繊維やシートにも短時間で抗ウイルス薬剤をコーティング~マスクや医療用ガウンなどへの適用に期待~

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2025-02-17 産業技術総合研究所

ポイント

  • 各種基材へ短時間かつ非加熱で抗ウイルス薬剤成分を直接固定するナノコーティング技術を開発
  • 洗口液の成分を固定した部材の実証試験においてインフルエンザウイルス不活性化効果が2カ月間持続
  • マスクや一般服飾、医療用繊維部材、装具など、粘膜や傷口に長時間接触するような用途にも適用を期待

繊維やシートにも短時間で抗ウイルス薬剤をコーティング~マスクや医療用ガウンなどへの適用に期待~
抗ウイルス性ナノコーティング技術の開発

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)電子光基礎技術研究部門 中村 挙子 副研究部門長、デバイス技術研究部門 明渡 純 首席研究員は、学校法人 就実学園 就実大学薬学部 山田 陽一 准教授と共同で、シートから繊維までの幅広い形状の基材に対して、短時間で抗ウイルス成分をコーティングする技術を開発しました。

COVID-19などの影響によって、抗ウイルスコーティングの需要が高まっています。しかし、既存技術は基材へのダメージの懸念や意匠性への影響があり、適用可能な基材の表面化学構造や基材自体に制約が多いのが現状です。今回開発した光表面化学修飾(PSM:Photochemical Surface Modification)による表面改質技術は、温和な条件で分子の化学構造を維持しつつ、基材表面に直接化学修飾(化学固定)ができるものです。この技術により、安全かつ短時間で抗ウイルス薬剤をコーティングできます。実証試験の結果、インフルエンザウイルスに対する不活性化効果が2カ月間程度持続することを確認しました。

この技術は、フィルム状部材から繊維部材まで幅広い基材へ直接適用が可能で、薬剤の溶出を伴わずに抗ウイルス効果が発現するため、粘膜や傷口に長時間接触するような用途でも安全に使用できます。将来的にはマスクや医療用ガウンなど繊維へのコーティング、壁紙など建材への適用が期待されます。

開発の社会的背景

COVID-19などの影響によって、抗ウイルスコーティングの需要が高まっています。しかし、一般に抗ウイルスコーティングはその基材について制約があることが多く、光触媒やゾル・ゲル法を用いる場合、基材がガラスやセラミックであることが求められます。既存技術は、バインダー剤・接着剤・プラズマ処理などを使って抗ウイルス性薬剤を基材にコーティングするため、基材へのダメージの懸念や意匠性への影響があるほか、基材の表面化学構造が限定されるという課題がありました。

研究の経緯

産総研は温和で簡便な改質技術の開発を目指して、独自技術である紫外線照射支援を利用したPSM技術による材料表面の各種官能基化および高機能性付与技術の開発を行っています。この技術は、紫外線照射により基材の励起と改質薬剤の分解または励起を室温下で同時に誘起することが可能なことから、共有結合を介して導入官能基を基材の事前処理なくかつ一段階で簡便にバインダーレス固定できるのが特徴です(図1)。また、シート状や繊維状など多様な基材の形状に対応可能で、基材としての材料特性を維持しつつ、短時間の紫外線照射で表面特性を新規に付与することができます。

図1
図1 紫外線照射支援を利用した光表面化学修飾(PSM)技術


今回、産総研と就実大学で開発した先行技術(2021年3月22日 産総研プレス発表)で有効性が確認され、洗口液などで日常的に利用されているクロルヘキシジン(CHX)を抗ウイルス薬剤として選定しました。

研究の内容

CHXは、炭素・水素・窒素・塩素から構成される分子です。PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムなどのシート状ポリマー材料、およびポリエステル繊維布や綿繊維布を基材として、CHXを塗工した後に紫外線照射を1分程度行いました。その結果、CHX成分の抗ウイルス効果を損なうことなく、CHX分子からの塩素原子1個の脱離反応を経由して基材表面へ直接分子固定できることを見いだしました(図2)。

