冬眠哺乳類の低温耐性にビタミンEが関わることを発見~臓器移植・臓器保存への貢献に期待~

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2021-07-21 北海道大学,日本医療研究開発機構

ポイント
  • 冬眠する哺乳類の肝臓は低温(10ºC以下)でも臓器傷害が生じない点に注目。
  • シリアンハムスターは肝細胞に高濃度のビタミンEを保持し低温での傷害を防ぐことを発見。
  • ヒトの臓器移植における低温傷害防止や救急医療への応用展開に期待。
概要

北海道大学低温科学研究所の山口良文教授、東京大学大学院薬学系研究科博士後期課程(当時)の姉川大輔氏、三浦正幸教授らの研究グループは、冬眠する小型哺乳類シリアンハムスターが冬眠の際の低体温に耐えるためにビタミンEを肝臓に高い濃度で保持することを明らかにしました。

シリアンハムスター、シマリス、ジリス、ヤマネなどの小型冬眠哺乳類は、数ヶ月に渡る冬季のあいだ、体温が10ºC以下に低下した深冬眠と呼ばれる低温状態で何日間も過ごします。またこの深冬眠から目覚める際には、体内で熱を多量に作り出すことで体温を37ºC付近まで急激に復温させます。こうした長時間の低温や急激な復温は、私たちヒトを含む冬眠しない哺乳類には致命的なストレスとなります。なぜ冬眠する哺乳類が低温や急激な復温に耐えることができるのか、その仕組みの殆どは未だに不明ですが、これらの動物は細胞レベルでも低温耐性を示すことが幾つかの事例から知られています。そこで研究グループはまず、シリアンハムスターの肝臓の細胞(肝細胞)も、低温培養下で長期生存可能な低温耐性を有することを確認しました。さらに、ビタミンEの少ない餌で飼育されたシリアンハムスターの肝細胞は低温誘導性の細胞死を生じ、この現象はビタミンE投与で回復すること、つまりシリアンハムスターの低温耐性は餌中に含まれるビタミンE量に依存することを発見しました。また低温耐性の異なるシリアンハムスターとマウスの間で、餌由来のビタミンEの保持能力に差があることを見出しました。本研究成果は、ヒトにおける臓器移植や再生医療の際の臓器低温保存や、低体温に伴う障害の予防法の開発にもつながると期待されます。

本研究成果は、イギリス夏時間2021年6月25日(金)公開のCommunications Biology誌に掲載されました。

冬眠哺乳類の低温耐性にビタミンEが関わることを発見~臓器移植・臓器保存への貢献に期待~
図.低温下における違い
左:マウス肝細胞は死亡(赤色)、右:シリアンハムスター肝細胞は生存可能

背景

私たちヒトをはじめとする多くの哺乳類は、体内で炭水化物や脂肪を燃焼して熱を産生することで、寒冷環境下でも体温を37ºC付近に維持して活動することが可能です。一方で、飢餓等によるエネルギー不足や麻酔等により体温保持が出来ず37ºCから大きく逸脱した低体温になった状態が長時間続くと、様々な臓器機能障害や細胞死を生じ、最終的には死に至ります。

これに対し、冬眠哺乳類と呼ばれる一部の哺乳類は、数ヶ月に渡る冬季のあいだ、極端に体温が低下した冬眠状態で生き延びることが可能です。そのなかでも小型冬眠哺乳類は、深冬眠と呼ばれる低体温状態で数日間過ごしたのち、体内で熱を多量に作り出すことで体温を37ºC付近まで急激に復温させて中途覚醒するという、「深冬眠-中途覚醒サイクル」を冬季のあいだ幾度となく繰り返します(図1A)。こうした長時間の低温や急激な復温は、上述したように、私たちヒトやマウスやラットなどの、冬眠しない哺乳類には多大なストレスとなり、組織障害や個体死につながります。冬眠する哺乳類由来のがん細胞や神経細胞は、細胞レベルで低温耐性を有することが知られています。しかし、どのような分子や遺伝子が低温耐性の発現に関わるのか、冬眠する哺乳類と冬眠しない哺乳類の低温耐性の違いは何に起因するのか、未だ殆ど不明です。


図1.シリアンハムスターの冬眠に伴う体温変化(A)と低温誘導性細胞死への耐性(B)。

研究手法

本研究では、小型冬眠哺乳類シリアンハムスターと、冬眠しない哺乳類マウスとの間で、細胞レベルでの低温耐性を比較しその分子機構に迫ることを目的としました。そのために、動物から取り出した肝細胞を培養し、低温や復温の際のストレスへの耐性機構を調べました。

研究成果

冬眠しない哺乳類マウス由来の肝細胞は、低温下で培養すると1-2日で全て死滅します。一方、シリアンハムスターの肝細胞は、低温下で5日以上生存可能という強い低温耐性を示し(図1B)、実際の冬眠で経験するような、長期間の低温ののち37ºCに復温させた場合でも生存可能なことがわかりました。さらに研究グループは、シリアンハムスター肝細胞の低温耐性が、肝細胞を取り出した動物を飼育していた餌に依存することを発見しました。餌の種類を変えると、シリアンハムスター肝細胞の低温耐性が消失したり出現したりしたのです。興味深いことに、シリアンハムスターに低温耐性を与える餌でマウスを飼育しても、その肝細胞に低温耐性は発揮されませんでした。この低温で死滅するようになったシリアンハムスター肝細胞と、マウス肝細胞では、低温下のミトコンドリアで活性酸素が生じていましたが、その死に方は、特定の過酸化脂質の生成を伴うこと、ある種の化合物で抑制できることなどから、フェロプトーシス*1と呼ばれる細胞死であることが判明しました。

