2018-10-15 京都大学
直江将司 生態学研究センター博士課程学生(現・森林総合研究所主任研究員)、酒井章子 同准教授、正木隆 森林総合研究所企画科長の研究グループは、森全体の果実の豊凶が鳥による種子散布を左右することを明らかにしました。
本研究成果は、2018年10月11日に、米国の国際学術誌「American Journal of Botany」のオンライン版に掲載されました。
研究者からのコメント
私たちの研究では長期間維持されている大規模試験地を利用して、鳥による種子散布が年や植物の種類によって大きく異なること、さらに種子散布の違いは森の果実の豊凶で説明できることを明らかにしました。これまでに前例のない規模での調査で、3年の調査期間のうち3分の1を森で過ごすなどなかなか大変でしたが、種子散布の年変動や植物による違いを比較的シンプルに説明できたことを嬉しく思っています。他の植物や地域でも同様な関係が確かめられれば、動物による種子散布の仕組みがはっきり見えてくるのではと期待しています。
概要
自分で動くことのできない植物は、果実をエサとすることで鳥や獣などにタネをまいてもらっています(種子散布)。しかし動物の行動は複雑なため、実をつけてもまいてもらえないときも少なくありません。本研究グループは、ブナ林において、鳥が種子を運んだ割合や距離をいろいろな樹木(木本性つる植物を含む)を3年間にわたって調べたところ、森全体の果実量が多い時ほど鳥が種子を運ぶ割合が低くなること、また種子を運ぶ距離が短くなることが分かりました。
これは、果実が多いと食べ残しが増え、果実を探して移動する距離が短くなるためだと考えられます。また、森全体の果実量が同じ場合は、渡り鳥のほうが定住性の鳥よりも種子を遠くに運んでいることも示唆されました。本研究成果によって、森の果実の豊凶が鳥の行動を変化させることで種子散布を促進していること、また鳥の種類によって種子散布に果たす役割が異なる可能性が示されました。
図:本研究のイメージ図
詳しい研究内容について
森の果実の豊凶が鳥のタネまきを左右する ―動物による種子散布メカニズムの一端を解明―
概要
自分で動くことのできない植物は、果実をエサとすることで鳥や獣などにタネをまいてもらっています( 種 子散布)。しかし動物の行動は複雑なため、実をつけてもまいてもらえないときも少なくありません。どのよ うな仕組みで種子散布の成否が決まるのでしょうか。京都大学生態学研究センター 直江将司 博士課程学生 研究当時、現( 森林総合研究所主任研究員)、酒井章子 同准教授、森林総合研究所 正木隆 企画科長の研究 グループは、森全体の果実の豊凶が鳥による種子散布を左右することを明らかにしました。本研究グループが ブナ林において、鳥が種子を運んだ割合や距離をいろいろな樹木( 木本性つる植物を含む)で 3 年間にわたっ て調べたところ、森全体の果実量が多い時ほど鳥が種子を運ぶ割合が低くなること、また種子を運ぶ距離が短 くなることが分かりました。これは、果実が多いと食べ残しが増え、果実を探して移動する距離が短くなるた めだと考えられます。また、森全体の果実量が同じ場合は、渡り鳥のほうが定住性の鳥よりも種子を遠くに運 んでいることも示唆されました。本研究から、森の果実の豊凶が鳥の行動を変化させることで種子散布を促進 していること、また鳥の種類によって種子散布に果たす役割が異なる可能性が示されました。
本研究成果は、2018 年 10 月 11 日に、米国の国際学術誌「American Journal of Botany」にオンライン掲 載されました。
1.背景
自ら動くことができない樹木は、種子の散布によって親木の元から移動します。これはまだ見ぬ新天地へ分 布を拡大するため、またネズミなどの捕食者や競争相手がたくさんいる親木の周辺、あるいは環境の変化など によって生育しづらくなった場所から逃れるためです。このような目的から、樹木は風や海流、動物などを利 用して種子散布を行います。
なかでも、動物が種子の周りの果肉を食べるために種子ごと飲み込み、種子をフンとして排出することで散 布される「周食散布」は、温帯林では 35~71%、熱帯林では 75~90%の樹木でみられる一般的な種子散布様 式です。これまで周食散布は精力的に研究されており、鳥類や哺乳類が重要な種子散布者であること、鳥類向 けと哺乳類向けの果実があること、クマやゾウなど広い行動圏を持つ大型動物ほど種子を遠くに運ぶことなど が分かっています。しかし、同じような大きさの動物に種子散布される植物でも、植物の種類や年によって種 子の運ばれる距離が異なることが知られています。何が種子散布にこのような違いを生み出しているのでしょ うか?これまでの研究では、未だにそのメカニズムは分かっていませんでした。
そこで本研究グループは、国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所によって長期観測が行わ れてきた調査プロットを利用して、世界でも類をみない大規模な調査で鳥が運んだ種子を採取し、どのような 要因が鳥による種子散布に関わっているかを解明しようと試みました。
2.研究手法・成果
茨城県北部にあるブナ老齢林「小川試験地」において、2006 年から 2008 年にかけて 300×200m の範囲に 等間隔で 326 個の種子回収トラップを設置し、2 週間に一度、鳥のフンに含まれる種子や食べられずに落ちた 果実を採取しました( ①左上、右上)。また、試験地内で周食散布を行う樹木( 木本性つる植物を含む)約 1000 本について結実状況を毎年調べ、結実している木の位置を記録しました。これらの情報を解析することで、植 物の種類と年ごとに、生産した種子の何割が鳥によって運ばれたか、また親木からどのくらい遠くに種子が運 ばれたかを調べました。さらに種子散布を行う鳥類を調べるため、種子の回収時期と揃えて、試験地内に生息 する鳥の種類や個体数の調査を 366 回行いました。
