南極地域観測隊で史上初! 「人文社会科学」分野での共同研究で成果を発表
2020-02-28 静岡大学, 国立極地研究所
国立大学法人静岡大学は、教育学部の村越真教授が大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立極地研究所と2015年(平成27年)から取り組んできた共同研究の成果が2020年3月1日に日本認知科学会学会誌「認知科学」に掲載されることとなりましたので、お知らせいたします。
本研究テーマは、南極地域観測隊で史上初めて、研究領域が自然科学分野ではなく、人文社会科学分野で採択された研究です。
村越真教授は、2017年に南極地域観測隊に参加し、「過酷な自然環境におけるリスクマネジメントの実践知の解明」の研究を進めてきました。標識も警告もない自然環境下での安全管理は不確実性が高く、「危険」をどのように認識するのか、命を守る最善の行動をどう選択すべきか、などリスク対応の体系化は非常に困難です。
そこで本研究では、自然環境での安全管理の在り方に関して、体系的な解明を目指し、南極地域観測隊の隊員インタビューをもとに、オフサイト(事前の計画段階)とオンサイト(現場)での情報を組み合わせ、リスクマネジメントを行うことにより、安全性が高まることを明らかにしました。
既に、安全な登山の検討やリスクマネジメント研修などに活用されている他、今後は、学校現場の体験活動のリスクに対して挑戦の意義を保ちつつどう対応すべきかの指針として提供されることが期待されています。
研究概要
日本南極地域観測隊で安全管理を務めるフィールドアシスタント(FA)隊員7名へのインタビューを元に、過酷な自然環境でのリスクマネジメントの実践知(注参照)を明らかにしました。彼らはより高い研究成果と安全管理というジレンマに対する個々の信念を持ちつつも、オフサイト(事前の計画段階)とオンサイト(現場)でのリスクマネジメントを組み合わせることで、不確実になりがちな安全を高めていること、リスクマネジメントには過去のリスクに関する集約的データとオンサイトでのリスク要因の変化やリスクの兆候の両方が活用されていること、安全と研究成果のジレンマや現場でのリスクに直面する体験を通して、安全を高める実践知を結晶化させていることが明らかになりました。氷河と海氷のように、同じ転落というリスクを持ちながら性質の違うリスクに対して、オンサイト/オフサイトのリスクマネジメントの重点を変えて対応していることも明らかになりました。
自然環境での安全管理の在り方に関する体系的な研究は少なく、研究成果は、観測隊を含めた自然科学研究者のフィールド調査の安全に資すると期待されます。
注:実践知とは、体系だったカリキュラムでは教えられていないが、多様な現場を経験することで結晶化され、活用される、その現場でよりよく任務を果たすための知恵。
研究の背景
南極観測では、これまでにも死亡事例を含む事故が発生しています。その一方で、人為的管理が限られているからこそ科学的発見の価値は高く、そこに「研究成果」と「安全」のジレンマが生じます。その解決には現場の知恵とも言える実践知(Sternberg et al.,2000;金井・楠見,2012)が重要な役割を果たすと考えられます.また、自然環境の中での研究活動は幅広く行われている中で、個々のリスクに対して現場でどう対応すべきという戦術的な安全教育は行われてきましたが、戦略的なリスクマネジメントは十分とは言えません。リスクに最前線で対峙するFAのリスクマネジメント方略を実践知の観点から明らかにすることは、より一般的な自然科学のフィールド研究の安全に資すると考えられます。
研究内容
社会科学で広く採用されているGTA(Glaser & Strauss, 1969; 戈木,2006)という手法を用い、発話の意味あるまとまり(概念カテゴリー)とその関連を把握するとともに、協力者やリスク源によるリスク対応の特徴を検討しました。得られたカテゴリーの代表的なものが表1、概念カテゴリーの関連を示したものが図1です。FAのリスクマネジメントは、①「オフサイト」と「オンサイト」という二局面の協働によって行われ、「オフサイト」では過去の類似状況や事故/成功事例といった具体性の高い「データ」によるリスクマネジメントが行われる一方、「オンサイト」ではそこでしか得られないリスクの要因の変化や兆候を元にしたリスク対応が行われていること、②リスク源の性質によって「オフサイト」と「オンサイト」の対応の比重を変えていること(表2)、③不確実性の自覚や「データ」の限界などへの省察が実践知の獲得につながっていること、が明らかになりました。
今後の展望
本研究はリスクに対して戦略にどう対応すべきかの指針を提供し、自然科学研究者の安全教育に資すると考えられます。また、近年では自然災害が激甚化するとともに、倫理的な問題や過失によって個人がリスクに晒されています。自然災害下でよく聞かれる「命を守る最善の行動」というアナウンスをどう解釈すべきでしょうか。本研究は、漠然と語られがちな個人のリスク対応について再考する枠組みとなることも期待でき、広く国民のソフト面でのレジリエンス強化にも資すると考えられます。
図1:GTAによって得られたカテゴリー関連図
リスクへの対応の局面は、事前(オフサイト)、オンサイト、事後(反省や教訓)に区分でき、対応のための情報源は事前に利用可能なデータやルール、現場でこそ得られるオンサイト情報に区分できる。図はそれらを組み合わせてどのようなリスクマネジメントが行われているかを、FAからのインタビュー記録を元にしてカテゴリー化した表1のような概念カテゴリーの関連をまとめたもの。
注:上段の数字は該当する切片の数、下段は調整済み残差で、この値の絶対値が1.96を超えていると、その数は統計的に意味ある多さ(または少なさ)を意味する。たとえば、氷河を対象としたリスクマネジメントについての切片は合計41あったが、そのうち11は事前についてであり、オンサイトでは23、事後(次への反省や教訓)は7であったのに対して、海氷ではオンサイトが28と圧倒的に多く、そこには何らかの理由があると考えられる。本研究では、その理由を氷河と海氷のリスクの性質の違いに由来すると考察した。
発表論文
掲載誌:認知科学、27(1),23-43.
タイトル:過酷な自然環境における実践知:南極観測フィールドアシスタントのリスクマネジメントの分析.
著者
村越真(静岡大学教育学部)
満下健太(愛知教育大学・静岡大学共同大学院博士課程)
DOI:10.11225/jcss.27.
論文公開予定日:2020年3月1日
研究サポート
本研究は、第59次南極地域観測隊の公開利用研究および国立極地研究所一般共同研究(平成27-28年度)として行われました。
また、JSPS科学研究費(基盤研究(B)26282176および基盤研究(B) 19H04429)の助成を受けて実施されました。