2024-11-20 国立精神・神経医療研究センター,国立国際医療研究センター
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)メディカル・ゲノムセンターの後藤雄一特任研究部長、井上健室長、阿部ちひろ研究員および国立国際医療研究センター(NCGM)ゲノム医科学プロジェクトの徳永勝士プロジェクト長らの研究グループは、知的能力障害の診断を受けた女性患者さんの遺伝子解析を行い、X染色体上にあるWDR45遺伝子の変異が主要な原因の一つであることを見出しました。
WDR45遺伝子変異では成人期に急激な運動・認知機能の退行がみられることから、小児期の患者さんの診断を早期に確定することは生涯にわたる医療を提供するために重要です。また、女性ではX染色体が2本存在するため、遺伝子変異を含むX染色体と含まない染色体のどちらがどの程度抑制されるか(不活化)が重症度に関連すると考えられていましたが、WDR45遺伝子の変異が原因の場合は、重症度はそれだけでは予測できないことが示唆されました。この結果は、遺伝子変異と症状の関連の複雑さを示しています。
本研究成果は2024年10月28日に、国際学術雑誌「Journal of Medical Genetics」に掲載されました。
研究背景
知的能力障害は、全般的知能(論理的に考えて問題を解決したり計画を立てたり、経験から学び取ることなど)や、生活へ適応する力が幼少期から障害されている発達障害で、全世界で約1~3%の有病率とされています。多くの場合は遺伝的な要因と環境的な要因が組み合わさりその原因になりますが、全部で2万種類以上あるヒトの遺伝子のうちたった1つの遺伝子の変異1が原因となることもあります。これまで女性ではMECP2、男性ではFMR1などが頻度の高い原因遺伝子として知られています。
WDR45遺伝子は知的能力障害に関係する遺伝子のひとつで、その変異は、成人になってからの運動や認知機能の急激な衰え(退行)と脳内への鉄沈着を特徴とする病気(NBIA5)をもたらします。その多くは女性の患者さんです。一方で、幼少時には特徴的な症状や検査の所見がないことから、臨床的に早期に診断することは容易ではありませんでした。しかし遺伝子解析によって早期に診断することで、将来おこりうる症状の予測がつくなど医療やケアに有用な情報が得られます。本研究では、すでに知られている主要な遺伝子群(MECP2や微小欠失/重複)に異常がないことが分かっている32例の女性の知的能力障害の患者さんについて、どのくらいの頻度でWDR45遺伝子の変異をもつ患者さんが含まれるか、また変異をもつ患者さんの症状の特徴について調べました。
研究手法・内容
サンガー法2を用いて、32例の患者さんのDNAにWDR45遺伝子の変異がないか調べたところ、うち2例(6.3%)で病気の原因となりうる変異を見出しました。私たちの先行研究の結果を含めると、WDR45遺伝子に変異がある患者さんは51例中6例(12%)でした。これは、知的能力障害に関連する遺伝子が1,500以上あることをふまえると、とても高い頻度といえます(図1)。
図1 NCNPバイオバンクに登録された女性知的能力障害患者さんの遺伝学的原因
今回見つかった2例のうち1例は今までに報告がない変異で、他の患者さんの症状と比べると知的能力障害の程度が非常に重度でした。この患者さんのMRI画像では、WDR45遺伝子変異例で特徴的な脳内への鉄沈着が確認されました(図2)。
図2 WDR45遺伝子変異をもつ患者さんの脳MRI所見の推移
2歳のMRI(左;T2強調画像)では見られなかった淡蒼球への鉄の沈着が12歳のMRI(右;T2強調画像)では認められる(→が示す低信号領域)。
この患者さんの症状が重度である理由について、2つの仮説をたてました。ひとつは、WDR45以外にも知的能力障害の原因となる遺伝子変異があるかもしれない、という仮説です。そこで、ナショナルセンターバイオバンクネットワークで行った全ゲノム解析3の結果を用いて他の遺伝子の変異も調べましたが、WDR45以外に知的能力障害の原因となりうる変異は見つかりませんでした。そこで、2つめの仮説として、WDR45遺伝子が存在する、X染色体の不活化4に注目しました。女性は2本のX染色体をもちますが、変異があるWDR45遺伝子が存在するX染色体と比べて、もう一方の正常なX染色体がより多くの細胞で不活化されてしまっているとすれば、症状が重度である説明がつくと考えたためです。2本のX染色体の不活化に偏りがあるかどうか、既存の方法では判断できなかったため、メチル化特異的PCR5を用いた独自の方法を開発し、解析を行いました(図3)。
その結果、予想に反して、2本の染色体がどちらも活性化・不活化されているランダムパターンであると推測されました。この結果からは、2つめの仮説も否定され、症状の重症度はX染色体の不活化では説明がつかないことが示されています。
図3 患者さんのX染色体不活化パターンの推測
メチル化特異的PCRを行ったDNAの配列を示す。メチル化(左)・非メチル化(右)DNAいずれにおいても、患者さんがもつバリアント(黒矢印、緑色のピーク)のピークの高さはもう一方の塩基配列(黒矢印、黒色のピーク)と同程度で、2本のX染色体いずれもランダムに不活化されていることが示唆される。白矢印はバイサルファイト処理が適切に行われたことを示す。
まとめ
本研究では、小児期発症の知的能力障害の女性患者さんの原因として、WDR45遺伝子は頻度が高く、重要な遺伝子であることが明らかになりました。WDR45遺伝子の変異をもつ患者さんの重症度には幅がありますが、X染色体の不活化だけではこの幅の説明がつかず、ほかの要因が複雑に組み合わさっていることが推測されます。今後、症状の幅をもたらすような要因の解明が望まれます。
用語解説
- 変異:遺伝子を構成する塩基配列(アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T))の変化。例えば、AがGになる、CがTになる、などいろいろな変化がある。
- サンガー法:目的の領域をPCRと呼ばれる技術で増やし、電気泳動法を用いて、塩基配列の変化を判定する方法。
- 全ゲノム解析:生命の設計図であるゲノムの全ての塩基配列を解読すること。
- X染色体の不活化:X染色体は男性で1本、女性で2本のため、胚発生の初期に女性では1本の遺伝子の発現が抑制されること。
- メチル化特異的PCR:DNAを構成する塩基のうち、シトシン(C)の一部はメチル化されることで遺伝子発現が抑制されている。バイサルファイト処理という実験手法により非メチル化Cはウラシル(U)に変換されるがメチル化CはCのままである。バイサルファイト処理を行ったメチル化DNA、非メチル化DNAにそれぞれ特異的な配列のプライマーを設計して行うPCRのこと。
原著論文情報
・論文名:WDR45 variants as a major cause for a clinically variable intellectual disability syndrome from early infancy in females
・著者:Chihiro Abe-Hatano, Ken Inoue, Eri Takeshita, Yosuke Kawai, Katsushi Tokunaga, Yu-ichi Goto
・掲載誌:Journal of Medical Genetics
・doi:10.1136/jmg-2024-110068
研究経費
本研究結果は、以下の支援を受けて行われました。
国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費(3-7, 6-6)
厚生労働科学研究費(JPMH24FC1008)
ゲノム活用ファンドプログラム2022
参考リンク
メディカル・ゲノムセンター(MGC)
https://mgc.ncnp.go.jp/
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