バイカルアザラシのユニークな生態: わずか0.1グラムの小さな獲物を1匹ずつ食べていた

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2020-11-17 国立極地研究所

国立極地研究所(所長:中村卓司)の渡辺佑基准教授を中心とする研究グループは、バイカル湖に棲むバイカルアザラシが、今までに調べられた他のどんな水生哺乳類よりも、小さな獲物を食べることを発見しました。バイカルアザラシは重さ0.1グラムの微小な浮遊性ヨコエビを1匹ずつ、1日に何千匹も捕えていました。口を開けるたびに入ってくる水を排出するために、ギザギザした特殊な歯を持っていました。バイカル湖という固有の生態系の頂点にいるアザラシのユニークな生態が初めて明らかになりました。

研究の背景

シベリアの中央南部に位置するバイカル湖は、数千万年も前に形成された世界一深い湖であり、数多くの固有種で構成された独特の生態系を持っています。生態系の頂点にいるバイカルアザラシ(図1)は、主に魚を食べるとこれまで考えられてきました。ヨコエビ類(甲殻類の1グループ)の1種がアザラシの胃の中から見つかることがありますが、主要な食べ物とは見なされていませんでした。一般に、ヨコエビ類は世界中の海や湖に棲んでいますが、それをメインに捕食する水生哺乳類はほとんどいません。ヨコエビ類の多くは1グラムに満たないため、アザラシのように1匹ずつ獲物を捕る動物にとっては、割に合わない獲物だと考えられていました。

図1:バイカルアザラシ

研究の内容

本研究では、野生のバイカルアザラシにビデオカメラと行動記録計を取り付け、捕食行動を初めて詳細に計測しました。アザラシは夜間に積極的に潜水し、推定体長2センチ、重さ0.1グラムのヨコエビを1匹ずつ、連続的に捕えていました(図2)。1回の潜水で平均57匹、1日に平均4300匹ものヨコエビを捕えたと推定されました。これほどのハイペースで獲物を捕える水生哺乳類は他に知られていません。ヨコエビは昼間、深い深度にいますが、夜になると浅い深度に上がってきます。バイカルアザラシはヨコエビの動きに合わせ、潜水深度を調節していました(図3)。アザラシが魚を捕食する様子も時折観察されました。

図2: (A)バイカル湖固有の浮遊性ヨコエビMacrohectopus branickii(写真提供:S. Didorenko氏)。(B)アザラシの背中に取り付けたビデオカメラが捉えた捕食の瞬間。黄色の矢印がヨコエビ。アザラシの鼻先とヒゲが画面下部に写っている。(C)アザラシの捕食潜水の一例。赤で示した部分でヨコエビを連続的に捕えていた。

図3:バイカルアザラシの夜間の潜水深度の変化。

バイカルアザラシが1日に数千回も水中で獲物を捕えるのであれば、そのたびに口に入ってくる水を全て飲み込んでいたら、大変な量になります。この問題をどう解決しているのかを調べるために、国立科学博物館に収蔵されているアザラシ類の頭骨を調べました。アザラシ亜科(Phocinae)に属する10種のアザラシの中で、バイカルアザラシは最も特殊化したギザギザの歯を持っており、口を閉じると一枚のフィルターのようになりました(図4)。バイカルアザラシは水中でヨコエビを捕えた後、歯の隙間から水を排出し、ヨコエビだけを飲み込むと考えられます。

図4:バイカルアザラシの特殊化したギザギザの歯

本研究により、バイカル湖という固有の生態系の頂点にいるアザラシのユニークな生態が明らかになりました。獲物の動きに合わせた潜水行動と特殊な歯の形状により、わずか0.1グラムのヨコエビを1匹ずつ大量に捕えていました。ただし、バイカルアザラシはヨコエビだけでなく、従来思われていたように魚をも捕食していました。

考察と今後の展望

今回の結果は、バイカル湖の生態系の謎を解き明かすヒントを与えてくれます。バイカル湖は透明度が高く、生産者である植物プランクトンの少ない貧栄養湖です。ということは、体が大きく体温が高いためにエネルギー要求量の多い水生哺乳類は、それほど多く棲めないと予想されます。けれども実際は、湖全体に推定8-12万頭ものアザラシが棲んでおり、閉鎖系の生態系としては例外的に水生哺乳類が繁栄しています。このパラドックスは、バイカルアザラシが魚よりも栄養段階の低いヨコエビを大量に食べるという本研究の結果により、説明することができます。一般に、食物連鎖が短くなるほど、生態系のエネルギー効率がよくなり、より多くの捕食動物が生きていけるからです。ただし、バイカルアザラシの繁栄の謎を完全に解くためには、人為活動の影響なども含めた詳細な解析が必要です。

発表論文

掲載誌: Proceedings of the National Academy of Sciences(アメリカ科学アカデミー紀要)
タイトル:Ultrahigh foraging rates of Baikal seals make tiny endemic amphipods profitable in Lake Baikal
著者:
渡辺佑基(国立極地研究所 生物圏研究グループ 准教授)
Eugene A. Baranov(バイカルアザラシ水族館)
宮崎信之(東京大学大気海洋研究所 名誉教授)

研究サポート

本研究はNational Geographic Society (NGS-KOR-293R-18)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

研究内容について
国立極地研究所 生物圏研究グループ 准教授 渡辺佑基

報道について
国立極地研究所 広報室

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