2024-12-26 東京大学
研究成果のポイント
- 生物や生態系サービスに対する地方自治体の認識を解明することを目的に、日本各地で制定されている「市の花」の制定傾向を解析しました。
- 市の花は近年多様化しており、その背景として近年になるほど各市が地域的文脈(地域に根差した価値)を持つ花を選定している傾向が見られました。
- 地域固有の社会-生態システムや生物文化多様性への理解が地方自治体に浸透していくことが期待されます。
年ごとの市の花の制定件数 (灰色)と地域的文脈を理由に制定される確率(赤色)
研究概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の都築洋一助教、東京都立大学理学部生命科学科の大崎晴菜特別研究員、国立遺伝学研究所の川口也和子特任研究員、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の勝原光希助教をはじめとする研究グループは、日本各地の「市の花」を自治体ホームページから調べ、制定された年との関連を解析することで、市の花が近年になるほど多様化していることを明らかにしました。また、近年になるほど市内の自生種・固有種や特産品・観光資源など、地域に根差した価値を持つ花が制定されている傾向が見られました。各市が自身の地域社会において固有の価値を持つ花を重視する中で、他市とは異なる花を選ぶようになり、その結果日本全体で市の花が多様になっていると考えられます。本研究は生物多様性や生態系サービスに対する地方自治体の認識を評価した点で新規性があり、個々の地域が独自に育んできた社会と生態系の関連への理解がさらに浸透することが期待されます。
研究内容
自然界では異なる地域に異なる生態系が成立し、多様な種が生息しています。そして人間社会はそれぞれの地域の生態系から得られる生物資源を利用しながら独自の文化・慣習を育み、自然と調和した生活を営んできました。すなわち、生態系は地域社会と関連しあって存在しており、両者の関連性を考慮することが生物多様性の保全や持続可能な社会の実現に重要だと考えられています。しかし、地域固有の生態系-社会の関係が、その地域の自治体にどの程度認識されているのかは明らかではありませんでした。
本研究チームは「市の花」の制定傾向を調べることで地方自治体の自然に対する認識を評価しました。市の花は、各市が自身のシンボルとして市政の周年記念や市町村合併などのたびに制定しています。日本全国の815自治体(792市および東京都の23特別区)の公式ホームページから制定種・制定年・制定理由を調べ、全部で1952年から2021年に渡る793個の制定事例のデータを得ました。
その結果、制定件数には1993年頃を境に2つのピークが存在しました。1993年前後それぞれで市の花の多様度指数(注1)を求め、レアファクション解析(注2)により比較したところ、1993年以後の方が市の花の多様度が高いことがわかりました(図1)。
図1:年ごとの制定件数(左)と、1993年以前・以後の市の花の多様度指数(右)
制定理由の年変化を解析したところ、「市の特産品である」「地域の固有種である」といった地域的文脈(地域に根差した価値)を理由に選定される確率が近年になるほど上昇していました。地域的文脈を、IPBES(注3)が提示している内在的価値(人間とは無関係に自然が本来持っている価値)・道具的価値(人間にとっての有用性)・関係的価値(社会のアイデンティティや連帯への寄与)の3つの区分に分けたところ、道具的価値が顕著に増加しており、内在的価値も微増傾向を示しました(図2)。制定件数の多い上位5種であるツツジ・サクラ・キク・サツキ・コスモスと1市のみに制定されている種(「レア種」)を個別に解析した場合でも、道具的価値が高いサクラや、内在的価値が高いレア種の制定が近年増えている傾向が見られました。
図2 :地域的文脈(上段)およびその構成要素である内在的価値・道具的価値・関係的価値(下段)がそれぞれ市の花の制定理由に含まれる確率の年変化
以上の結果は、各市が地域的文脈を持った種、特に地域固有の道具的価値を持つ種を重視することで、他の市では選ばれにくい花が選ばれるようになり、日本全体で市の花の多様化が進んでいることを示唆しています。こうした地方自治体の認識変化が進むことで、地域ごとに育まれてきた社会-生態系の関連性や生物文化多様性(注4)への理解がさらに浸透し、保全政策などに反映されていくことが期待されます。
発表者
東京大学 大学院農学生命科学研究科
都築 洋一 助教
国立遺伝学研究所 ゲノム・進化研究系
川口 也和子 特任研究員
岡山大学 学術研究院環境生命自然科学学域
勝原 光希 助教
論文情報
- 雑誌
- Ecological Research
- 題名
- Nationwide diversity of “city flower” is increasing
- 著者
- Yoichi Tsuzuki*, Haruna Ohsaki*, Yawako W Kawaguchi*, Sayaka Suzuki, Shogo Harada, Yurie Otake, Naoto Shinohara, Koki R Katsuhara
- DOI
- 10.1111/1440-1703.12540
用語解説
(注1)多様度指数
特定の種に偏ることなく均等に選定されている程度を数値化した指標。本研究ではSimpson’s Dの逆数として定義している。
(注2)レアファクション解析
サンプル数の異なる生物群集データ間で種多様性を比較する手法。一般に、サンプル数が増えれば増えるほど、新たな種が検出されて種多様性は高くなる。このサンプル数に応じた種多様性の増加曲線を推定することで、サンプル数の違いを調整したうえで種多様性を比較する。
(注3)IPBES
「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」の略称。科学的な知見に基づいて生物多様性や生態系サービスに関する政策提言を行うことで、科学と政策の連携を図ることを目的とした政府間組織。
(注4)生物文化多様性
自然界には地域ごとに異なる生態系が存在し、それぞれの土地の生態系を利用・管理する中で人間社会の多様な文化習慣が育まれてきた。この地域ごとに存在する自然と文化の相互作用を踏まえ、生物多様性と文化多様性を対応付けて一体としてとらえる考え方。
研究助成
本研究は、科研費「都市環境下における在来植物集団の遺伝的多様性と存続可能性の評価(課題番号:21K17914)」の支援により実施されました。
問い合わせ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
助教 都築 洋一(つづき よういち)
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)