PETフィルムを基材としてCHXコーティング処理を行ったところ、X線光電子分光分析(XPS)においてPETフィルム成分である炭素・酸素に加えてCHX由来の窒素・塩素が観測されました。CHX分子には塩素2原子・窒素10原子が含まれており、XPS分析におけるコーティング処理前CHX薬剤の窒素に対する塩素の元素比は0.22、CHX固定部材の窒素に対する塩素の元素比は0.15であったことから、CHXから塩素原子1個が脱離して分子構造を保持したまま固定化されたと推定しています。

図2
図2 (上)光表面化学修飾によるCHX固定部材の作製 (下)基材および固定部材のXPSスペクトル


就実大学においてCHX固定部材の繊維製品の抗ウイルス性試験(ISO 18184)および非繊維製品の抗ウイルス性試験(ISO 21702)を行い、抗ウイルス活性値(R)を算出したところ、インフルエンザウイルスに対してそれぞれ99.9%以上、99.99%以上と非常に高い不活性化率を示しました(表1)。

表1 CHX固定部材のISO規格による抗ウイルス試験結果

表1
CHX固定PETフィルムについては就実大学内にて実証試験を実施しています。透明性が維持されるため意匠性を損なわないこと(図3左)と、現時点では実使用下において2カ月間の持続性があることを確認しています(図3右)。

図3
図3 (左)就実大学におけるPETフィルム部材を用いた実証試験の様子(赤枠内)
(右)抗ウイルス部材の実証試験における持続性評価結果

今後の予定

今回開発した抗ウイルス性ナノコーティング技術は、繊維からシートまでの幅広い種類の基材へ適用可能であることを特徴とします。特に、繊維製品に適用可能であり、ナノコーティングのため繊維の風合いを損なうことなく、マスクや一般服飾、医療用繊維部材、装具などへの適用が期待されます。

今後も実環境下における実証試験を継続するとともに、用途に応じた抗ウイルス成分の固定量の制御、また大量生産を目指したRoll-to-Roll製造への展開を図る予定です。

用語解説
表面化学修飾
化学的処理により固体表面に官能基を導入する技術。分散性・濡れ性・接着性・吸着性など、固体表面・界面が関与する化学的性質を制御することができる。
クロルヘキシジン(CHX)
化学式C22H30Cl2N10の有機化合物であり、手指などの殺菌に使用される。一般的に、グルコン酸塩として使用されることが多い。
X線光電子分光分析(XPS)
表面数ナノメートルに存在する元素(Li~U)に対し、定性・定量分析のみならず、材料の特性を決める化学結合状態分析ができる手法。(出典:一般社団法人 日本分析機器工業会 https://www.jaima.or.jp/jp/analytical/basic/electronbeam/xps/)
抗ウイルス性試験(ISO 18184)
2014年にISO(国際標準化機構)より発行された繊維製品の抗ウイルス性試験方法。試験繊維片にウイルス液を接種し、乾燥を防ぎながら2時間静置した後にウイルスを回収する。残存ウイルス量を測定してウイルスの減少効果(ウイルス不活性化率)を評価する。
抗ウイルス性試験(ISO 21702)
2019年にISO(国際標準化機構)より発行されたプラスチック製品などの非多孔質表面上の抗ウイルス性試験方法。試験片表面にウイルス液を塗布し、乾燥を防ぎながら24時間静置した後にウイルスを回収する。残存ウイルス量を測定してウイルスの減少効果(ウイルス不活性化率)を評価する。
抗ウイルス活性値(R)
無加工品の所定時間(2時間または24時間)静置後のウイルス感染価(PFU/cm2)の常用対数の平均から抗ウイルス加工品の所定時間(2時間または24時間)静置後のウイルス感染価(PFU/cm2)の常用対数の平均を減じた値。ウイルス感染価はR=2で99%減少、R=3で99.9%減少となる。一般社団法人 抗菌製品技術協議会(SIAA)は非繊維製品の抗ウイルス性試験(ISO 21702)において、抗ウイルス活性値2.0以上を基準値と制定している。
Roll-to-Roll製造
ロール状の基材(紙、フィルム、金属箔など)を巻き出し、加工部を通して再びロール状に巻き取る加工方式。印刷、ラミネート、コーティング加工など連続生産を可能とする産業上重要な技術であり、生産効率向上やコスト削減に大きく貢献している。
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