マウスが示す人さながらの計画的食事~マウスは次に食べる物が好物か苦手かを計算して食事する~

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2024-10-29 東京大学

発表のポイント
  • マウスは次に好きな食べ物を与えられることがわかると、その前に食べる餌(いつも食べている餌)の量をセーブし、逆に苦手な食べ物が与えられることがわかると、その前に餌をたくさん食べることが明らかになりました。
  • マウスも人間と同じように、次に食べる物の好き嫌いに応じてその前に食べる餌の量を計画的に調節することができ、好物をたくさん食べ、苦手なものを避けようとすることを発見しました。
  • 今後の研究により、後に食べる物を考慮して食事するといった人間が日常的に行う計画的食行動のメカニズムが解明され、この計画的食行動の破綻とも言える摂食障害の理解に繋がることが期待されます。

マウスが示す人さながらの計画的食事~マウスは次に食べる物が好物か苦手かを計算して食事する~

概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の喜田教授らによる研究グループは、マウスも、我々が日常的におこなっているように、次に食べるものの好き嫌いに応じて、その前の食事を計画的に調節することを発見しました。
本研究では、マウスが、その後に与えられる食物に応じて、直前に食べる通常餌(いつも食べている餌)の量を調節できるかを調べました。空腹状態のマウスに通常餌を与えて、その後チーズやスイートチョコレートを与えることを毎日繰り返すと、通常餌を食べる量をセーブしてその後に与えられる食物を多く食べるようになりました。一方、通常餌の後にビターチョコレート(カカオ成分の多い甘くないチョコレート)を与えることを繰り返すと通常餌を多く食べるようになりました。以上の結果から、マウスはその後に食べる食物が好きか嫌いかに応じて、その前に食べる餌の量を計画的に調節することが判明しました。このような食べる量を計画的に調節する能力が破綻すると過食症などの摂食障害に繋がると考えられるため、この発見は我々が常日頃から行っている計画的食行動の機構解明のみならず、摂食障害の理解に繋がることが期待されます。

発表内容

我々は体内のエネルギーの要求に応じて、「お腹が減った空腹感」と「お腹が膨れた満腹感」によって食行動をコントロールしており、この制御は「代謝制御」(注1)と呼ばれます。一方、お腹が膨れていてもデザートを食べたくなる「別腹」のように、我々は空腹と満腹に関わらず、食物に対する嗜好性(脳科学では“食物価値”)に応じて食べるか、食べないかをコントロールしており、この制御は「認知制御」(注2)と呼ばれます。代謝制御のメカニズムについては研究が日々進展していますが、認知制御についてはよくわかっていません。
本研究チームは、食行動の認知制御のメカニズムを解明することを目的として、ヒトが示すような食行動の認知制御現象をマウスで再現してこのメカニズムを解明することに挑戦しています。今回の研究では、人が日常するような計画的な食行動がマウスでも観察されるかを調べました。マウスに一日一回の食事タイムを設けて、最初の30分にマウスが日常食べている餌(通常餌)を与えて、その後、チーズ、スイートチョコレート、あるいは、ビターチョコレート(カカオ成分の多い甘くないチョコレート)を30分間与えることを3日間繰り返しました。その結果、チーズあるいはスイートチョコレートが与えられる場合には、その前の通常餌の摂食量が減っていき、逆に、チーズとスイートチョコレートの摂食量は増加しました。一方、ビターチョコレートを与えられる場合にはその前の通常餌の食べる量が増えていくことが明らかになりました。このように、お腹が減っている状態であっても、マウスは好きな食物を食べるためにその前に食べる通常餌の量をセーブできること、一方、後から苦手な食物が与えられる場合には、その前にたくさん通常餌を食べておけることが明らかとなりました。以上の結果から、マウスはその後に食べる食物の嗜好性に応じて、その前に食べる量を計画的に調節できることが判明しました。すなわち、マウスも我々と同じように、その次に何を食べるかを計算しながら、食事することがわかりました。本研究グループでは、この人間さながらの食行動をマウスで再現させた課題を「食物留保課題(食物お預け課題;Food reservation task)」と名付け、今後この課題を用いて、マウスが示した「計画的食行動」の脳内メカニズムの解明を試みます。この課題では、ある食物が通常餌に比較して好きか嫌いかを評価すること、また、通常餌に対する嗜好性が変容する機構を調べることもできます。
我々は「別腹食い」、「ストレス食い」、「やけ食い」など、本来生存には必要ではない不思議な食行動を示します。このような食行動は、それぞれの食物に対する嗜好性に応じた食行動の認知制御の一つです。今回再現された人間さながらの計画的食行動のメカニズムを解明することによって、認知制御の一端が明らかとなり、我々が日々行っている何を食べるかを意思決定する機構の解明に近づきます。また、過食症や拒食症のメカニズムも未だ不明ですが、認知制御の破綻がこのような摂食障害の原因と考えられるため、この研究の継続は摂食障害の理解にも繋がります。

〇関連情報:
内閣府ムーンショット目標9「食の心理メカニズムを司る食嗜好性変容制御基盤の解明」
https://www.kida-lab.org/moonshot/
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻栄養化学研究室
https://kida-lab.org

発表者

東京大学
大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻
喜田 聡  教授
程  曦  博士課程
農学部生命化学・工学専修
鶴山 和人 研究当時:学部生

論文情報
雑誌 Neuropsychopharmacology Reports
題名 Changes in food valence of regular diet depending on the experience of high and low preference food
著者 Xi Cheng, Kazuto Tsuruyama, Satoshi Kida
DOI 10.1002/npr2.12481
URL https://doi.org/10.1002/npr2.12481
用語解説

 注1 代謝制御
生命維持に必要なエネルギーや栄養素の必要性に従って食行動が制御される。脳内の視床下部において生体内のエネルギー状態に応じて摂食中枢と満腹中枢が食行動を制御する。

 注2 認知制御
主として食物に対する嗜好性によって食行動が制御される。ヒトでは、知識、文化、地域性なども食行動に関わるが、これらの情報も食行動の認知制御に関わる。

研究助成

本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業「JPMJMS2298」、科研費「基盤研究(A)(課題番号:19H01047, 22H00358)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:20K21265, 22K19142)」、「学術変革研究領域(A)(課題番号:22H05486)」などの支援により実施されました。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
教授 喜田 聡(きだ さとし)

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 広報情報担当

生物工学一般
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