データからばらつき成分を取り除き、隠れた細胞分裂の法則を推定する機械学習手法を開発

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2021-07-09 東京大学

○発表者:
上村 淳 (東京大学 生産技術研究所 特任助教)
小林 徹也(東京大学 生産技術研究所 准教授)

○発表のポイント:
◆大腸菌など分裂を繰り返す単細胞生物のサイズ変化を計測したデータから、細胞分裂時のサイズを制御する法則を推定する手法を提案した。
◆深層学習を応用することで、データから確率的に生じるばらつき成分を取り除き、従来法と比べてより正確かつ柔軟に、さまざまな計測量の関係性を表現・推定することができた。
◆細胞の成長や分裂に強い相関関係を示す指標を特定し、細胞分裂を制御する原理を解明する強力な手法となると期待される。

○発表概要:
細胞成長と分裂による自己複製は、生物の最も重要な特性である。近年の計測技術の発展により、1つ1つの細胞の成長や分裂を長期に渡って計測することが可能になってきた。 その結果、さまざまな計測量から細胞の成長・分裂を支配する法則を見出す試みが数多く進められている。しかし、一定の環境下に置かれた細胞でも、細胞のサイズや細胞分裂までの時間などを制御する法則は、しばしば大きな成長ゆらぎ(注1)に隠され、見出すことが容易ではなかった。
東京大学 生産技術研究所の上村 淳 特任助教と小林 徹也 准教授は、点過程(注2)と呼ばれる、時間・空間的に離散的な点でイベントが生じる確率現象を表現・解析するための数理手法を応用することで、細胞サイズの変化を追った時系列データから細胞サイズを制御する法則を推定する新たな手法を提案した。計測された細胞サイズの変化を、過去の細胞サイズの変化に依存する成分と成長ゆらぎに依存する成分とに切り分ける柔軟な手法を活用することにより、従来の解析法では取り除けなかった成長ゆらぎに起因した偏りを除き、細胞分裂時の計測量間の関係性をより正確な形で表現・推定することができた。本手法は、細胞の成長や分裂と強い相関関係を示す指標(測定量)をより効果的に特定することで、その背後にある細胞の自己複製制御の原理を解明する強力な手法となると期待される。
本研究成果は、2021年7月8日にAmerican Physical Societyによる「Physical Review Research」に掲載された。

○発表内容:
<研究背景>
生物に特有の性質として、細胞が成長し分裂することで自己とほぼ同じ細胞を作る自己複製がある。多様な分子や細胞内器官から構成される細胞の複製は、細胞内の関連する反応が互いに複雑に制御し合うことで実現していると考えられている。一方、近年の計測技術の発展により、1つ1つの細胞が成長し分裂する様子を長期に渡って計測することが可能になってきた。その結果、細胞のサイズや細胞分裂までの時間などの計測量を指標として、細胞分裂やそのタイミングの制御機構を理解できる可能性が指摘されている。しかし、一定環境下においた細胞でも、それらの計測量はしばしば大きなばらつき(成長ゆらぎ)があることも明らかになってきた。そのため、さまざまな計測量と細胞分裂イベントの間にどのような関係があるのかは、成長ゆらぎによる見かけ上の相関に注意しながら慎重に見極めていく必要があり、これまでデータと数理モデルを活用した試行錯誤を必要としてきた。

<研究内容>
東京大学 生産技術研究所 上村 淳 特任助教と小林 徹也 准教授は、点過程と呼ばれる確率過程の手法を応用することで、1細胞レベルの時系列データから細胞分裂イベントを推定する新たな手法を提案した。

1.点過程深層学習を用いた細胞分裂イベントの推定
本研究では、1細胞の成長・分裂を長期間計測可能なマザーマシンと呼ばれる装置を用いて得られた、大腸菌および分裂酵母の細胞サイズの時系列データに着目した(図1A)。特に、細胞分裂直後の細胞サイズ(誕生サイズ)と分裂直前の細胞サイズ(分裂サイズ)の時系列を用意し、それらを点過程の時系列(注2)と捉えることで、近年発展が著しい点過程に対する深層学習の手法を応用した。
一般に点過程では、次のイベントがおこるまでの待ち時間は、過去のイベントタイミングの履歴および待ち時間のばらつきを定める確率分布の形状の2つの要素で決まる。本研究で用いた深層学習の手法は、この2つの要素のそれぞれに異なるニューラルネットワークを活用することでモデルの自由度を飛躍的に向上させ、多彩な点過程の推定を柔軟に行える手法として注目されている。
この深層学習の手法を細胞サイズの時系列に適用して学習を行なった。その結果、過去の細胞サイズの時系列を入力として、次の細胞分裂時のサイズを確率分布として推定することができる(図1B)。この手法により、誕生サイズ・分裂サイズ各々について、過去の履歴に依存する部分(図1Bに示す分布の色)と履歴では説明ができない成長ゆらぎの部分(図1Bに示す分布の形)に分離することが可能となった。

