2025-02-10 九州大学
医学研究院 小川佳宏 主幹教授
ポイント
- 急性肝障害に対する内科治療が奏功するかどうか(治療反応性)の予測は今まで困難であった。
- 人工知能(AI)技術を用いることで、急性肝障害の治療反応性による分類に初めて成功し、初診時の臨床情報により治療の効きやすさが予測できるようになった。
- 本研究成果により高次医療機関や移植施設への適時搬送と早期治療が可能になり、急性肝不全の予後が改善することが期待される。
概要
急性肝障害の原因はウイルス性肝炎や薬物性肝障害など様々ですが、急性肝障害の一部は急性肝不全※1へと進展し、その一部は内科治療に反応せず意識障害を伴う昏睡型※2に重症化します。急性肝不全昏睡型の救命率は約30%に留まるため肝移植※3が必要となりますが、内科治療への反応性は予測不能であり、高次医療機関や移植施設※4への搬送基準は明確ではありませんでした。
九州大学大学院医学研究院の小川佳宏主幹教授、九州大学病院の田中正剛助教、黒川美穂博士後期課程学生らの研究グループは、名古屋大学大学院理学研究科の岩見真吾教授(兼 九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 客員教授、理化学研究所数理創造プログラム 客員研究員、京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点 連携研究者)、吉村雷輝博士後期課程学生らとの人工知能(AI)技術を臨床研究に応用した共同研究により、急性肝障害患者は治療効果(治療反応性)により3つの集団に分類できることを新たに発見しました。さらに、初診時の血液検査などの臨床情報を用いることにより、患者がどの集団に属するのかを予測するAIの開発に世界で初めて成功しました。これにより、どのような人が高次医療機関や移植施設への搬送が必要な重症患者になり、どのような人が重症化せずに回復できるのかを早期に判断することが可能となります。
本研究グループは、急性肝障害および急性肝不全319例の臨床情報と採血データをAI技術で解析し、患者の健康状態をモニタリングできる数値指標を特定しました。さらに、この指標を詳細に分析することにより、患者の病態進行パターンを6つのグループに分類できることを明らかにしました。カルテ情報の確認により、これらの6グループは、自然に回復する2グループ、内科治療に反応する2グループ、内科治療に反応しない2グループの合計3つの集団に分けられました。これを踏まえて、初診時に患者がどのグループに属するかを予測するAIモデルを開発し、治療反応性の早期予測を可能にしました。
現在、急性肝障害の高次医療機関への明確な搬送基準が存在しない中、本研究成果は、内科治療への反応性を予測した結果に基づき、最適な医療資源の配分を可能にするものです。これにより、急性肝障害における個別化医療の確立に向けた重要な一歩となることが期待されます。
本研究成果は米国の雑誌「PNAS Nexus」に2025年2月6日(木)(日本時間)に掲載されました。
田中助教からひとこと
急性肝障害・急性肝不全の原因はウイルス性肝炎や薬物性肝障害など多岐にわたり、原因不明例も約30%存在します。このような不均一な集団を病態によって分類することは今まで困難でしたが、人工知能技術により可能になりました。今回の研究成果を早期に臨床応用できるように研究を推進したいと思います。
急性肝障害の進行パターンと治療反応性による新しい分類
用語解説
(※1) 急性肝不全
正常な肝臓が急速に障害され(急性肝障害)、肝機能が低下した結果、生命を維持することが困難になった状態。症状が出現してから8週間以内に内因性凝固因子活性の検査であるプロトロンビン時間活性率(PT%)※5が40%以下、あるいは国際標準比で1.5以上となった場合に診断されます。
(※2) 昏睡型
肝臓は体内の有毒物質を分解する働きをしており、肝不全により貯留した有毒物質が脳機能を低下させ、意識が障害された状態を肝性昏睡と呼びます。昏睡度はⅠ度からⅤ度までありますが、Ⅱ度以上の肝性昏睡を伴う急性肝不全を昏睡型、Ⅰ度以下が非昏睡型と定義されます。
(※3) 肝移植
脳死と判定された方からの臓器提供による脳死肝移植と、健康な方から肝臓の一部を取り出して移植する生体肝移植の2種類があります。2010年に改正臓器移植法が施行され、脳死ドナー数は増加傾向にありますが、未だに全国で約100例程度であり人口当たりの提供数は米国の約1/50に留まります。生体ドナーは親族に限定されており、適格なドナーがいないケースも多くあります。近年の肝移植後5年生存率は約80%です。
(※4) 移植施設
肝移植が可能な施設は九州大学病院および名古屋大学医学部附属病院を含め、全国で23施設が日本臓器移植ネットワークに登録されています。
論文情報
掲載誌:PNAS Nexus
タイトル:Stratifying and predicting progression to acute liver failure during the early phase of acute liver injury
著者名:Raiki Yoshimura, Masatake Tanaka, Miho Kurokawa, Naotoshi Nakamura, Takeshi Goya, Koji Imoto, Motoyuki Kohjima, Katsuhito Fujiu, Shingo Iwami, and Yoshihiro Ogawa
DOI:10.1093/pnasnexus/pgaf004
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お問合せ先
九州大学病院 田中正剛 助教
医学研究院 小川佳宏 主幹教授