葉緑体成分フィトールがネコブセンチュウ防除に有効であることを確認

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新しい線虫防除技術の開発に期待

2021-01-21 農研機構

ポイント

農研機構は、葉緑体の成分であるフィトール1)が、難防除のネコブセンチュウ防除に有効であることを発見しました。トマトなどにフィトールを与えると、ネコブセンチュウ2)による被害が抑えられることを、室内実験で確認しました。フィトールには殺線虫効果はなく、植物が本来持つ線虫抵抗性を高めることで被害を抑えます。作物の線虫抵抗性を利用した線虫防除剤の素材として有望です。

概要

農研機構の生物機能利用研究部門は、農作物の難防除微小害虫であるネコブセンチュウの防除にフィトールと呼ばれる葉緑体由来の天然物質が有効であることを発見しました。室内実験でトマトの根に10µMのフィトールを与えた場合、根に侵入したネコブセンチュウの数は1/3に低下しました。
ネコブセンチュウの防除には主にクロルピクリン等の土壌くん蒸剤3)が用いられていますが、クロルピクリンは刺激性があり使用に際して土壌の被覆が必要であることなどもあり、環境に対してより低負荷な線虫防除技術の開発が望まれていました。
フィトールには殺線虫効果はなく、植物の線虫抵抗性を高めることにより、線虫の被害を抑えることも分かりました。植物が本来有する線虫抵抗性を高めて被害を抑える薬剤は国内ではこれまで実用化されていません。 今後は、ほ場での有効性を確認するとともに、他の重要植物寄生性線虫であるシストセンチュウやネグサレセンチュウに対する効果も検証します。さらに、農薬メーカー等の民間企業との連携により、フィトールを用いた線虫防除剤の開発を目指します。

関連情報

予算:科研費「植物のセンチュウ抵抗性に果たす葉緑体関連物質の役割解明と新規シグナル物質の探索」2016~2018年 特許:特許第6703774号

問い合わせ先

研究推進責任者 :農研機構生物機能利用研究部門 研究部門長 吉永 優

研究担当者 :同 植物・微生物機能利用研究領域 主席研究員 瀬尾 茂美

広報担当者 :農研機構本部 広報部広報課 後藤 洋子

詳細情報

線虫防除の現状

土壌中に生息する植物寄生性線虫は植物の根に寄生してこぶ状の塊を作ったり腐敗させたりします。寄生された作物は収量や品質が低下することから、植物寄生性線虫は重要微小害虫と位置付けられています。慣行農法では、即効性があり、効果も安定しているクロルピクリン等の土壌くん蒸剤による線虫防除が主体となっています。しかし、土壌くん蒸剤は、その殺線虫効果は作土層に限られるため、効果の及ばない深層に生存する線虫によって被害が起きることがあります。また、クロルピクリンは刺激性があり使用に際して被覆が必要であることなどもあり、線虫害に有効で環境に対してより低負荷な防除技術の開発が望まれていました。

研究の経緯

植物寄生性線虫に寄生された植物では、様々な代謝産物が生成、または分解されることが知られています。そのような代謝物のなかには線虫の寄生を抑える物質があると考え、ネコブセンチュウに寄生された植物根の代謝物の変動をメタボローム分析4)により調べました。

研究の内容・意義

1.ノンターゲット分析5)によりネコブセンチュウに寄生されたシロイヌナズナの根ではフィトールが増加していることがわかりました(図1)。フィトールは葉緑体に含まれるクロロフィルの構成成分(図2)で、クロロフィルの機能維持のために必要です。ストレス等によりクロロフィルが分解されるとフィトール分子が遊離しますが、遊離したフィトールの役割についてはよくわかっていませんでした。

2.線虫寄生に対するフィトールの効果を、室内実験で調べました。実験植物のシロイヌナズナの根にフィトールを与え、ネコブセンチュウを放飼すると、対照区と比較して根への侵入数の低下が確認されました(図3A)。トマトを用いた場合でも同様の侵入抑制効果が認められました(図3B)。10µMのフィトールを与えた場合、根に侵入したネコブセンチュウの数はシロイヌナズナとトマトでは1/3に低下しました。

3.フィトールを与えた植物では植物ホルモンであるエチレン6)の放出が高まることが確認されました(図4)。エチレンはネコブセンチュウに対する抵抗性を植物に誘導する働きがあることが知られています。フィトールはネコブセンチュウに対する直接的な殺線虫活性は持たないので、根への侵入抑制効果は、生成されたエチレンを介して誘導された植物の線虫抵抗性によるものであることがわかりました(図5)。

今後の予定・期待

室内試験でのネコブセンチュウ防除に有効な抵抗性誘導物質が見つかったことから、今後はほ場での有効性を確認するとともに、他の重要植物寄生性線虫であるシストセンチュウやネグサレセンチュウに対する効果も検証し、農薬メーカー等の民間企業と連携して線虫防除剤の開発に繋げることを目指します。

用語の解説
1)フィトール
クロロフィルを構成する直鎖状ジテルペンアルコールの一種です。
2)ネコブセンチュウ
幅広い作物に寄生する3大植物寄生性線虫の一つであり、寄生した根の細胞が巨大化してこぶ状の塊を作るのが特徴です。
3)土壌くん蒸剤
揮発性の農薬の有効成分を土壌中で拡散させ、土壌中の病害虫の防除などに用いられる製剤のことです。
4)メタボローム分析
生体内におけるアミノ酸や有機酸、二次代謝産物などの代謝物の網羅的な分析技術のことです。
5)ノンターゲット分析
解析対象となる化合物が決まっていない場合のメタボローム分析のことを指します。解析対象となる化合物がある程度決まっている場合はターゲット分析といいます。
6)エチレン
植物の成長や分化、老化のみならず病原体の感染や傷害などのストレスに対する応答にも関与する植物ホルモンです。
発表論文

Taketo Fujimoto, Hiroshi Abe, Takayuki Mizukubo, Shigemi Seo. Phytol, a constituent of chlorophyll, induces root-knot nematode resistance in Arabidopsis via the ethylene signaling pathway. Molecular Plant-Microbe Interactions. November 2020, DOI: https://apsjournals.apsnet.org/doi/10.1094/MPMI-07-20-0186-R

参考図

葉緑体成分フィトールがネコブセンチュウ防除に有効であることを確認
図1. ネコブセンチュウ放飼によるフィトールの蓄積

シロイヌナズナ根にネコブセンチュウを放飼し、2日後のフィトール量を測定しました。縦軸は根1グラムあたりのフィトールの量を表しています。


図2. クロロフィルの構造

赤点線部はフィトール分子。


図3. フィトールのネコブセンチュウ侵入抑制効果

シロイヌナズナ根(A)もしくはトマト根(B)を所定濃度のフィトール溶液に2日間浸漬した後、ネコブセンチュウを放飼しました。放飼して7日目に、根に侵入したネコブセンチュウの数を計測しました。0µMはフィトール溶液の代わりに同量の溶剤を与えた対照区です。


図4. フィトールによるエチレン生成の効果

シロイヌナズナ根をフィトール溶液に2日間浸漬した後、放出されるエチレン量を測定しました。対照区としてフィトール溶液の代わりに同量の溶剤を用いました。


図5. ネコブセンチュウ防除におけるフィトールの利用法

フィトールを施用したトマト等の作物では線虫抵抗性が高まり、ネコブセンチュウによる被害の抑制・軽減が期待されます。

有機化学・薬学
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