2018-01-17 国立大学法人 筑波大学, 国立研究開発法人 理化学研究所
- 研究成果のポイント
緑藻なのに光合成を行わないプロトテカ 2 種で葉緑体ゲノムと核ゲノムの解読を行いました。 - プロトテカ属の光合成能の喪失は独立に 3 回起きており、異なるプロトテカの種で同様の光合成関連遺 伝子が収斂的に失われていることを明らかにしました。
- 光合成を行う独立栄養生物から寄生性の従属栄養生物に進化するにあたり、不要な遺伝子が段階的 に捨てられた過程が示唆されました。
筑波大学生命環境系 平川泰久助教と理化学研究所の共同研究チームは、光合成を行なわない無色の緑藻、プロトテカ2種でゲノム配列の解読を行いました。
プロトテカは、光合成を行う緑藻クロレラに近縁な単細胞生物で、海・池・下水や樹木など様々な環境に生息しており、一部の種は、日和見的に動物に感染することでプロトテカ症を引き起こすことが知られています。プロトテカの葉緑体は色素(クロロフィル)を持たず、光合成を行えません。そのため、プロトテカは環境中の栄養源を吸収して生きる従属栄養生物になります。本研究では、プロトテカの葉緑体ゲノムと核ゲノムを解読することで、光合成生物から従属栄養生物への進化の初期プロセスを明らかにしました。
図 分子系統解析の結果、プロトテカ中で独立に3回、光合成能の喪失が起こっていることが示唆されました。
PDF資料
平成30年1月17日
報道関係者各位
国立大学法人 筑波大学
国立研究開発法人 理化学研究所
緑藻“プロトテカ”が真っ白になった理由
~ゲノム解読で読み解く進化の過程~
研究成果のポイント
1. 緑藻なのに光合成を行わないプロトテカ 2 種で葉緑体ゲノムと核ゲノムの解読を行いました。
2. プロトテカ属の光合成能の喪失は独立に 3 回起きており、異なるプロトテカの種で同様の光合成関連遺
伝子が収斂的に失われていることを明らかにしました。
3. 光合成を行う独立栄養生物から寄生性の従属栄養生物に進化するにあたり、不要な遺伝子が段階的
に捨てられた過程が示唆されました。
国立大学法人筑波大学生命環境系 平川泰久助教と筑波大学生物科学専攻 鈴木重勝(現所属:国立研究開発法人国立環境研究所)は、理化学研究所バイオリソースセンター 大熊盛也室長、遠藤力也協力研究員、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター 眞鍋理一郎上級研究員との共同研究により、光合成を行なわない無色の緑藻、プロトテカ 2 種(Prototheca cutis JCM 15793 と Protothecastagnora JCM 9641)でゲノム配列の解読を行いました。
プロトテカは、光合成を行う緑藻クロレラに近縁な単細胞生物で、海・池・下水や樹木など様々な環境に生息しており、一部の種は、日和見的に動物に感染することでプロトテカ症(注 1)を引き起こすことが知られています。プロトテカの葉緑体は色素(クロロフィル)を持たず、光合成を行えません。そのため、プロトテカは環境中の栄養源を吸収して生きる従属栄養生物になります。本研究では、プロトテカの葉緑体ゲノムと核ゲノムを解読することで、光合成生物から従属栄養生物への進化の初期プロセスを明らかにしました。
本研究の成果は、2018年1月17日(日本時間午後7時)付で「Scientific Reports誌」で公開される予定です。
* 本研究は、文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)のゲノム情報等整備プログラム、科
学研究費補助金(課題番号23117004)などの支援によって実施されました。
2研究の背景
地球には、陸上の植物をはじめ水中の藻類など、きわめて多様な光合成を行う生物が生息しています。太陽の
光エネルギーを化学エネルギーへと変換できる大きな利点を生かし、光合成生物は地球上で繁栄してきました。しかし、植物や藻類の中には、光合成のアドバンテージを捨てて、従属栄養生物へと進化した種が多く知られています。よく知られた生物としては、大きな臭い花で知られているラフレシアや病原体として知られているマラリア原虫などが挙げられます。古くに光合成をやめた寄生生物を対象にした研究では、光合成生物から従属栄養生物へと進化する初期過程を詳しく知ることは難しく、よくわかっていませんでした。緑藻トレボウクシア藻綱に属するプロトテカは、緑藻クロレラに近縁な単細胞生物で、海・池・下水や樹木など様々な環境に生息しており、一部の種は、日和見的に動物に感染することでプロトテカ症を引き起こすことが知られています。クロレラの緑色の葉緑体とは異なり、プロトテカの葉緑体は色素(クロロフィル)を持たず、光合成を行えません。そのため、プロトテカは環境中の栄養源を吸収して生きる従属栄養生物になります。本研究では、比較的最近に光合成能を失ったと考えられているプロトテカのゲノム配列を解読することで、光合成生物が光合成をやめる初期の進化を明らかにできると考えました。
研究内容と成果
理化学研究所バイオリソースセンターで維持されているPrototheca cutis JCM 15793とPrototheca stagnora
JCM 9641を用いて、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センターで全ゲノムの塩基配列を次世代シークエンス技術(注2)を用いて決定しました。ゲノム配列を基に遺伝子予測を行い、既に報告されていたプロトテカに近縁な光合成緑藻のゲノムと比較することで、遺伝子変化を解析しました。一般的に光合成生物では、光合成に関連する遺伝子は葉緑体と核のゲノムに存在します。しかし、プロトテカの葉緑体と核のゲノムからは光合成関連遺伝子はほとんど見つからず、抜け落ちるように無くなっていました(図2)。
