2024-10-17 理化学研究所
理化学研究所(理研)情報統合本部 ガーディアンロボットプロジェクト 心理プロセス研究チームの佐藤 弥 チームリーダーらの共同研究グループは、人がアンドロイド[1]の目の動きや頭部の向きからアンドロイドの「心」を読み取って、アンドロイドの動きに人がつられること(注意シフト)を発見しました。
今回の結果は、アンドロイドの動きが人に注意シフトを引き起こすことを示唆するもので、今後のロボット開発に役立つと期待されます。
今回、共同研究グループは、参加者49人を対象として、人のような目を持つアンドロイドを用いて、対面条件で人がアンドロイドの目の動きなどにつられるかを調べる三つの心理実験を実施しました。この結果、人の目と同じようにアンドロイドの目の動きに人がつられることを実証しました。
本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(10月4日付)に掲載されました。
背景
人は他者とのコミュニケーションにおいて、言語だけでなく非言語手段も用います。「目は口ほどに物を言う」という慣用句があるように、非言語コミュニケーションの中でも、目は特別な役割を果たしています。他者の視線を追跡して(注意シフト)、相手の注意対象を共有することで相手の興味や関心を把握します。注意シフトは視覚的な情報に反応するのみではなく、他者の心を読み取って注意シフトが起こることが先行の心理学研究注1)から報告されています。
しかし、ロボットの目の動きが人に注意シフトを引き起こすのかという課題は調べられていませんでした。特に、ロボットの目の動きからロボットの「心」を読み取った結果として注意シフトが引き起こされるのかという疑問は、心理学分野において重要な問いでした。
佐藤チームリーダーらは、人の解剖学・心理学の知見に基づいてアンドロイドの頭部「Nikola[1]」を開発しました。Nikolaは、人の表情筋の動きを精密に再現しており、さまざまな速度で怒りや幸福など六つの「基本感情の表情」を作ることができます注2)。このため、人はNikolaの表情を適切に認識することが可能です。また、Nikolaの目は人の目を精巧に再現しているため、Nikolaは黒目の位置を動かすことで目線を移動させることができます(図1)。共同研究グループは、Nikolaを用いて、ロボットの目の動き(視線)に対して人は注意シフトを起こすのかどうかを実証することに挑みました。
注1)Friesen, C. K. & Kingstone, A. The eyes have it! Reflexive orienting is triggered by nonpredictive gaze. Psychon. Bull. Rev. 5, 490-495 (1998). Dalmaso, M., Castelli, L. & Galfano, G. Social modulators of gaze-mediated orienting of attention: A review. Psychon. Bull. Rev. 27, 833-855 (2020). McKay, K. T. et al. Visual attentional orienting by eye gaze: A meta-analytic review of the gaze-cueing effect. Psychol. Bull. 147, 1269-1289 (2021).
注2)2022年2月10日プレスリリース「人のように表情をつくれるアンドロイドを開発」
研究手法と成果
共同研究グループは、参加者49人を対象として、人のような目を持ち、視線を動かせるアンドロイドNikolaを用いて、対面条件で、手がかりパラダイム[2]と呼ばれる課題を用いる三つの心理実験を実施しました。
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実験1は、アンドロイドの左右にターゲット信号となる光源を設置して、光源を間欠的に点滅させて、参加者に光源の点滅している向きのボタンを押して回答してもらいました。そして、光源が点滅してから参加者がボタンを押すまでの時間を反応時間として計測しました。参加者には、あらかじめ以下の点を伝えてから実験を開始しました。①アンドロイドの目の動きあるいは頭部の向きは、点滅したターゲット信号の向きと必ずしも一致しておらず、点滅するターゲット信号の向きの手がかりにはならない、②ターゲット信号を認識したらできるだけ早くボタンを押す、の2点です。
その上で、アンドロイドの目のみを動かす実験と、頭部のみを動かす実験の二つを行いました。
この結果、アンドロイドの目の動きあるいは頭部の動く向きと、点滅している光源の向きが一致する場合は、不一致な場合よりも、参加者が、ターゲット信号が点滅してからボタンを押すまでの反応時間が短くなることが分かりました(図2左)。参加者はターゲット信号と同一の視界に入っているNikolaの目と頭部の動きにつられて注意シフトを引き起こしたと考えられます。
図1 Nikolaのクローズアップ写真
人の解剖学・心理学の知見に基づいたアンドロイドの頭部「Nikola」の目は、人の目を精巧に再現しており、黒目は人と同じように動かすことができる。
図2 実験1・2・3の結果。
アンドロイドの注意の方向がターゲット位置に一致した条件と不一致な条件で、参加者が光や音を出すターゲットの位置を同定するのに要する反応時間(ミリ秒単位)を比較した。
(実験1)ターゲットが光で、アンドロイドの頭部あるいは目(黒目)の向きを動かした。
(実験2)ターゲットが光で、アンドロイドとターゲットそれぞれとの間の視線を遮るだけの障壁アリ(遮音効果はない)とナシの条件で、アンドロイドの目の向きを実験1と同様に動かした。
