小脳炎症時の神経活動の過興奮によって鬱様症状が起こる仕組みを解明

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2019-09-11 京都大学

大槻元 白眉センター特定准教授、キム・ミンス 同特定准教授、山本正道 医学部附属病院特定准教授、今井宏彦 情報学研究科助教、板倉大和 同学部生(研究当時)の研究グループは、小脳で細菌感染が関わる炎症が起こると、神経細胞の可塑性が誘導されて脳の過興奮が起こること、さらに小脳炎症時に、鬱様症状や自閉症様症状が起こることを見出しました。また、それらの行動異常を免疫抑制によって回復させることに成功しました。
本研究では、脳に微生物が侵入した後、脳内の免疫細胞であるミクログリアが活性化し、脳の神経活動を変化させ(神経細胞の興奮性可塑性を誘導)、鬱や自閉症のような行動異常を引き起こすメカニズムを明らかにしました。また、こうした行動異常は、小脳炎症時に大脳皮質前頭前野での活動が強まることによるという結果も得ました。さらに、炎症性サイトカインを薬剤で抑えたり、ミクログリアを脳内から除去することで、小脳炎症時で見られた動物の行動異常を回復させることにも成功しました。
本研究成果は、2019年9月11日に、国際学術誌「Cell Reports」のオンライン版に掲載されました。

小脳炎症時の神経活動の過興奮によって鬱様症状が起こる仕組みを解明

図:本研究の概要図

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1016/j.celrep.2019.07.078

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/243967

Masamichi Yamamoto, Minsoo Kim, Hirohiko Imai, Yamato Itakura, Gen Ohtsuki (2019). Microglia-Triggered Plasticity of Intrinsic Excitability Modulates Psychomotor Behaviors in Acute Cerebellar Inflammation. Cell Reports, 28(11), 2923-2938.e8.

詳しい研究内容について

小脳炎症時の神経活動の過興奮によって鬱様症状が起こる仕組みを解明
―小脳炎症時の心の働きの異常を免疫抑制によって回復することに成功!―

概要
京都大学白眉センター 大槻元 特定准教授(理学研究科)、同医学部附属病院腎臓内科 山本正道 特定准教 授、同白眉センター キム・ミンス 特定准教授(医学研究科)、同大学院情報学研究科 今井宏彦 助教、板倉 大和 同学部生(研究当時)の研究グループは、小脳で細菌感染が関わる炎症が起こると、神経細胞の可塑性 が誘導されて脳の過興奮が起こること、さらに小脳炎症時に、鬱様症状や自閉症様症状が起こることを見出し ました。また、それらの行動異常を免疫抑制によって回復させることに成功しました。
哺乳類の後頭部に位置する小脳は、動物の運動機能だけではなく、大脳皮質などと連携して、心のはたらきに関わる高次な脳機能を担う部分であることがわかり始めています。しかし、これらの機能領域間の情報伝達 の詳細は未解明であり、小脳の病原性感染が神経系に及ぼす生理学的メカニズムや、動物の精神活動に与える 影響は全く不明でした。
本研究では、脳に微生物が侵入した後、脳内の免疫細胞であるミクログリアが活性化し、脳の神経活動を変 化させ(神経細胞の興奮性可塑性を誘導)、鬱や自閉症のような行動異常を引き起こすメカニズムを明らかに しました。また、こうした行動異常は、小脳炎症時に大脳皮質前頭前野での活動が強まることによるという結 果も得ました。さらに、炎症性サイトカインを薬剤で抑えたり、ミクログリアを脳内から除去することで、小 脳炎症時で見られた動物の行動異常を回復させることにも成功しました。
本研究成果は、2019 年 9 月 11 日に、国際学術誌 Cell Reports」のオンライン版に掲載されました。また、 本研究に関する米国神経科学学会での研究発表(シカゴ、2019 年 10 月予定)は、Press Conference Abstract として選出され(倍率は約 280 倍)、当年会でプレス紹介されます。

1.背景
小脳は哺乳類の脳後部に位置し、動物の運動やバランスに重要な働きを持つ脳部位です。また、運動学習と 呼ばれる無意識の反射運動の学習過程にもかかわります。近年では、小脳は単に運動機能だけにかかわるので はなくて、様々な脳部位と協調して活動することで、発音・発話、体性局在、方位選択性、課題遂行、注意、 作業記憶、視覚応答、痛み、感情、報酬学習など、様々な機能を持つ高次な脳機能を担う部分であることがわ かり始めつつあります。このような小脳の高次機能の担当部位は、大脳皮質などとの連携した活動として行動 の表現に至ると考えられます。近年では、広汎性発達障害(PDD)に含まれる自閉症状 (コミュニケーション能 力の低下や周囲への興味、知性の低下、特定の物事への強いこだわりなど)と小脳との関連が指摘されてきま した。しかしながら、これらの機能領域間の情報伝達の詳細は未解明のままでした。また、小脳に起こる病原 性感染はごくまれにみられる感染症ですが、その神経系に及ぼす生理学的メカニズムや動物の精神活動にどの ように影響を与えるかといった点は全く不明でした。
本研究では、小脳におこる感染症に注目し、小脳炎症時に神経活動がどのように変化し、どのような機序で 神経活動の変化が現れるのかを詳細に調べました。そして、小脳の炎症時に動物の社交性や好奇心 ・やる気な どが実際に低下するのかどうかを調べました。さらに、小脳を過興奮にするシグナル伝達経路を明らかにする ことで、小脳炎症時におこる精神行動の異常を回復させることを試みました。

