論理的思考を支える脳のはたらきとその神経回路を解明

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2022-07-26 東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構

【発表のポイント】
◆論理的な推論で将来を予測し、判断・行動するような思考回路が脳によってどのように実現されているのかには未知の部分が多かった。
◆サルを研究対象とし、論理的な思考回路に関係する神経活動を発見し、理論モデルを用いて、論理的思考に関わる神経メカニズムについて解明した。
◆本成果は人間の高次な認知機能のさらなる理解や、論理的思考を不得意とするような病態の理解、さらに、論理的思考を可能とする人工知能の開発にもつながることが期待される。

【概要】
私たちは日常生活において、過去の経験や現在手に入る情報をもとにした論理的な推論を行うことによって将来を予測し、判断・行動をしています。そのような思考過程は脳によってどのように実現されているのでしょうか。東北大学生命科学研究科の細川貴之講師(現 川崎医療福祉大学准教授)、筒井健一郎教授と、東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構の徐牧原博士研究員、合原一幸副機構長(東京大学特別教授/名誉教授)、はこだて未来大学の香取勇一教授の共同グループは、サルを使った動物実験でカテゴリー※1情報を用いた論理的な思考過程に関係する神経活動を発見し、その理論モデルを構築することで脳内において論理的思考が行われるメカニズムを解明しました。
本研究成果は、神経科学のトップジャーナルのひとつであるJournal of Neuroscience誌(7月8日)に速報版が掲載されました。

【問い合わせ先】
(研究に関すること)
筒井 健一郎(教授)
東北大学 大学院生命科学研究科 脳神経システム分野

合原 一幸(東京大学特別教授/名誉教授/WPI-IRCN副機構長)
東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)

(報道に関すること)
東北大学 大学院生命科学研究科 広報室

東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構
広報担当

【研究の具体的内容】
複数の抽象図形を、数秒後にジュース(正の報酬)あるいは食塩水(負の報酬)が与えられることを示す予告刺激として用い、予測的に行動するようにニホンザルを訓練しました(図1)。するとサルは、それぞれの図形とジュースあるいは食塩水の関係を学習し、ジュースを予測したときはチューブを舐めながら待ち、食塩水を予測したときは口を閉じて待つようになりました。この課題において、サルが同じ結果に結びつく図形をカテゴリー化して記憶しており、そのカテゴリー情報を使って思考・判断し、予測的に行動していることは以前の研究で報告していました(Tsutsui et al., 2016, Hosokawa et al., 2018)。
今回、サルがこの課題をしているときの神経活動を解析したところ、前頭連合野には課題のルールやカテゴリー、予測された結果の情報を保持する神経集団と、それら複数の情報を保持する神経集団がそれぞれ別々に存在することが分かりました。さらに、それぞれの神経集団がコードしている情報表現の経時的な変化を3次元の情報空間で表現したところ、複数の情報を保持している神経集団の情報表現が時間経過とともに(1)ルールの情報に偏った状態から(2)カテゴリーの情報を取り込み(3)予測結果の情報表現へとダイナミックに変化する様子を可視化することができました(図2)。さらに、それぞれの神経集団の関係性を理論的なモデルとしてコンピューター上で構築し(図3)、どのような動作をするかシミュレーションした結果、実際の神経活動データで見られたものと非常によく似た動作が確認されました(図4)。これらの結果から、ルールやカテゴリーといった個別の情報をもつ神経集団から、論理的な予測計算をする別の神経集団へと情報が伝わり、最終的な予測結果が導かれるという思考過程が前頭連合野において起こっていることが細胞レベルで明らかとなりました。
本研究により、カテゴリーという抽象的概念を使用した論理的思考に関わる神経メカニズムの解明が大きく進みました。また、この成果は、人間の高次な認知機能のさらなる理解や、論理的思考を不得意とするような病態の理解につながります。さらには、論理的思考を可能とする人工知能の開発にもつながることが期待されます。

【用語解説】
1. カテゴリー
行動学的には、「同じ行動を誘発する、機能的に等価な刺激グループの表象」と定義され、狭義には範疇、広義には概念と同じ意味を持つ。抽象的な思考の基盤をなす要素の一つであると考えられている。例えば、「椅子」というカテゴリーには、様々な大きさ・形のものがあるが、いずれも「座る」という行動に結びついている。本研究では、実験の文脈外での学習や記憶の影響を排除するため、抽象図形を使った人工的なカテゴリーをサルに新たに学習させ、用いている。

2. 前頭連合野
高度な知覚・認知機能を担う大脳皮質のなかで、その前方部に位置する。知能が発達したサルやヒトの脳では非常に大きな割合を占めている。思考や意思決定を行うために必要な情報を短期間保持しておく「作業記憶」の中枢として知られてきた。保持している情報を使って「考える」ことにも当然かかわっていると考えられるが、その機能の詳細については、いまだに不明な点が多い。

図1.サルが行った課題の概要
カテゴリーAの視覚刺激はルールXのときはジュース(正の報酬)を予告し、ルールYのときは食塩水(負の報酬)を予告する。カテゴリーBの視覚刺激はその逆に、ルールXのときは食塩水を予告し、ルールYのときはジュースを予告する。サルは現在のルールがどちらかを認識し、画面に提示された視覚刺激から、結果(ジュースもしくは食塩水)を予測しなければならない。

図2 視覚刺激提示期間における各神経集団の情報変化
ルールの情報を持つ神経集団およびカテゴリーの情報を持つ神経集団の情報表現(3次元空間上での位置)は比較的安定していた(限られた場所に留まっていた)のに対し、複数の情報を保持する神経集団の情報表現は時間経過とともに「ルールの情報を持つ神経集団」の近くから斜め上方へ大きく移動し、「予測結果の情報を持つ神経集団」へ近づくことが分かる。

図3 理論モデル
神経活動の解析から前頭連合野には「カテゴリー情報」「ルール情報」「予測結果」「それら複数の情報」を持つ4つの神経集団があることが分かった。このうち「複数の情報を持つ神経集団」が論理的な思考を主に行っていると考え、これら4つの神経集団をフィードフォワード回路でつなぎ、理論的なニューラルネットワークモデルを構築した。

図4 理論モデルの出力結果
神経活動から得られた結果(図2)とよく似た結果が理論モデルからも得られた。

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