(実験3)ターゲットが音で、実験2と同様の障壁アリとナシの条件で、アンドロイドの目の向きを実験1と同様に動かした。
三つの実験の結果として、***マークが付いた条件で統計的に意味のある反応時間の差があった。
実験1は、ロボットの目の動きが人に注意シフトを引き起こすことを初めて実証しました。しかし、これだけでは、物体の動きによる単純な視覚的な効果として注意シフトが起こった可能性も捨てきれません。
そこで実験2では、Nikolaと左右のターゲット信号との間に、Nikolaから光源への視線を遮る障壁を設置する条件を新たに加えました(図3)。
障壁がある場合とない場合とで、実験1の目の動きと同様の実験を行いました。参加者の視界にNikolaとターゲット信号とが入っていることは実験1と同様のため、実験1での注意シフトが物体の動きによる単純な視覚的効果であれば、障壁がある場合と障壁がない場合とで同じ結果になるはずです。
この実験の結果は次のようになりました。(1)障壁がない場合には、アンドロイドの目の動きと点滅するターゲット信号位置が一致している場合には参加者の反応時間が短くなりました。(2)障壁がある場合には、アンドロイドの目の動きと点滅するターゲット信号位置の一致と不一致とでは参加者の反応時間に有意な差は認められませんでした。このことから、参加者は、Nikolaの目の動きから自動的に心(ターゲット信号を気にしているという「意識」)を読み取って、Nikolaにターゲット信号が見えているときだけNikolaの目の動きにつられた可能性が高いことが示唆されます。
図3 アンドロイドの左右に障壁を置いた実験
障壁を置いてNikolaからターゲット信号を見えなくすると、参加者はNikolaの目の動きにつられなくなった。障壁がない場合では、参加者はNikolaの目の動きにつられており、Nikolaの心(ターゲット信号を気にしているという「意識」)を読み取った結果として、Nikolaの目の動きにつられることが示唆される。
実験3では、実験2で使った光のターゲット信号を音のターゲット信号に置き換えました。障壁がある場合とない場合とで、実験1と同様の目の動きで実験を行いました。
もし実験2において、障壁が参加者に何らかの視覚的効果を与えたことにより実験結果がもたらされた場合には、実験3でも実験2と同じ結果となるはずです。あるいは心を読み取った結果の注意シフトであれば、目隠し用の障壁があっても音は聞こえていると読み取れるため、どちらの条件でもNikolaの目の動きにつられて注意シフトが起こると予測されます。
その結果、障壁がある場合とない場合とで同じように、Nikolaの目が動く方向と音を出すターゲット信号の位置が一致する場合に参加者のボタンを押す反応時間が短くなりました(図2右)。この結果は、参加者がNikolaの目の動きからNikolaが音へ意識を向けていると認識してNikolaの心を読み取り、Nikolaの動きにつられたという解釈に合致します。
これらの結果から、参加者はアンドロイドの目の動きにつられて注意シフトを起すことが分かりました。さらに、これがアンドロイドの目の動きから心の状態を読み取った上で起こることを、実証することに成功しました。
今後の期待
今回の研究成果は、人とアンドロイドが視線を通してコミュニケーションを実現できることを示唆するものです。今後、さらに人のような外見・行動をロボットに実装させることで、人にアンドロイドに心があるかのように感じさせ、人の行動に影響を与えるロボットを開発することが期待されます。
また、先行の注意シフトに関する心理学実験では、画面に人の顔を提示して行うため、実験環境を現実体験に近づけられないことが難点でした。一方で、人対人の実験では、実験を行う側も人であることから、どの参加者にも同じ条件で接することができないなど、「統制できない」ことが難しいポイントでした。今回、人のように振る舞うアンドロイドを用いて、心理学実験を統制して行うことができる可能性を見いだしました。今後、統制された心理学実験を通じて新たな知見を得ることや、人がどのように心を読み取ると注意シフトが引き起こされるのか(意識かそれとも意図か)などの心理学の理解を深めることが期待されます。
補足説明
1.アンドロイド、Nikola
アンドロイドとは、人型ロボットの中でも、特に人の外見に似たロボットのこと。Nikolaとは、理研ガーディアンロボットプロジェクトが、人の解剖学・心理学の知見に基づいて開発したアンドロイド。人のような外見の顔、特に人と同様な横長の目、黒目・白目を持ち、表情や視線を人のように操作できる、世界で唯一の研究プラットフォームとなっている。
2.手がかりパラダイム
実験心理学の手法の一つで、方向を示す手がかり(正しい方向を示すとは限らない)の後にターゲットが出てきて、ターゲットを確認するまでの反応時間を計測することで、「注意」という見えない心の働きを定量化する。
共同研究グループ
理化学研究所 情報統合本部 ガーディアンロボットプロジェクト
心理プロセス研究チーム
チームリーダー 佐藤 弥(サトウ・ワタル)
テクニカルスタッフⅠ 下川 航(シモカワ・コオ)
インタラクティブロボット研究チーム
チームリーダー 港 隆史(ミナト・タカシ)
筑波大学 人間系障害科学域
准教授 魚野 翔太(ウオノ・ショウタ)
原論文情報
Sato, W., Shimokawa, K., Uono, S., & Minato, T, “Mentalistic attention orienting triggered by android eyes”, Scientific Reports, 10.1038/s41598-024-75063-3
発表者
理化学研究所
情報統合本部 ガーディアンロボットプロジェクト 心理プロセス研究チーム
チームリーダー 佐藤 弥(サトウ・ワタル)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当