2.研究手法・成果
本研究では、小脳炎症時の神経活動を調べるにあたり、おもに電気生理学 (パッチクランプ法)と呼ばれる 方法を用いました。微細なガラス管 (先端径は~3μm)を使って、一つ一つの神経細胞の電気活動を直接計測 しました。そして、グラム陰性菌 (注1)の外膜構成成分である LPS(リポ多糖)や熱殺菌したグラム陰性菌種 を脳切片標本や生体脳に投与して、その時の神経活動を長時間にわたって記録しました。他に、ミクログリア が放出する炎症性物質の量を計測するために、脳の中で ATP 分子をイメージングする新規技術を導入したり、 分子生物学的に炎症性物質を定量したりしました。
その結果、小脳炎症時に、神経活動が以下の機序によって変化することが明らかになりました。(図)
① 脳内への微生物毒素の侵入は、脳内の免疫細胞であるミクログリアを過剰に活性化させる。
② 活性化したミクログリアは炎症性サイトカイン (注2)(TNF-α)と ATP (アデノシン三リン酸)を 放出し、小脳の主要な出力細胞であるプルキンエ細胞(注3)の興奮性を上げる。
③ その結果、神経細胞の活動電位の発火頻度 (注4)が長期間にわたって増大する。これは神経細胞の 興奮性可塑性(注5)と呼ばれる現象である。

次に、小脳炎を起こした動物 (ラット)の行動異常について、自由探索行動や社交性、強制水泳テスト、ビ ー玉埋めテスト、平衡感覚テストなど、さまざまな動物の行動テストによって調査を行いました。さらに、核 磁気共鳴画像法 (MRI)を使って、脳機能結合解析も行いました。その結果、小脳 (前葉部位)の炎症が起こ ると、ラットは顕著に自由探索行動や社交性、やる気を低下させることが分かりました。これらの行動異常は、 小脳が過興奮することで、大脳皮質前頭前野の活動が高まることに関係していると考えられます。
さらに、炎症性サイトカインを薬剤で抑えたり、ミクログリアを脳内から除去することで、このような動物 の行動異常を回復させることに成功しました。
以上のように、本研究では、小脳の炎症を誘導したときに、可塑性と呼ばれる現象を介して脳の興奮性が過 度に増大し、動物の社交性、自由探索行動、やる気などが減退することを示しました (図)。また、この興奮性 可塑性に関わるシグナル伝達を明らかにした上で、神経免疫 (ミクログリア)を抑えることによって、動物の 行動異常を回復できることも示しました。これらは小脳が、動物の鬱様症状や自閉様症状など、発達障害に関 連する行動障害の発現に関わる可能性があることを示す成果です。また、小脳の炎症時には大脳前頭前野の活 動が高まるという注目すべき結果も得られました。小脳は運動機能や運動学習だけに関わる脳部位ではなく、 大脳との結びつきによって高次的な脳機能表現に関わることが明示されました。

3.波及効果、今後の予定
本来、ミクログリアは脳内の免疫細胞として、細菌 ・イイルスなどの異物侵入や脳の障害に反応し、異物や ダメージを受けた部位を取り除く働きを持ちます。一方で、脳の過剰な炎症は、鬱病など、様々な精神疾患と の関わりが指摘されてきました。本プロジェクトでは動物モデルで急性小脳炎を解析し、その症状を回復させ ることを目的としました。これらのシグナル伝達経路を明らかにし、小脳の炎症によって動物の精神的な行動 異常が顕著に認められることを明らかにしました。また、これらの小脳炎症に伴う行動異常は、鬱様症状や自 閉様症状などの発達障害に関連する精神的な行動に関わることを示す結果が得られました。
しかしながら、慢性的な炎症の効果や発達過程での炎症の影響は未解明なままです。また、小脳神経細胞に は興奮性を増大させる可塑性だけではなく、低下させる可塑性も発現させることが知られており、それらの寄 与なども分かっていません。したがって、これらの多くの課題を明らかにすることで、知能の低下や発達障害 につながる精神行動障害の原因を突き止めることができます。そして、本研究はそれらを治療する方法を確立 することに寄与すると考えられます。
脳における過度な免疫活性やグリア細胞がもたらす脳活動の変容機序は、鬱や自閉症状だけではなく、老化 に伴う痴呆にも関わります。このような脳活動変化機序は、多くの精神疾患に関与すると考えられますが、ま だまだ不明な点が多く残されています。遺伝子レベルでの解析では、リスク因子は同定することができますが、 神経活動がどのように変化して、どういった機序が疾患の表現として現れるのか、薬剤の標的となる直接的な 因果関係がわかりません。また、脳のどの部位の機能不全がどういった精神活動を乱すのか、といった点も明 らかにする必要があります。本研究では炎症に焦点を当てていますが、今後は神経細胞機能変化の生理学的側 面と遺伝学的側面の両方をしっかりと明らかにすることで、心の働きの異常を直すための研究が進展すると期 待されます。