解析の結果、森全体での周食散布を行う樹木の果実の豊凶が鳥の種子散布を左右していることが明らかにな りました。まず森全体の果実量が多い時ほど、鳥が種子を運ぶ割合が低くなっていました( ②左図)。例えば、 森の果実が凶作だった年のウワミズザクラの鳥散布率は 57%だったのに対し、豊作年ではわずか 2%になって いました。これは森全体の果実量は季節や年によって大きく増減する一方で鳥の個体数はあまり変化しなかっ たため、果実量が多い時には鳥が果実を食い尽くせなかったことが原因と考えられました。一方で、鳥が昆虫 をよく食べている初夏に結実するカスミザクラでは森の果実の豊凶に関係なく、3 年間とも鳥散布率が 10%程 度と低くなっていました。これは、この時期の昆虫の量が鳥が食い尽くせないほどに多いことが原因かもしれ ません。実際、春に熱帯から日本に渡ってくる鳥たち (夏鳥)は、この時期に森で大量発生する昆虫を食べ、 繁殖するためにやってくると考えられています。
次に鳥が種子を運ぶ距離について、森全体の果実量が多い時ほど短くなることが明らかになりました( ②右 図)。例えば森の果実が凶作だった年のツタウルシの種子散布距離は平均で 203m でしたが、豊作年では 81m でした。これは森に果実がたくさんある状況では、鳥が果実を探して移動しなくなることを示唆しています。 また、森全体の果実量が同じ場合では、1 年中試験地にいる鳥( 留鳥、写真左下)と日本に繁殖に渡ってきた 鳥( 夏鳥)など定住性が高い鳥たちしかいない時期に比べて、シベリアから温暖な場所に渡っていく途中で試 験地に立ち寄る鳥( 旅鳥、写真右下)がいる時期の方が鳥が遠くに種子を運んでいました( 旅鳥がいない時期 は平均 59m、旅鳥がいる時期は平均 107m)。これは旅鳥が、巣を守る必要などから試験地に定住している留 鳥や夏鳥に比べ、自由にエサを求めて移動していることが原因と考えられました。興味深いことに、アオハダ では森の果実の凶作年よりも豊作年で種子が運ばれる距離が長くなっていました 凶作年で平均 5m、豊作年 で平均 105m)。これは凶作年には移動範囲の狭い定住性の鳥のみによって種子が運ばれていたものの、豊作 年には定住性の鳥が果実を食い尽くせずに果実が秋の遅くまで残った結果、移動範囲の広い旅鳥にも種子が運 ばれるようになったためと考えられました。
3.波及効果、今後の予定
私たちは、鳥によって種子が運ばれる樹木の種子散布距離に年変動が生じること、またその変動のパターン に樹木間で違いがあることには、森全体の果実の豊凶と鳥の季節性が影響していることを明らかにしました。 今回は鳥に散布される樹木 6 種類だけを対象とした研究でしたが、他の植物でも同様な関係が認められれば、 動物の種子散布メカニズムの解明が大きく進展します。動物による種子散布は森で最も一般的にみられる種子 散布様式であるため、そのメカニズムを解明できれば森林の植物多様性が維持されている仕組みや温暖化に伴 う森林の動態変化などをより定量的・現実的に評価できるようになります。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 (17570019, 19201048, 25241026, 15K18718, 17H05031, 17H00797)、特別研究員奨励費 (09J01615)、京都大学グローバル COE プログラム (A06)、総合地球環境学 研究所プロジェクト( RIHN P2-2)の助成を受けて行われました。
<用語解説>
森全体の果実量: 果実の大きさや栄養価は植物の種類によって異なるため、動物から見たエサとしての果実量 は単純に果実の数を合計するだけでは不十分です。そこで私たちは植物の種類ごとに果実のカロリー量を調べ、 植物ごとに種子トラップで回収した果実量( 自然落下したものと鳥が散布したもの)と果実のカロリー量を掛 け合わせました。最後に植物全体で集計することで森林全体の果実量をカロリー換算で求めました。
<論文タイトルと著者>
タイトル: Effects of temporal variation in community-level fruit abundance on seed dispersal by birds across woody species (群集レベルの果実量の時間変動が鳥による種子散布に与える影響)
著 者: 直江将司、酒井章子、正木隆
掲 載 誌 :American Journal of Botany DOI 10.1002/ajb2.1173( どなたでも自由にお読みになれます)
<イメージ図>
①: (左上)森に設置した種子回収トラップ、(右上)種子回収トラップで回収した 1 年分の内容物( 人物後方】、( 左下)代 表的な留鳥ヒヨドリ、 (右下)代表的な旅鳥ツグミ
② (左図)森全体の果実量が多いほど、鳥が種子を運ぶ割合が低下する。6 種類の樹木の 3 年分のデータを合わせて解析 している。それぞれのマークが 1 種類の樹木を表す。網伏せ部分は鳥が昆虫を主に食べる時期に結実する樹木で、それ以 外の樹木は鳥が果実を主に食べる時期に結実する。ここでの森全体の果実量は、1 日当たり、1 平方メートル当たりで示 す。(右図)森全体の果実量が多いほど、鳥が種子を運ぶ距離が短くなる。網伏せ部分は旅鳥がいない時期に結実する樹木 で、それ以外の樹木は旅鳥がいる時期に結実する。Naoeetal.2018 American Journal of Botany から引用。