2024-10-31 国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター (大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循) の脳神経内科猪原匡史部長、脳神経内科齊藤聡医長および、国立台湾大学病院のProf. Chih-Hao Chen、Prof. Sung-Chun Tang、台北栄民総医院のProf. Yi-Chu Liao、Prof. Yi-Chung Lee、済州大学病院のProf. Joong-Goo Kim、Prof. Jay Chol Choiらの研究グループは、合計609人のCADASIL患者が登録されているアジアの4つの主要なCADASIL患者コホートから、急性期脳梗塞に対して遺伝子組み換え組織型プラスミノゲン・アクティベーター(recombinant tissue-type plasminogen activator: rt-PA)を用いた静注血栓溶解療法(以下、rt-PA静注療法)が行われたCADASIL患者12人を抽出し、rt-PA静注療法がCADASILに関連する急性期脳梗塞においても安全かつ有効である可能性を見出しました。
血栓を溶かす作用を有するrt-PA静注療法は、脳血管に形成された血栓を物理的に除去することを目的とした血管内血栓回収療法とともに、急性期脳梗塞に対する有効な治療手段の一つとして、一般的な脳梗塞に対して広く行われています。しかしながら、脳梗塞のみならず、脳出血を発症することも多いCADASILでは、これまで大規模研究において、rt-PA静注療法の有効性と安全性が示されていませんでした。そのような背景の中、本研究では国際共同研究において、急性期脳梗塞を発症した遺伝性脳小血管病CADASIL患者にもrt-PA静注療法が有効であったことを初めて示しました。この研究成果は、 米国心臓学会機関誌「Stroke」オンライン版に、現地時間の2024年10月30日に掲載されました。
今後CADASIL患者が急性期脳梗塞を発症した際の治療方針の決定において、本研究結果は重要な参考データになると予想されます。
■背景
CADASILは、NOTCH3遺伝子注1の病的バリアント(病気の発症に関連する遺伝子の変化)が原因となり、常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式注2で発症し、高い確率で脳梗塞を発症する遺伝性脳小血管病です (厚生労働省指定難病124)。日本国内には1,200人ほどのCADASIL患者が存在すると推定されてきましたが、最近の研究の進歩の結果、数万人以上のCADASIL患者が日本国内に存在する可能性が指摘されるようになりました。
2024年9月末現在、一般的な脳梗塞の原因である脳血管の急性閉塞に対する治療法として、脳血管に形成された血栓を物理的に除去することを目的とした血管内血栓回収療法と、血栓を溶かす作用を有するrt-PA静注療法が、日本国内で広く行われています。
しかしながら、CADASIL患者に生じた脳梗塞に限定すると、確実な有効性が示された治療法はなく、欧州のガイドラインでは、CADASIL患者に対してrt-PA静注療法を行うべきではない(“Patients with CADASIL should not receive thrombolysis”)と記載されています (European Journal of Neurology 2020, 27: 909–927)。そのため、医師はrt-PA静注療法に慎重にならざるを得ない現状がありました。
(注1)NOTCH3は19番染色体上の NOTCH3遺伝子がコードするタンパク質で、おもに血管平滑筋を構成する細胞に発現し、血管壁の機能を保つ役割を持ちます。
(注2)ある一つの遺伝子は、両親からそれぞれ受け継いだ2つの組み合わせから成り立っています。変化を持つ遺伝子を1つでも受け継いだ場合に病気を発症する遺伝の仕方を顕性遺伝と呼びます。両親のどちらか一方が変化のある遺伝子を持っていた場合、50%の確率で罹患者が出生する可能性があります。
■研究手法
脳神経内科猪原匡史部長、脳神経内科齊藤聡医長らは、国立台湾大学病院のProf. Sung-Chun Tang、台北栄民総医院のProf. Yi-Chung Lee、済州大学病院のProf. Jay Chol Choiらと共同で、世界最大のCADASIレジストリー(CADASIL患者の重要な臨床情報を網羅的に収集するデータベース、CADASIL Registry in East Asia [CADREA]) の構築を進めています。国立循環器病研究センター、国立台湾大学病院、台北栄民総医院、済州大学病院は、いずれも100人以上のCADASIL患者が通院している世界的にも稀有な施設であり、日本、台湾、韓国の各国において、CADASIL診療の拠点となっている病院です。そこで本研究グル―プは、これら4病院に通院中の609人のCADASIL患者から、過去に脳梗塞を発症し、rt-PA静注療法が行われた12人を抽出し、rt-PA静注療法の有効性と安全性を評価しました。
■研究成果
rt-PA静注療法を施行された12人中10人が、治療90日後の時点で、日常生活に支障がない状態(modified Rankin Scaleスコア注3 0または1)まで回復していました。また、脳出血の合併は認められませんでした。すなわち、rt-PA静注療法が総じて有効であったことを示しています。
(注3)modified Rankin Scaleは、主に脳卒中の患者の機能的な障害や日常生活動作の制限を評価するためのスケールです。0から6の7段階で評価され、数値が大きくなるほど重度の障害を意味します。
■今後の展望と課題
今回の結果は、CADASIL患者におけるrt-PA静注療法の安全性を支持する新たなエビデンスを提供するものですが、解析症例数が少数であること、後方視的解析(患者の過去の症例データや画像を解析し、疾患の特徴や治療効果を調査することを目指した研究手法)であることなどの点により慎重に解釈する必要があります。また、CADASIL患者は脳出血の既往を有することも多いですが、「非外傷性頭蓋内出血(外傷以外の要因によって発症した、脳内出血やくも膜下出血、硬膜下血腫など)」はrt-PA静注療法の禁忌事項に該当するため、そのような場合、rt-PA静注療法の対象とはなりません。
今回の知見は大変重要な結果ではありますが、CADASILの診療ガイドラインの策定を目指している本研究グループの事業全体から捉えると「スタート地点」と捉えるべきかもしれません。本研究グループは、世界最大のCADASIL患者を対象とした観察研究: CADREAを2023年より開始しており、1000人以上のCADASIL患者の追跡調査を予定しております。 今後もCADASIL患者への最適な医療の提供を目指し、CADREA研究から今回のような臨床エビデンスの創出を目指していく予定です。
■発表論文情報
著者:猪原匡史、齊藤聡 (以上、国立循環器病研究センター脳神経内科)、Chih-Hao Chen (陳志昊)、Yu-Wen Cheng (程郁文)、Sung-Chun Tang (湯頌君) (以上、国立台湾大学病院)、Yi-Chu Liao (廖翊筑)、Yi-Chung Lee (李宜中) (以上、台北栄民総医院)、Joong-Goo Kim (김중구)、Jay Chol Choi (최재철) (以上、済州大学病院)
題名:Safety and Effectiveness of Intravenous Thrombolysis in Patients with CADASIL – A Multicenter Study
掲載誌:Stroke
■謝辞
本研究における日本国内の患者の解析は、日本学術振興会および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「遺伝性脳小血管病CADASILの診療ガイドライン作成と新規治験プロトコル作成」からの資金的支援を受け実施されました。
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国立研究開発法人国立循環器病研究センター 企画経営部広報企画室