4.研究プロジェクトについて
本プロジェクトは京都大学白眉センター、医学部附属病院腎臓内科、情報学研究科、理学部所属の研究者 4 名と学生 1 名によって達成されました。研究予算として、京都大学白眉運営費、興和生命科学振興財団、日本 学術振興会 科研費、ブレインサイエンス振興財団、東京生化学研究会、内藤財団、JST さきがけ、武田科学振 興財団から助成頂いた研究資金によって遂行されました。
本研究に関する米国神経科学学会での研究発表 (シカゴ、2019 年 10 月予定)は、Press Conference Abstract として選出され、当年会でプレス紹介されます。ちなみに、米国神経科学学会は世界最大規模の神経科学領域 の学術機関で(会員数 37,000 名)、今回の Press Conference への選出倍率はおよそ約 280 倍でした(~50 abstracts / 14,000+ submitted)。アジア地域からの選出も僅かです。

<研究者のコメント>
本プロジェクトは、小脳の炎症の脳生理学的側面と広汎性発達障害などの精神行動障害との関わりを調べる ことを目的としたものです。電気生理学的手法、蛍光イメージング、分子生物学的定量、行動実験、脳機能画 像解析など、さまざまな実験手法によって細胞レベルから動物個体の行動までの証拠を、多面的に積み重ねる ことが出来ました。実際には、非常に多くの実験を少人数の研究チームで行い、プロジェクト達成に繋げまし た。また、まだまだ未熟な私たちが、国内外から注目を浴びる独立研究を京都大学で果たすことができて、心 から嬉しく思います。この素晴らしい機会に心から感謝し、今後とも社会一般の方々に理解していただける研 究を進め、精神疾患関わる症状の緩和・治療を目指します。
鬱や広汎性発達障害は、日本だけではなく、米国、中国など多くの国々で毎日の生活に影を落とします。こ のような影の側面を振り払うためにも、基礎研究の推進は必要と考えられます。学部学生や大学院生のみなさ んが、『心のはたらきの不順をどのように治すことが出来るのか』といったことに興味を持って、私たちの研 究に参加していただけると嬉しく思います。心と身体を科学することで、多くの発見の喜びに巡り合うことが 出来ますし、研究活動の中で自分と向き合い、仲間と協力することで、人としての大きな成長や達成感を得る ことができます。

<用語解説>
(注1)グラム陰性菌:
一部の細菌の総称でペプチドと多糖からなる薄い外膜を持ち、グラム染色で染色され ない。感染によって内毒素(LPS: リポ多糖)による炎症症状がでる。
(注2)炎症性サイトカイン: 生体内で炎症が起きた時に免疫細胞から放出される物質群。数十の物質が同定 されている。他に、インターロイキン、脳由来栄養因子、活性酸素種など。
(注3)プルキンエ細胞: 小脳の主要な出力細胞で、哺乳類の中でも最大の樹状突起を有する。げっ歯類の場 合、大きさは 250μm 程度。主要な2本の樹状突起を持ち、数百に渡る分枝を形成する。およそ17万個のシ ナプス入力を受ける。特に、プルキンエ細胞の発火タイミングが動物のバランス運動や学習を調節している、 と考えられている。
(注4)神経細胞の活動電位の発火頻度: 神経細胞はその活動として、活動電位と呼ばれる 100mV、1ミリ 秒程度の微弱な電気パルスを発生させる。この電気パルスを活動電位と呼び、その発火頻度によって次の細胞 に伝える情報が変化する。
(注5)興奮性可塑性: 神経細胞の発火頻度が長時間増大する現象。この興奮性可塑性は、シナプス伝達効率 が長期間増大するシナプス可塑性 (長期増強)とは異なり、K +チャネルの下方調節が関わる。K +チャネルの活 性が下がると、神経細胞は興奮しやすくなる。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Microglia-triggered plasticity of intrinsic excitability modulates psychomotor behaviors in acute cerebellar inflammation(急性小脳炎においてミクログリアが誘導する神経興奮性の可塑性は動物 の精神行動を破綻させる)
著 者:大槻 元、山本 正道、キム ミンス、今井 宏彦、板倉 大和
掲 載 誌:Cell Reports  DOI:未定

医療・健康
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