不適切な成育環境が成長後に社会生活上の困難さを生じさせる仕組みを解明 ~マウスモデルで神経回路の異常を発見~

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2022-06-30 国立精神・神経医療研究センター

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所精神薬理研究部の國石洋リサーチフェロー、山田光彦部長らは、思春期(1)における社会経験の剥奪によりマウスの眼窩前頭皮質-扁桃体回路においてシナプス伝達の異常が引き起こされ、成熟後に社会性の低下や受動的ストレス反応の増加を引き起こす一因となることを明らかにしました。この研究結果は、人間においてもネグレクトなどの不適切な成育環境が成長後に社会生活上の困難さを生じさせる仕組みの解明に役立ちます。さらに、新しい予防・治療法開発を進める上で重要な知見を与えるものとして注目されます。
研究成果は2022年6月13日に米国の神経精神薬理学専門誌『Neuropsychopharmacology』に発表されました。

研究の背景

脳の神経回路は、遺伝子情報に従って環境の影響を受けながら柔軟に発達していきます。脳の発達段階における他の個体との社会経験は、情動や社会性の発達に重要であると考えられており、一方で、ネグレクトなどの経験は、その後の社会的スキルの低下やうつ病などの発症リスクと相関することが報告されています。さらに、マウスなどの実験動物においても、思春期の社会経験を剥奪すると、成熟後に社会性や情動行動の異常が観察されることが知られています。しかし、社会性や情動を制御する神経回路の情報伝達(シナプス伝達)において、不適切な成育環境がどのような変化を引き起こし、行動異常を招くのか、その詳しいメカニズムは、あまりよくわかっていませんでした。
研究グループは、脳の発達段階における社会経験の剥奪が、『眼窩前頭皮質』という社会性や情動の制御、動機付けに重要とされる脳部位と『扁桃体』という同じく社会性や情動情報の処理に中心的な役割を果たす脳部位のニューロン間のシナプス伝達に悪影響を与えることで、社会性や情動の異常の原因となるのではないかと仮説を立てました。この仮説を検証するため、マウスをモデルに研究を進めました。

研究の内容

まず、研究グループは成育環境の行動に対する影響を確認しました。具体的には、思春期マウスを隔離飼育することで他個体とのコミュニケーションを剥奪し、成熟後に行動評価を行いました。その結果、隔離飼育されたマウスでは、他個体に対する社会行動の低下と、逃避不可能なストレス状況における受動的ストレス対処の増加(強制水泳試験、尾懸垂試験における無動)などの行動異常が観察されました。
次に、眼窩前頭皮質から扁桃体に投射するシナプス伝達を光遺伝学(2)と電気生理学的手法を組みあわせて単離計測し、その機能に対する社会隔離の影響を調べました。ヒトの脳画像研究では、眼窩前頭皮質の内側領域はポジティブな情動に、反対に眼窩前頭皮質の外側領域はネガティブな情動の処理に関わることが推測されています。なお、内側・外側眼窩前頭皮質ともに扁桃体へ投射しているため、内側眼窩前頭皮質から扁桃体と、外側眼窩前頭皮質から扁桃体に投射するそれぞれのシナプス経路を分けてシナプス伝達の解析行いました。
興味深いことに、思春期に隔離飼育されたマウスでは、内側眼窩前頭皮質から扁桃体に投射するシナプスにおいては、興奮性伝達におけるAMPA受容体(3)由来電流成分の低下が成熟後に観察されました。一方、外側眼窩前頭皮質から扁桃体への投射シナプスでは反対に、AMPA受容体電流成分の増加が観察されました。これらの結果は、思春期の社会隔離は内側眼窩前頭皮質-扁桃体シナプスでは興奮性シナプス伝達効率の低下を引き起こす一方で、外側眼窩前頭皮質-扁桃体シナプスでは伝達効率の増加をもたらすことを示唆しています(図1)。

そこで、上記の眼窩前頭皮質-扁桃体経路の領域依存的な変化が、本当に隔離飼育されたマウスの社会性やストレス対処行動の変化に関係しているのか確かめるため、光遺伝学を用いて眼窩前頭皮質-扁桃体シナプス伝達を操作し、その行動への影響を確かめました。
まず、通常の集団飼育で育ったマウスの内側眼窩前頭皮質-扁桃体経路のシナプス伝達を人為的に抑制すると、隔離飼育されたマウスと同様に社会性の低下が観察されました。対して、隔離飼育されたマウスのシナプス伝達を活性化すると、隔離によって低下していた社会性が集団飼育マウスと同じ程度に回復しました。一方、外側眼窩前頭皮質-扁桃体経路の神経伝達を集団飼育マウスで人為的に活性化した場合、隔離飼育されたマウスと同様に受動的ストレス対処行動が増加しました。反対に、隔離飼育されたマウスにおいてこの回路の伝達を抑制した場合、隔離によって増加していた受動的ストレス対処行動が、集団飼育マウスと同じ程度に戻りました。
以上の結果より、思春期の隔離飼育が、内側眼窩前頭皮質-扁桃体の神経伝達に影響して社会性の異常を引き起こすとともに、外側眼窩前頭皮質-扁桃体経路にも影響して受動的ストレス対処の変化をもたらすことが明らかとなりました(図2)。

図2

今後の展望・意義

本研究の成果は、思春期の社会的な孤立によりマウスの眼窩前頭皮質-扁桃体回路においてシナプス伝達の異常が引き起こされ、成熟後に社会性の低下や受動的ストレス対処の増加を引き起こす一因となることを明らかにした最初の報告として注目されます。この研究結果は、人間の幼少期における成育環境がその後の社会生活の困難さや抑うつ症状などを生じさせる仕組みの解明に資するものです。将来、医薬品やニューロモジュレーションによって眼窩前頭皮質-扁桃体回路の神経伝達に介入する技術を開発することができれば、新しい予防・治療法の開発につながるものと期待されます。

用語解説

(1) 思春期:ここでは、マウスの離乳後(生後3週齢)から性成熟(生後8週齢)までの時期を指す。人間の思春期と同一の定義ではないので注意が必要である。

(2) 光遺伝学;遺伝子操作技術やウィルスベクターを用いて、神経細胞やほかの細胞に光感受性イオンチャネルやポンプを発現させ、特定の波長の光を当てることによって人工的に神経活動を活性化あるいは抑制する技術(ChR2+青色光→活性化、NpHR+黄色光→抑制)。特定の投射神経回路におけるシナプス伝達の電気生理学的な単離計測や、行動中のマウスに対する人工的な神経活動操作に利用できる。

(3) AMPA受容体:ポストシナプスに局在するイオンチャネル型グルタミン酸受容体の1種。グルタミン酸による速い興奮性神経伝達を担う。

原著論文情報

論文名:Adolescent social isolation induces distinct changes in the medial and lateral OFC-BLA synapse and social and emotional alterations in adult mice.
タイトル和訳:思春期の社会的隔離飼育は内側・外側眼窩前頭皮質-扁桃体基底外側核シナプス伝達に異なる影響をもたらし、社会性と情動行動の変容を引き起こす。
著者名:Hiroshi Kuniishi*, Yuko Nakatake, Masayuki Sekiguchi, Mitsuhiko Yamada
掲載誌:Neuropsychopharmacology
DOI:10.1038/s41386-022-01358-6

助成金

本研究は、JSPS科研費(18K15533、21J01636)、川野小児財団研究助成、並びに精神・神経疾患研究開発費(30-1、3-1)の支援によって行われました。

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所精神薬理研究部
客員研究員 國石 洋
(現・福井大学子どものこころの発達研究センター 助教)

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報室

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