドロップレットの扱いが難しく、それらを分取できません。膜染色試薬で蛍光染色すると、ドロップレットソーターによる高速なソーティング(蛍光強度による選別と分取)が可能になります。各ドロップレットの蛍光強度の測定で、微生物が入っていないドロップレットと内部で微生物が増殖したドロップレットを識別できました。また、試薬を使用せず自家蛍光のみで検出した場合には検出が難しいと思われる大腸菌の数であっても、膜染色試薬を使うことで大腸菌の存在を明確に検出することに成功しました(図2)。さらに、微生物が増殖したドロップレットを蛍光強度に従って、ドロップレットソーターで選択的に分取できました。ドロップレットの90%が空で、残りの10%に大腸菌が含まれている状況から、高い蛍光強度のドロップレットのみを分取すると、微生物を含むドロップレットを最大100%の割合で回収できました(図3)。培養やソーティングの過程でドロップレットが壊れてサイズが変わる場合もありますが、サイズが変化したものも含めたソーティングにより、目的のドロップレットの回収ができます。

図2
図2 大腸菌における膜染色試薬(赤色)の有無による検出感度の比較

図3
図3 膜染色試薬(赤色)と大腸菌を封入し一晩培養したドロップレット(120 µm)のソーティング
水色:空ドロップレット(コントロール測定) 赤色:大腸菌封入ドロップレット スケールバー: 100 µm


本技術・本試薬を活用すると、ミリオンスクリーニングにおいて、簡便かつ高感度に微生物の増殖を検出できます。微生物の基本的な成分である膜を染色するため、さまざまな菌種で利用可能です。したがって、多様な微生物を含む環境中からの有用微生物の探索、微生物の育種の際の基盤的な技術として活用できます。一例として、環境中の多種多様な微生物を個別にドロップレットに封入してスクリーニングする場合が考えられます。有用な機能を持つ微生物のみが増殖する特定の条件で培養し、その条件下で増殖が見られた希少な有用微生物を含むドロップレットをソーティングして取得します。ソーティングによって回収したドロップレットは、一つ一つ96穴プレートなどに分離できるため、そこから大量培養に繋げていくことも可能です。

本検出技術に使用する検出試薬は、株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズによって製品化され、10月1日より販売が開始されます。

今後の予定

本試薬を用いた応用範囲の拡大や有用なアプリケーションの開発などに加え、技術のさらなる強化・改良に取り組みます。また、バイオものづくりを目指す企業などからの本検出技術を活用した要望に対し、課題の解決を共に目指します。

知財情報

特開2024-018130 「微生物増殖検出方法、微生物取得方法、微生物増殖検出用キット、微生物取得用キット及び色素の微生物増殖レポーターとしての使用」(公開日 2024年02月08日)

用語解説
Water-in-oil ドロップレット
直径数十µmの球状の油中水滴。水滴の周りが界面活性剤とオイルで囲まれているため、独立した微小な培養区容器として用いることができる。
膜染色蛍光色素
培養細胞や微生物の膜成分に配位することで蛍光強度が増強される蛍光色素。膜の蛍光観察などに用いられる。
ミリオンスクリーニング
ドロップレット100万個を迅速かつ低コストにスクリーニングする手法。
スマートセル
遺伝子組み換えやゲノム編集のような合成生物学の手法を用いて物質生産能力を引き出し、バイオものづくりのために最適化した細胞。
ドロップレットソーター
ドロップレットをマイクロ流路中に流し、ドロップレットから発せられる散乱強度や蛍光強度を分析し、強度に応じて陽性ドロップレットの分取が可能な装置。
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