海の動物プランクトンも病気になる?~海洋性ウイルスがカイアシ類の生理・生態に影響~

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2024-11-19 東京大学

発表のポイント

◆海洋生態系で重要な動物プランクトン“カイアシ類”の個体数や生理状態がウイルスにより影響を受けていることが初めて示されました。
◆これまで海洋生態系における役割が不明であった動物プランクトン-ウイルスの相互作用の重要性が明らかになりました。
◆動物プランクトンとウイルスの詳細な調査は水産重要種の挙動を含む海洋生態系の理解につながると期待されます。

海の動物プランクトンも病気になる?~海洋性ウイルスがカイアシ類の生理・生態に影響~
カイアシ類と観察されたウイルス

発表内容

東京大学大気海洋研究所の平井惇也講師と、紋別市産業部水産課の片倉靖次参事、水産研究・教育機構水産技術研究所の長井敏主幹研究員らによる研究グループは、これまで謎に包まれていた海洋性ウイルスが動物プランクトンの個体数や生理状態に与える影響を調査しました。

動物プランクトンは一次生産者である植物プランクトンを主に摂餌し、水産重要種を含む魚類仔魚等の重要な餌となり海洋生態系を支えています。一方、海洋性ウイルスは微生物や植物プランクトンに感染することで物質循環に大きな影響を与えるのみならず、養殖業では時に大量斃死へいしを引き起こし我々の生活にも密接に関わっています。しかし、動物プランクトン-ウイルスの相互作用については圧倒的に理解が進んでおらず、長らく海洋生態系を理解する上で欠けたピースとなっていました。

そこで本研究グループは、海洋モニタリングが行われる北海道紋別市オホーツクタワー(図1)において高頻度採集を行い、調査地域で優占するカイアシ類Pseudocalanus newmani(図2)に着目してウイルスとの関係を調べました。はじめに、カイアシ類から次世代シーケンサー(注1)を用いてRNAの塩基配列を取得するRNA-seq(注2)を行ったところ、これまで未報告のウイルスの配列が取得されました(図2)。また、これらのウイルスのカイアシ類からの検出率、各個体におけるウイルスコピー数を定量PCR法(注3)で調べたところ、カイアシ類の個体数の減少時期とウイルスが検出される時期が一致し、ウイルスがカイアシ類の増減に関与している可能性が示されました(図2)。


図1:オホーツクタワーにおける動物プランクトン採集


図2:カイアシ類と検出されたウイルスの動態
(左)カイアシ類Pseudocalanus newmani。(中央)カイアシ類から検出されたウイルスの系統解析。(右)カイアシ類個体数およびウイルスの季節変化。棒グラフでカイアシ類からの検出率が、プロットで各個体のウイルスコピー数が示される。


また、ウイルス存在下でカイアシ類の生理状態に変化が起こるかを調べるため、機能遺伝子に着目したRNA-seqを行ったところ、特定のウイルス存在下でカイアシ類の遺伝子発現パターンが大きく異なることが分かり、透過型電子顕微鏡(注4)による観察によりカイアシ類体内からウイルス様粒子も検出されました(図3)。詳細な機能を調べたところ、ウイルス存在下の個体ではウイルス増幅に関わる遺伝子の発現量上昇、循環系や筋組織に関わる機能の発現量低下が見られ、ウイルスがカイアシ類の遊泳を含む生理状態に影響を及ぼしていると考えられました。


図3:遺伝子発現解析および透過型電子顕微鏡によるウイルス様粒子の撮影
特定のウイルスの存在下でカイアシ類の遺伝子発現パターンが大きく変化し(上)、同ウイルスの検出時期のカイアシ類体内からウイルス様粒子が観察された(下)。


本研究は最新技術と継続的に行われる海洋モニタリングを有効活用し、これまで謎に包まれていた動物プランクトンに関連するウイルスが大きな生態学的意味を持つことを明らかにしました。ウイルスが実際にカイアシ類を死滅させるか、動物プランクトンのウイルス感染が魚類等へも影響を及ぼすのか等の疑問は残りますが、本研究をきっかけに動物プランクトンのウイルス研究が加速し、海洋生態系への理解がより深まることが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学 大気海洋研究所
平井 惇也 講師
紋別市 産業部水産課
片倉  靖次 参事
兼:北海道大学大学院水産科学研究院 客員准教授
水産研究・教育機構 水産技術研究所
長井 敏 主幹研究員

論文情報

雑誌名:Communications Biology
題 名:Ecological interactions between marine RNA viruses and planktonic copepods
著者名:Junya Hirai*, Seiji Katakura, Hiromi Kasai, Satoshi Nagai
DOI:10.1038/s42003-024-07189-z
URL:https://doi.org/10.1038/s42003-024-07189-z

研究助成

本研究は、科研費「海洋性動物プランクトンに感染するウイルスの存在意義の解明(課題番号:20H03057)」、「地球規模に分布する海洋性カイアシ類のウイルス特性および機能(課題番号:23K26979)」の支援により実施されました。

用語解説
(注1)次世代シーケンサー
数百万~数億のDNAまたはRNAの塩基配列情報が大量に決定可能なシーケンサー。1度に1配列を取得していた従来のシーケンサーに比べて迅速かつ網羅的に塩基配列が取得可能。
(注2)RNA-seq
次世代シーケンサーから得られた大量のRNAの配列情報を解析する技術。目的の生物の機能遺伝子の発現量の比較だけでなく、ウイルスを含む寄生生物のRNA配列も取得が可能。
(注3)定量PCR
特定の機能遺伝子や生物のみを対象とし、コピー数を計算できる技術。特定のウイルスの検出やコピー数の計算に強力な手段となる。
(注4)透過型電子顕微鏡
試料を透過する電子線を利用することで情報を取得し、数百~数百万倍の広い倍率をカバーすることが可能な顕微鏡。数十ナノメートル程度のウイルス粒子の観察も可能。
問合せ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生態系科学部門
講師 平井 惇也(ひらい じゅんや)

生物環境工学
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