2019-10-28 国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
ポイント
- 聟島列島ではノヤギの根絶から約15年で海鳥の個体数が爆発的に回復しました。
- 絶滅の危機にある鳥、オガサワラカワラヒワを救うにはネズミ駆除が不可欠です。
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所は、小笠原自然文化研究所と共同で、小笠原諸島聟島(むこじま)列島(*1)の国有林等における外来種ノヤギの駆除によりクロアシアホウドリ、オナガミズナギドリ、カツオドリの個体数が急速に回復することを明らかにしました。ノヤギは踏み荒らしなどにより繁殖を撹乱していたと考えられます。ノヤギ駆除が海鳥の個体数回復に奏功した例は世界で初めてです。海鳥は海から陸に栄養を運んだり、他島から種子を運んだり、生態系内で様々な機能を果たします。外来哺乳類駆除で増加した海鳥により、傷ついた生態系の修復が加速することを期待しています。
また、絶滅危惧種のオガサワラカワラヒワ(*2)という鳥を脅かしているのは、外来哺乳類クマネズミによる捕食である可能性も示しました。現在オガサワラカワラヒワは母島属島と南硫黄島にしか生き残っていません。また、クマネズミのいない母島属島にはドブネズミが生息しており、ここでも個体数が減少しています。この鳥を絶滅させないためには、ネズミの駆除が不可欠と言えます。
本研究成果は、2019年10月25日に日本鳥学会誌で公開されました。
背景
小笠原諸島は多くの固有種の進化が見られる生態系の価値の高さから、2011年に世界自然遺産に登録されました。その一方で侵略的な外来生物の影響により、在来生物が絶滅の危機にさらされています。小笠原にはもともとコウモリ以外の哺乳類がいなかったため、外来哺乳類による影響が特に強く表れています。その中でも、植物を食べて森林を草地化・裸地化してしまうノヤギや、植物も動物も捕食するネズミ類は、生態系に大きなダメージを与えています。ノヤギとネズミ類は小笠原諸島で最も多くの島に侵入した外来哺乳類で、前者はこれまで約20の島で、後者は約30の島で侵入が確認されています。
小笠原では林野庁や環境省、東京都、小笠原村などにより、自然再生のための事業が多数実施されています。しかし、一度大きく破壊された自然は、その原因となった外来哺乳類を駆除してもすぐ元に戻るとは限りません。なぜならば、外来哺乳類の影響で環境変化や生物の絶滅などが起こっている場合は、駆除後もその影響が長期間にわたって残るからです。また、どの外来哺乳類がどの在来生物に影響を与えているかもまだ十分にわかっていません。このため、外来生物と在来生物の関係を解明すると共に、自然再生事業後の在来生物相の回復状況を明らかにすることが課題となっていました。
そこで、ノヤギ駆除の効果を解明するため、根絶に成功した聟島列島で海鳥の回復状況を調査しました。また、個体数が激減している絶滅危惧鳥類オガサワラカワラヒワ(以下カワラヒワ)の減少要因を明らかにするため、この鳥と外来哺乳類の分布を比較しました。
内容
聟島列島では野生化したノヤギが原因で森林が消失し、草地や裸地が広がりました。以前はこの地域では森林内で多数の海鳥が繁殖していたと考えられますが、その数はとても少なくなっていました。この島々の自然再生のため、2000年前後に東京都等によってノヤギの駆除が行われました。しかし、駆除後に鳥類の個体数がどのように変化したかは十分にわかっていませんでした。
私たちは東京都と共同で、聟島列島の聟島、媒島(なこうどじま)、嫁島でノヤギ根絶後に海鳥の巣をくまなく探索し、営巣数を記録してきました。その結果、聟島列島ではノヤギが姿を消してから約15年で、クロアシアホウドリ、オナガミズナギドリ、カツオドリなどの個体数が急速に増加していることが明らかになりました。特に影響が大きかった媒島では、ノヤギ根絶直後には10巣以下しかなかったオナガミズナギドリの営巣が、2017年には2000巣以上に増加するなど、その回復が顕著でした(図1、図2)。ノヤギは海鳥を捕食することはありませんが、歩き回ることで巣を破壊したり繁殖を邪魔したりしていたと考えられます。
一方、海鳥とは逆に小笠原で個体数が激減している鳥がいます。小笠原のカワラヒワ(図3)は、過去には聟島列島から火山列島まで広く分布しましたが、現在は母島属島と南硫黄島でしか繁殖していません。ただし、減少原因はよくわかっていませんでした。そこで、カワラヒワと外来哺乳類の分布を比較したところ、この鳥はクマネズミが侵入した島では絶滅し、未侵入の島にのみ生き残っていることがわかりました(図4)。クマネズミは木登りが得意なため、巣を襲い卵やヒナを捕食しカワラヒワを減少させたと考えられます。