一方、光合成関連以外の遺伝子に関しては、緑藻とプロトテカの間で顕著な違いは見られませんでした。つまりプロトテカは、光合成をやめる過程で、光合成関連遺伝子群のみを捨てていることが明らかになりました。プロトテカに近縁な緑藻クロレラは、通常は光合成で生育しますが、光を遮断しても栄養源を含む培地中では生育できる混合栄養生物です。このことから、過去に混合栄養性であったプロトテカは、光が届きにくく栄養豊富な環境(例えば下水や動物体内)へ適応する過程で、不必要となった光合成能を捨て、従属栄養生物として生きる道を選んだのだと考えられます。光合成をやめて偏性寄生生物(注3)となったHelicosporidium と比較すると、Helicosporidiumでは光合成関連以外の遺伝子も多く消失していることから(図2)、光合成生物から自由生活性(注4)の従属栄養生物、そして偏性寄生生物へと変化する中で、不必要となった遺伝子が段階的に捨てられていくのではないかと考えられます。
また、葉緑体遺伝子を用いた分子系統解析(注5)により、プロトテカ属の中で光合成能が独立に3回失われていることが推察されました(図3)。つまり、プロトテカの共通祖先ではなく、種が分岐した後にP. cutis とP. stagnora、P.wickerhamii は別々に光合成能を失ったことになります。光合成能喪失がプロトテカの中で頻繁に起こっていることから、プロトテカのような混合栄養生物にとって光合成能を捨てることは、それほど難しいことではないのかもしれません。
今後の展開
プロトテカは光合成関連遺伝子をほぼ失っていますが、Prototheca cutis はごく一部の光合成関連遺伝子(葉緑
体 ATP 合成酵素)を保持しています。光合成能を失った葉緑体における ATP 合成酵素の役割に関しては、ほとんど情報がなく、今後は残存する遺伝子に関する研究を進めることで、光合成能喪失の過程をより詳しく知ることが可能だと考えられます。また、プロトテカの一部の種は、ヒトを含む動物に感染する病原体であることから、本研究で得られたゲノム配列情報が、プロトテカ症に関する獣医学分野の研究にも今後活かされることが期待されます。
3参考図
図 1. 寒天培地上でコロニーを形成するプロトテカ(Prototheca cutis JCM 15793)と光学顕微鏡下での細胞の写真。
図 2. 光合成緑藻(上の2段)とプロトテカの葉緑体ゲノムの比較図。プロトテカ Prototheca の葉緑体ゲノムでは、光合成に関連する遺伝子(緑の矢印)が抜け落ちるように消失しています。Helicosporidium(最下段)では光合成関連以外の遺伝子も一部消失しています。
図 3. 分子系統解析の結果、プロトテカ中で独立に 3 回、光合成能の喪失が起こっていることが示唆されました。
4用語解説
注1) プロトテカ症:主に犬、猫、牛や人で日和見感染して発症する。重篤な症状を引き起こす深在性プロトテカ症と上皮・皮下での浅在性プロトテカ症が知られている。
注2) 次世代シークエンス技術:ランダムに切断された数千万から数億の DNA 断片の塩基配列を同時並行的に
決定することができる、近年主流となっているシークエンス技術。配列決定速度を飛躍的に向上させた。
注3) 偏性寄生生物:宿主生物を離れて単独では生育できない寄生生物。
注4) 自由生活性:他の生物に寄生せずに、単独で生育できる性質。
注5) 分子系統解析:遺伝子の塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列の分子情報を用いて、生物が進化してきた道筋(系統)を推定する手法
掲載論文
【題 名】 Multiple losses of photosynthesis and convergent reductive genome evolution in the colourless
green algae Prototheca
(無色の緑藻プロトテカにおける、複数回の光合成能の喪失と収斂的なゲノムの縮小)
【著者名】 Shigekatsu Suzuki1, 2, Rikiya Endoh3, Ri-ichiroh Manabe4, Moriya Ohkuma3, Yoshihisa Hirakawa 5
<所属>
1Graduate School of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba
2Center for Environmental Biology and Ecosystem Studies, National Institute of Environmental Studies
3Japan Collection of Microorganisms, RIKEN BioResource Center
4 Division of Genomic Technologies, RIKEN Center for Life Science Technologies
5Faculty of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba
5【掲載誌】
Scientific Reports
Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-017-18378-8
問合わせ先
平川 泰久(ひらかわ よしひさ)
筑波大学 生命環境系 助教