2. 計測量の履歴依存性と成長ゆらぎの分離の有用性
この分離の有用性を検証するため、従来用いられてきた計測量間の相関関係を計算する方法と今回の手法による結果を比較した(図2)。
従来の相関関係の計算では、各計測量に含まれる成長ゆらぎに起因して統計的な偏りが生じる。そのため相関プロットに用いる計測量に依存して、本来期待される関係性がプロットから正しく読み取れる場合もあれば(図2A)、真の関係とは一見異なる傾向が読み取れてしまう場合も生じる(図2B)。一方、今回の手法では、過去の履歴依存性と成長揺らぎを分離できるため、このような偏りに影響されず、さまざまな計測量の背後に期待される関係性を再現することができる(図2B)。
この結果は、細胞成長・分裂イベントとの関係が未知な新たな計測量に対して、直接的な関係性をデータから効果的に特定し、ゆらぎに起因した見かけの関係性に惑わされることを防ぐ点で、細胞分裂を制御する機構の解明に向けて強力な手法となる。

<今後の予定>
細胞は複雑な化学反応が互いに制御し合うことで成長し、自己複製を実現している。本研究で提案した機械学習を用いた手法を発展させ、多様な計測量を含む1細胞時系列の高次元データから細胞の成長・分裂の法則を推定し明らかにしていくことで、自己複製に内在する普遍的な法則を見出すことが期待される。加えて、このような定量的な計測に基づく知見と数理理論を組み合わせることで、細胞自己複製がどのような論理や原理に従っているのかを特徴付けることができる。その結果、なぜ細胞は多様な分子や組織をバランス良く合成して、自己複製を実現できているのかという、生物学の基本課題の解明につながると期待される。

※本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(19H03216、19H05799)、JST CREST(JPMJCR1927、JPMJCR2011)などの助成や支援を受けて行われた。

○発表雑誌:
雑誌名 :「Physical Review Research」(2021年7月8日公開)
論文タイトル: Representation and inference of size control laws by neural network-aided point processes
著者 :Atsushi Kamimura*, Tetsuya J. Kobayashi
DOI番号 : 10.1103/PhysRevResearch.3.033032

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
准教授 小林 徹也(こばやし てつや)
Tel:03-5452-6798  Fax:03-5452-6798
E-mail:tetsuya(末尾に@sat.t.u-tokyo.ac.jpをつけてください)
URL:https://research.crmind.net/index_jp.html

○用語解説:
(注1)成長ゆらぎ
同じ遺伝情報をもつクローン細胞が一定の同じ環境下に置かれているにも関わらず、1つ1つの細胞の成長の様子を観察すると、さまざまな定量的指標が細胞ごとにばらついたり、同じ細胞でも時間的に変動したりする現象。特に細胞成長の指標として、分裂直前や直後の細胞サイズ、分裂から分裂まで(一世代)の時間(分裂時間)、分裂までの細胞サイズの成長率などが計測される場合が多い。

(注2)点過程
点過程とは、時間・空間的に離散的な点でイベントが生じる確率現象を表現・解析するための数理手法である。特に、データがイベントの発生時刻の集合として特徴付けられるタイプの時系列を点過程の時系列と呼ぶ。地震の発生や待ち行列への客の到着などが典型的な点過程時系列となる。本研究では、細胞サイズを点過程とみなして取り扱っている。

○添付資料:
図1_小林研.png
図1:本研究の概念図:(A)1細胞計測によって得られる細胞サイズの時系列データ
(B)時系列データから点過程深層学習の手法を用いて次の細胞分裂におけるサイズを推定

図2_小林研.png
図2:成長ゆらぎを含む実際の細胞を模したデータを用いて推定した確率分布の代表値(ヒートマップ)と従来手法である相関関係プロット(白丸):(A) 1世代に加わったサイズ(Δd=ld-lb)と誕生サイズ(lb)の関係、(B)成長率α×分裂時間τと分裂サイズ(ld)の関係。縦・横軸に選ぶ計測量に依らず、本提案手法(ヒートマップ)の結果は真の関係性(青線)とほぼ一致する。一方、相関関係プロットでは選ぶ計測量によって真の関係性とは定性的に異なる傾向(B)を見せることがある。

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