現在もカワラヒワがいる母島属島には、クマネズミとは別種のドブネズミが侵入しています。ドブネズミはクマネズミに比べ樹上利用が少ないため、カワラヒワが生き残れたと考えられます。しかし、人工巣を用いた実験では、母島属島でも樹上の巣が捕食されていました。母島属島のカワラヒワは現在も減少を続けており、これはドブネズミの影響と考えられます。この鳥の保全には、まず母島属島のドブネズミを駆除して減少に歯止めをかけた上で、分布回復のため過去の繁殖地でクマネズミを駆除する必要があります。
なお、小笠原の西島では、クマネズミを駆除した後にウグイスの繁殖集団が回復した例もあります(森林総合研究所2011年9月プレスリリース)。
参考:「世界遺産の島・小笠原諸島の森林に復活したハシナガウグイス ―クマネズミ根絶がもたらした生物相の回復― 」(2011年9月15日、プレスリリース)
https://www.ffpri.affrc.go.jp/press/2011/20110915/index.html
図1.聟島列島媒島におけるノヤギ根絶後の海鳥の増加
図2.オナガミズナギドリの巣と雛
図3.絶滅危惧種オガサワラカワラヒワ
図4.オガサワラカワラヒワとクマネズミの分布(聟島のクマネズミは2010年に根絶)
今後の展開
ノヤギは植物食なので、駆除を行うと植物が増えることが知られていました。しかし今回の研究から、ノヤギ駆除が鳥類の保全に直接的に役立つことが世界で初めて明らかになりました。これは、世界遺産地域における自然再生事業の意義を示す成果であり、今後の保全を推進する原動力になると言えます。
海鳥は、排泄物を介して海から陸へ窒素やリンなどの栄養を運搬したり、種子を体に付着させて散布したりと、生態系を回復させる機能を持っています。海鳥の回復は単に鳥が増加したというだけでなく、このような機能が回復したことを示しています。まだノヤギが消滅させた森林が回復するには至っていませんが、傷ついた生態系が海鳥の増加によって修復され、生物多様性の保全が推進されることが期待できます。
オガサワラカワラヒワは小笠原で最も絶滅の危険性の高い陸鳥ですが、その保全には外来ネズミ類の駆除が必要だとわかりました。小笠原では聟島列島や父島列島で外来ネズミ類駆除事業が行われていますが、母島属島ではまだ行われていません。年々減少するカワラヒワを絶滅から救うためには、外来のドブネズミを早急に根絶する必要があります。
論文
タイトル:小笠原諸島における撹乱の歴史と外来生物が鳥類に与える影響
著者:川上和人
掲載誌:日本鳥学会誌、68巻2号、p.237-262(2019年10月25日)
研究費:環境省環境研究総合推進費「小笠原諸島の自然再生における絶滅危惧種の域内域外統合的保全手法の開発」(4−1402)、文部科学省科学研究費補助金基盤A「生態系機能の持続可能性:外来生物に起因する土壌環境の劣化に伴う生態系変化」(18370038)
タイトル:小笠原諸島聟島列島におけるノヤギ排除後の海鳥営巣数の急激な増加
著者:鈴木創・堀越和夫・佐々木哲朗・川上和人
掲載誌:日本鳥学会誌、68巻2号、p.273-288(2019年10月25日)
研究費:文部科学省科学研究費補助金基盤A「生態系機能の持続可能性:外来生物に起因する土壌環境の劣化に伴う生態系変化」(18370038)
共同研究機関
NPO法人 小笠原自然文化研究所
用語解説
*1 聟島列島
小笠原諸島の北部の島々で、ノヤギによる植生破壊が諸島内で最も顕著な地域。聟島では2000〜2003年に、媒島では1997〜1999年に、嫁島では2000〜2001年にノヤギが駆除された。駆除後には在来植物だけでなく外来植物も増加するという問題も生じている。
*2 オガサワラカワラヒワ
小笠原諸島のみに分布するカワラヒワの固有亜種で、乾性低木林に生息する。絶滅危惧IA類に指定されており、個体数が減少している。母島属島での繁殖個体数は300個体以下と推定されている。本州にもいるカワラヒワの亜種とされているが、最近のDNA分析により独立種としてよいぐらい遺伝的に分化している可能性が示されている。
お問い合わせ先
研究推進責任者:
森林総合研究所 研究ディレクター 尾崎研一
研究担当者:
森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 川上和人
広報担当者:
森林総合研究所 広報普及科広報係
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