2025-02-27 東京大学
発表のポイント
- ポリマーの水性二相分離系中の液滴内にDNA合成酵素の遺伝子をコードしたDNAと無細胞遺伝子発現系を導入した人工細胞モデルを構築。
- 人工細胞中でDNAが増幅されることによって人工細胞が自律的に成長し、最大で10倍以上の体積増加を確認。
- 今後、自律分裂・進化する機能を有する人工細胞を開発するための基盤技術として期待される。
DNA自己複製と区画の成長が連動した人工細胞モデル
概要
東京大学大学院工学系研究科の藪田萌 大学院生、皆川慶嘉 助教、野地博行 教授のグループは、立教大学大学院理学研究科の末次正幸 教授と共同で、DNA自己複製(注1)により自律成長する人工細胞モデルの構築に初めて成功しました。本研究では、ポリエチレングリコール(PEG)とデキストラン(DEX)という二種類のポリマーからなる水性二相分離(注2)がDNAの濃縮によって安定化されるという発見に基づき、複製酵素を合成し、それが自身の遺伝子をコードするDNA分子を増幅・複製することで10倍以上体積を増加させる自律成長する人工細胞モデルの構築に成功しました。これにより、遺伝子発現・DNA複製・成長が連動する人工細胞の実現に初めて至りました。この成果から自律的に進化する人工細胞の開発のための基盤技術になることが期待されます。加えて、原始生命の進化プロセスを研究するためのモデルとしても有望であると考えられます。
発表内容
「生命とは何か」という根源的な問いに迫るため、既存の細胞を解析する分析的アプローチに加え、必要最小限の構成要素から人工的に細胞モデルを創出する「構成的アプローチ」による研究が活発に進められています。このアプローチは、生命現象を模倣して再現することで、生命の基本的な原理を解明することを目指しています。
これまでの「構成的アプローチ」による研究で、細胞に見立てた微小区画の中に遺伝子(DNA、RNA)や機能性タンパク質を再構成することで、遺伝子発現やDNA複製、区画の成長・分裂といった細胞の基本機能を再現する研究が進んできました。ここでの区画とは細胞を模して、膜や液-液相分離によって作られ、内部と外部で異なる環境が実現される空間を指します。特に、脂質二重膜で構成された区画は、遺伝子発現やタンパク質合成の再構成に成功し、細胞膜を模倣したシステムとして、人工細胞研究の基盤を築きました。しかし、細胞の重要な特性である「区画の成長とDNA複製の連動」を実現する人工細胞モデルの構築には至っていませんでした。これは、区画の成長に必要な物質を供給しながら、同時にDNA複製を行うことが困難だったためです。
本研究グループは、この問題を解決するため、溶液中で二相に分離する「水性二相分離」によって形成される液滴に着目しました。この液滴は細胞膜のような仕切りを持たないため、成長やDNA複製に必要な物質を自由に通過させることができるという利点があります。一方で、DNAを液滴内に保持するという点で課題がありました。そこで、PEGとDEXから構成される水性二相分離がDNAをDEX相に濃縮する能力に優れている点に着目し、DEX液滴をDNA複製と区画の成長を両立するプラットフォームとして活用しました。
本研究ではまず、DNAがDEX/PEG水性二相分離に与える影響を調べました。その結果、DNAが濃縮された状態では相分離の臨界濃度(注3)が低下し、DEX相の安定性が向上することを発見しました(図1)。この知見は、DEX液滴内部でDNAを増幅させることで臨界濃度を下げ、結果としてDEX液滴が成長する可能性を示唆しています。実際に、DEX液滴内部でDNA増幅反応を行ったところ、DNA増幅によって液滴の成長を誘発することを確認しました。さらに、この人工細胞モデルに自律性を付与するため、DEX液滴内に濃縮されるDNAにはウィルスのDNA複製に関わるタンパク質の配列をコードしました。また、それらタンパク質は、細胞を用いずにDNAからタンパク質を合成する無細胞遺伝子発現系によって合成されることで、自身をコードするDNAを複製するように設計しました。その結果、これまで困難とされていた遺伝子発現、DNA自己複製、区画の成長という一連のプロセスを実現することに成功しました(図2)。
図1:DNAによる相分離の安定化
各種DEX/PEG濃度における相分離状態。DEX相は赤、PEG相は黄色に染色され、相分離が視覚的にわかりやすくなっている。DNA存在下(中段 4 kbp DNA、下段 200 kbp DNA)ではDNA非存在下(上段)に比べて低濃度まで相分離を維持している。
図2:DNA複製によるDEX液滴の成長
(a)遺伝子発現(転写、翻訳)、DNA複製、区画の成長が連動する人工細胞モデルの概念図。DNA複製に必要なタンパク質の発現によって内部のDNA増幅が可能になる。(b)共焦点顕微鏡を用いてDNA自己複製によるDEX液滴の成長を観察した結果。反応開始時(0分)から280分かけて液滴が成長。(c)(b)の白い点線内のDEX液滴の拡大図。(d)複数のDEX液滴の体積増加率の時間変化を示すグラフ。
本研究は、DNA自己複製と液滴の成長を連動させた人工細胞モデルの構築に初めて成功した画期的な成果です。この成果は、生命現象の仕組みの解明に新たな知見をもたらし、生命の起源に関する研究に大きく貢献することが見込まれます。また、水性二相分離を活用した細胞膜を持たない単純なシステムは、汎用性の高い新規の人工細胞プラットフォームとしての応用が期待されます。さらに将来的には、本研究成果に人工的な分裂機構を組み込むことで、遺伝子増幅、成長、分裂のサイクルを繰り返す半自律的な人工細胞の構築も可能になると考えられます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
皆川 慶嘉 助教
藪田 萌 博士課程/日本学術振興会特別研究員
野地 博行 教授
立教大学 大学院理学研究科
末次 正幸 教授
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Self-growing protocell models in aqueous two-phase system induced by internal DNA replication reaction
著者名:Yoshihiro Minagawa#, Moe Yabuta#, Masayuki Su’etsugu, & Hiroyuki Noji*
(# contributed equally *Corresponding Author)
DOI:10.1038/s41467-025-56172-7
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-56172-7
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「長鎖DNA合成と自律型人工細胞創出のための人工細胞リアクタシステム」(No.JPMJCR19S4)、同 GteX「超並列たんぱくプリンタシステムの開発」(No.JPMJGX23B1)、同 ASPIRE「日英共同による人工光合成細胞システム開発」(No.JPMJAP24B5)、科研費「基盤S(No.JP19H05624)」特別研究員奨励費「濃縮されたDNAにより安定化される相分離液滴を容器とした、進化する人工細胞の構築」(No.JP22KJ1130)の支援を受けて行われました。
用語解説
(注1)DNA自己複製:
細胞が分裂する際に自身の遺伝情報(DNA)を正確に複製(コピー)する過程のこと。DNA複製に関与する酵素(例:DNAポリメラーゼ、DNAヘリカーゼ)は、細胞のDNA内にコードされており、それに基づいて合成される。
(注2)水性二相分離:
二種類の親水性成分(例:高分子ポリマーと塩、または異なるポリマー同士)を水に溶解させた際に、一定の条件下で相分離が起こり、水中に二つの互いに混ざりにくい相が形成される現象。
(注3)相分離の臨界濃度
相分離する二種類の成分が均一に混ざった状態(一相)と二相になる境界の濃度。温度や構成成分の分子量、混合比によって変化する。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-025-56172-7