そこで次に、この低温で誘導されるフェロプトーシスへの餌依存的な感受性の違いが何によるのか検討した結果、餌に含まれる脂溶性ビタミンEの一種、α-Tocopherol(αT)*2の量の違いに起因することがわかりました。つまり、シリアンハムスターはαT量が少なめの餌(ただし通常条件下での生存には影響しないレベル)で飼育されるとその肝細胞は低温耐性を喪失するのに対し、それよりαT量が5倍程度多い餌で飼育されると肝細胞に低温耐性が賦与されたのです。上述したように、マウスをこのαT量が多い餌で飼育しても、その肝細胞に低温耐性は賦与されません。このとき肝細胞や血中のαTを調べると、シリアンハムスターはマウスに比べて、餌由来のαTを10倍以上高濃度で肝細胞や血中に保持することがわかりました。αTは細胞膜や細胞内に存在する不飽和脂肪酸の脂質過酸化反応を止めることでフェロプトーシスを阻害できることが知られています。以上一連の結果から、シリアンハムスターは肝細胞や血中で食餌由来のαTの濃度を高く保つことで、低温とそこからの復温に伴う脂質酸化ストレスへの耐性を発揮することが示唆されました(図2)。


図2シリアンハムスターの肝臓は、餌由来のビタミンEを高濃度で含有することで脂質過酸化反応と低温誘導性の細胞死を阻止する。冬眠哺乳類に特異的なメカニズムの可能性がある。


一方で不思議なことに、αT量が少なめの餌で飼育したシリアンハムスターも冬眠自体は出来ていました。そこでこれらαT量が少なめの餌で飼育したにも関わらず冬眠した個体の血中αT量を調べてみたところ、冬眠しない時期に比べ、5-10倍程度の顕著な増加を示しました。これらの事実から、シリアンハムスターの冬眠の際にはαT量の適切な制御が行われている可能性が高く、αTの冬眠における重要性が示唆されます。実際、冬眠する哺乳類は野生では夏の終わりから秋にかけて、ビタミンEが豊富な果実や木の実を大量に摂取あるいは巣穴に貯蔵します。その意味でも、冬眠する哺乳類が低温耐性の発揮にαTを用いるのは極めて理にかなっていると考えられます。

今後への期待

今回明らかとなった、シリアンハムスターが低温耐性の発揮のためにαTを高濃度で肝臓や血中に保持する機構を解明していくことで、移植医療の際に生じうる、低温または低温-復温による臓器傷害の軽減に有用な手段が見つかる可能性があります。一方で、冬眠哺乳類の細胞の中にはαTが微量しか検出されないにも関わらず低温耐性を示すものもあることから、細胞レベルの低温耐性の根底にはαT依存的機構以外の仕組みもあると予想され、今後の研究が必要です。また実際の冬眠でのαT量の制御機構とその生理的意義をさらに追求していくことは、長年の謎である哺乳類の冬眠制御機構の解明に資すると期待されます。

謝辞

本研究は、慶応義塾大学医学部の杉浦悠毅専任講師、末松誠教授、九州大学大学院薬学系研究科の松岡悠太助教、山田健一教授、産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門の七里元督研究グループ長らとの共同研究として行われました。

また、本研究は文部科学省科学研究費助成事業、日本医療研究開発機構・革新的先端研究開発支援事業(AMED、PRIME)「健康・医療の向上に向けた早期ライフステージにおける生命現象の解明」研究開発領域、科学技術振興機構(JST、さきがけ)、東レ科学振興会、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、持田記念医学薬学振興財団、テルモ生命科学振興財団、稲盛財団らの支援を受けて実施されました。

論文情報
論文名
Hepatic resistance to cold ferroptosis in a mammalian hibernator Syrian hamster depends on effective storage of diet-derived α-tocopherol(冬眠する哺乳類シリアンハムスターの肝臓が示す低温細胞死への耐性は肝臓での効率的なα-トコフェロール保持に依存する)
著者名
Daisuke Anegawa1,2,Yuki Sugiura3, Yuta Matsuoka4, Masamitsu Sone1, Mototada Shichiri5, Reo Otsuka1, Noriko Ishida5, Ken-ichi Yamada4, Makoto Suematsu3, Masayuki Miura2, Yoshifumi Yamaguchi11北海道大学低温科学研究所、2東京大学大学院薬学系研究科、3慶応義塾大学医学部、4九州大学大学院薬学系研究科、5産業技術総合研究所)
雑誌名
Communications Biology(生物学の専門誌)
DOI
10.1038/s42003-021-02297-6
公表日
日本時間2021年6月25日(金)午後6時(イギリス夏時間2021年6月25日(金)午前10時)(オンライン公開)
用語解説
*1 フェロプトーシス
近年提唱された、制御された細胞死の一種。脂質過酸化と鉄イオン要求性を特徴とする。がん細胞にフェロプトーシスを誘導することで治療に活かせないか等の観点から、精力的に研究が進められている。いくつかのヒトがん細胞が低温培養で死ぬ際の細胞死もフェロプトーシスとの報告がある。
*2 α-Tocopherol
脂溶性ビタミンE類縁体の一種。ヒトやマウスを含む哺乳類は食餌由来のビタミンEのうち、α-Tocopherolを選択的に肝臓に蓄え全身に再分配する機構を有することが知られる。脂質過酸化を防ぐ作用がある。
お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ
北海道大学低温科学研究所 教授 山口良文(やまぐちよしふみ)

報道に関するお問い合わせ
北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)

AMED事業に関するお問い合わせ
(革新的先端研究開発支援事業)
日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

生物環境工学
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