「物を噛む運動は、脳内の異なる二つの司令塔によって制御されていた!」

ad

咀嚼機能を司る新たな運動制御機構の解明に道筋

2019-06-13 東京医科歯科大学,国立精神・神経医療研究センター

【ポイント】

● 口で物を噛む運動が認知症の予防につながることは古くから知られており、噛むことが脳機能に深く関与すると考えられています。しかし、その詳細なメカニズムについては未だ不明な点が多いのが現状です。

● 本研究では、物を噛む動作が、脳内において、単に噛むという単一の司令系統だけでなく、異なる二つの運動制御機構で働くことを、初めて明らかにしました。

● この研究結果は、物を噛む動作の脳機能に及ぼす影響を解明するにとどまらず、口の機能と全身の健康との関連性を明らかにする道を拓くものと期待されます。

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・顎顔面矯正学分野の森山啓司教授、宮本順助教、吉澤英之大学院生らの研究グループは、国立精神・神経医療研究センター・神経研究所の本田学研究部長、同・脳病態統合イメージングセンター・花川隆研究部長、および群馬大学大学院医学系研究科・整形外科学の設楽仁助教らのグループとの共同研究により、口で物を噛む動作が、異なる二つの運動制御機構に働くことを解明しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsに、2019年6月10日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】

歯の喪失が認知症の危険因子になるという説は古くから提唱され、物を噛む動作(咀嚼)によって生じる歯や口の粘膜からの感覚情報が、脳の「記憶を蓄える機能」の維持に重要な役割を果たすことが明らかとなりつつあります。さらに近年、咀嚼により脳の様々な部位が活性化されることが、機能的磁気共鳴画像法(ファンクショナルMRI)*1などの脳機能イメージングの手法によって明らかにされ、咀嚼は脳機能に影響を与え、ひいては全身の健康維持に寄与する可能性が提唱されています。しかし、そのメカニズムについては未だ不明な点が多く残されているのが現状です。

動物が食物を摂取したり敵を攻撃したりする際、「口」は大きな力を発揮しますが、子供を運ぶ(infant carrying)際にはそっと咥える行動をとることが知られていて、状況に応じた巧妙な運動制御機構の存在が示唆されてきました。一方、ヒトが「手」で物をつかむ際の握り方は、掌全体で力強く握る「power grip」と、2本の指で繊細につまむ「precision grip」の二種に大別され、両者の担う役割は異なり、二つの運動を司る脳内の仕組みも異なることが知られています。

そこで、本研究グループは、咀嚼時に脳内で働く運動制御機構に着目し、食物を力強くすりつぶす「奥歯(臼歯)」と、繊細な力で物を咥えたり噛み切ったりする「前歯」を介した二つの咀嚼様式について、過去に報告された「手」でものをつかむ運動時の脳活動パターンとの比較を行いながら解析を行いました。

【研究成果の概要】

本研究では、15名の成人被験者の協力を得て、奥歯のみで噛むことが可能な装置、および、前歯のみで噛むことが可能な装置を各被験者ごとに作製しました。被験者には、装置を装着した状態で「奥歯で噛む」、または「前歯で噛む」運動を指示し、咀嚼筋(噛む時に働く筋肉)の筋活動を計測しながら、ファンクショナルMRIによる脳活動の解析を行い、脳の各領域における脳活動の強さと噛む力の相関関係を比較しました。

「物を噛む運動は、脳内の異なる二つの司令塔によって制御されていた!」

図1. 噛む力と脳活動の相関関係

その結果、「奥歯で噛む」時は、咀嚼筋の筋活動の上昇に応じて小脳をはじめとした運動の命令を送る領域の脳活動が活性化し、「前歯で噛む」時に比べ有意に強い正の相関が示されました(図1左)。一方、「前歯で噛む」時は、逆に咀嚼筋の筋活動の上昇に応じて帯状皮質運動野をはじめとした繊細な力のコントロールに関与する領域の脳活動が減少し、「奥歯で噛む」時に比べ有意に強い負の相関が示されました(図1右)。すなわち、「奥歯で噛む」時は、噛む力が大きい程、脳内の力強く噛む機能がより強く働くことが示され、逆に「前歯で噛む」時は、噛む力が小さい程、脳内の繊細に力をコントロールする機能がより強く働くことが明らかとなりました。

