2024-12-17 国立成育医療研究センター
国立成育医療研究センター(所在地:東京都世田谷区大蔵、理事長:五十嵐隆)の社会医学研究部 臨床疫学・ヘルスサービス研究室の大久保祐輔室長の研究チームは、2018年4 月に新たに導入された「小児抗菌薬適正使用支援(ASP)加算」に関する調査を行いました。この制度は、医療機関が急性上気道感染症や急性下痢症を患う3 歳未満の子どもに対して診療の結果、抗菌薬使用の必要性が認められない場合、抗菌薬を処方しない理由を保護者に文書を用いて説明し、実際に抗菌薬を処方しない場合に医療機関側が1 件あたり800円の加算を月1 回まで保険者に請求できるという仕組みです。
本研究では2017〜2018 年度に生まれた約16 万人の小児を2022 年5 月まで追跡し、ASP加算を受けたグループと受けていないグループを比較しました。その結果、ASP 加算の導入により、全抗菌薬処方が48 か月後には19.5%減少(95%CI, 8.7%~29.1%)、広域抗菌薬[1]処方も24.4%減少(95%CI, 14.0%~33.6%)していました。累積の外来受診回数はわずかに上昇する傾向にありましたが、入院、時間外受診の増加は認められず、薬剤コストは減少していました。以上から、ASP 加算は子どもたちの抗菌薬処方を安全かつ効果的に減少させ、4年間にわたる持続的な効果を示しました。ASP 加算は、薬剤耐性菌の増加につながる、抗菌薬の過剰処方を防ぐ医療政策として有用と考えられました。
本研究の成果は、感染症分野の学術誌Clinical Infectious Diseasesに2024年11月に論文として掲載されました。
※本研究の内容はすべて著者らの意見であり、厚生労働省の見解ではありません。
[1]広域抗菌薬とは、広域な細菌(さまざまな細菌)に対して効果を発揮する抗菌薬で、具体的には第3 世代セフェム、キノロン、経口ペネムといった、抗菌薬が該当する。
【図1】小児抗菌薬適正使用支援加算が全抗菌薬処方に与えた影響
【図2】小児抗菌薬適正使用支援加算が各評価項目に与えた影響
プレスリリースのポイント
- 株式会社JMDC と株式会社 DeSC ヘルスケアが提供するレセプトデータベースを用いて、2017〜2018 年度に出生した約16 万人の小児を最大48 カ月間追跡し解析しました。
- 「差分の差分法(Difference-in-Differences)[2]」を用いて、ASP 加算が抗菌薬処方、外来受診、時間外受診、入院の発生率にどう影響を与えたかを推定しました。
- 全抗菌薬処方が48 か月後には19.5%減少(95%CI, 8.7%~29.1%)し(図1)、広域抗菌薬処方も24.4%減少(95%CI, 14.0%~33.6%)していました(図2)。
- 累積の外来受診回数はわずかに上昇しましたが(図2)、時間外受診、入院の増加は見られませんでした。
- 要した総医療費についても増加は認められず、薬剤コストは13.8%減少する傾向にありました(図2)。
- ASP 加算は小児の抗菌薬処方を安全に減少させ、4 年間にわたり持続的な効果を示しました。このことから、抗菌薬の過剰処方を防ぐ政策として有用と考えられます。
[2]差分の差分法(Difference-in-Differences):計量経済学や社会学などで用いられる、統計手法。ある事象(本研究の
場合は、ASP 加算の導入があった群を介入群、なかった群を対象群として、それらを比較することで、その事象の効果・影響がどれくらいあったのかを推定するもの。介入群での事象の前後での差(差分➀)から、対象群での事象の前後での差(差分➁)を引くこと(差分➀―差分➁)で分析していく。2 つの差分の差を求めることから、「差分の差分法」と言われている。
研究の背景
抗菌薬の安易な処方は薬の効かない薬剤耐性菌を増加させることにつながり、薬剤耐性菌の増加は公衆衛生上の大きな問題となっています。同研究グループは、2018 年度にASP 加算を導入した診療所において、小児への抗菌薬の処方が1年間で約18%減少することを報告しました(Int J Epidemiol. 2023;52:1673)。2020 年に診療報酬が改訂され、ASP 加算の対象年齢が6 歳未満に引き上げられ、より長期でこの政策の影響を受けることとなりました。
しかし、この医療政策の長期的な影響についてはこれまでに評価されておらず、本研究を実施しました。
発表論文情報
題名(英語):Long-term Effectiveness of Financial Incentives for Not Prescribing Unnecessary Antibiotics to Children with Acute Respiratory and Gastrointestinal Infections: A Japan’s Nationwide Quasi-Experimental Study
著者名:大久保 祐輔1、宇田 和宏2、宮入 烈3
所属:
1) 国立成育医療研究センター社会医学研究部 臨床疫学・ヘルスサービス研究室(*責任著者)
2) 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 小児医科学講座
3) 国立大学法人 浜松医科大学 小児科学講座
掲載誌:Clinical Infectious Diseases
DOI:10.1093/cid/ciae577
-
本件に関する取材連絡先
- 国立成育医療研究センター 企画戦略局 広報企画室