過去のファンクショナルMRIを用いた手の運動に関する研究では、power grip時において、発揮する力が大きい程、小脳(運動の命令を送る部位)等における強い脳活動が認められ、一方precision grip時においては、発揮する力が小さい程、帯状皮質運動野(繊細な力のコントロールを司る部位)等におけるより強い脳活動が認められています。今回得られた結果は、咀嚼時に発揮される力と脳活動の関係が歯の種類によってそれぞれ異なることが示され、奥歯で噛む時はpower grip時と、前歯で噛む時はprecision grip時と類似した様相を示すことが明らかとなりました(図2)。

図2. 物を噛む運動を行う際、脳内の異なる二つの運動制御機構が働く

出典: i Stock, https://kokoronotanken.jp/hagishiri-gennin-shoujou-chiryou/

【研究成果の意義】

本研究は、咀嚼時に脳内で働く二つの運動の司令塔(奥歯で力強く噛む機能、前歯で繊細な力の制御を行う機能)を詳細に観察することに成功しました。これにより、物を噛む運動を行う際、脳内において、単に噛むという単一の司令系統だけでなく、異なる二つの運動制御機構が関与することが初めて実証されました。

本研究の成果は、単に咀嚼時に働く運動司令塔の仕組みを解明するだけに留まらず、咀嚼時に歯や口の粘膜などから入力される感覚情報が、脳の機能に及ぼす影響を明らかにする一助となり、さらには、咀嚼が脳を介し、全身の健康にどのような役割を果たすかを解明する新たな道を拓くものと考えられます。

また、矯正歯科治療をはじめとした物を噛む機能の回復を図る歯科治療の臨床的意義を、脳科学の観点から再定義することにも繋がることが期待されます。

【用語の説明】

*1磁気共鳴画像法(ファンクショナルMRI):核磁気共鳴(MRI)を利用して、脳の血流動態を視覚化する方法の一つ。非侵襲的に、神経細胞が活動する部位を検出することができる。

【論文情報】

掲載誌: 国際科学誌 Scientific Reports

論文タイトル: Reciprocal cortical activation patterns during incisal and molar biting correlated with bite force levels: an fMRI study.

【研究者プロフィール】

森山 啓司 (モリヤマ ケイジ) Moriyama Keiji
東京医科歯科大学
顎顔面矯正学分野 教授

・研究領域
歯科矯正学、顎顔面矯正学

 

宮本 順 (ミヤモト ジュン) Miyamoto Jun
東京医科歯科大学
顎顔面矯正学分野 助教

・研究領域
顎顔面矯正学、口腔生理学

 

吉澤 英之 (ヨシザワ ヒデユキ) Yoshizawa Hideyuki
東京医科歯科大学
顎顔面矯正学分野 大学院生

・研究領域
顎顔面矯正学、口腔生理学

 

本田 学 (ホンダ マナブ) Honda Manabu
国立精神・神経医療研究センター
神経研究所
疾病研究第七部 部長

・研究領域
神経科学、感性情報学

 

花川 隆 (ハナカワ タカシ) Hanakawa Takashi
国立精神・神経医療研究センター
脳病態統合イメージングセンター
先進脳画像研究部 部長

・研究領域
神経科学

 

設楽 仁 (シタラ ヒトシ) Shitara Hitoshi
群馬大学大学院医学系研究科
整形外科学 助教

・研究領域
整形外科学、脳機能イメージング、非侵襲的脳刺激、スポーツ医学

 

■お問い合わせ先:
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
顎顔面矯正学分野 氏名 森山 啓司 (モリヤマ ケイジ)
宮本 順(ミヤモト ジュン)

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました