2021-09-28 精神・神経医療研究センター,日本医療研究開発機構
多発性硬化症(MS, multiple sclerosis)1)は、血漿を浄化する治療(血液浄化療法2))によって症状の著明な改善をみることがあり、薬物治療の効果がみられない難治例に対して血液浄化療法が適用されています。しかし、本治療の効果は個々の患者で予測できず、適用に慎重な意見もあります。国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所免疫研究部の木村公俊 研究員(現・Brigham and Women’s Hospital Department of Neurology、前・京都大学大学院医学研究科 臨床神経学)、山村隆 特任研究部長、NCNP病院脳神経内科 林幼偉(りん ようい)医師らの研究グループは、血液浄化療法を実施したMS難治例31例の解析により、同治療によって症状の改善がみられる例(レスポンダー)の特徴として、血液リンパ球の一種でインターフェロンγ(IFN-γ)を産生する1型ヘルパーT細胞(T helper type 1: Th1細胞)3)の割合が有意に増加していること(p=0.0002)、同細胞の測定がレスポンダーであるかどうかの予測に有用であることを明らかにしました(ROC-AUC4)=0.902)。また、Th1細胞割合やTh1 細胞のIFN-γ遺伝子(IFNG)発現量は、自己免疫疾患の発症に関わるB細胞集団(CD11c+ B 細胞)の割合に相関し、CD11c+ B 細胞は免疫グロブリンの産生能が高いことを明らかにしました。他の詳細な検討をあわせて、一部のMS患者ではTh1細胞-CD11c+ B 細胞の強い連携(Th1-CD11c+ B cell axis)により自己抗体産生が促進され、血液浄化療法はTh1-CD11c+ B cell axisに作用して治療効果を示すものと考えられました。治療効果をあらかじめ予想したうえで行う個別化医療(精密医療)につながるとともに、自己免疫疾患の病態の解明につながる重要な成果だと考えます。
この研究成果は、米国東部標準時2021年9月27日午後2時(日本時間:2021年9月28日午前3時)に脳神経内科専門誌Annals of Neurologyオンライン版に掲載されました。
研究の背景
多発性硬化症(MS)は、中枢神経系(脳や脊髄)に炎症が起こり、運動・感覚・視力・認知など様々な機能に障害をきたす自己免疫疾患です。発症年齢のピークは20~30歳頃で、再発と寛解(症状の悪化と改善)を繰り返しながら徐々に障害が蓄積していきます。これまでにさまざまな治療法が開発されていますが、治療効果には個人差があり、難治例も少なくないことが実情です。
血液浄化療法も、薬物治療の効果が不十分な場合にMSに施行され、顕著な効果をみることがあります。しかし、その治療効果には大きな個人差があります。また、患者の身体的負担、治療に伴う副作用のリスク、社会的なコスト等の懸念点も存在します。事前に治療効果を予測する検査法(バイオマーカー)が確立すれば、必要な場合に躊躇なく実施することが可能になり、医療の向上や医療費削減につながることが期待されます。本研究グループは、MSの層別化による個別化医療の実現、MS病態の多様性の解明を目的として、血液浄化療法の有効性に関わるバイオマーカーの探索を進めました。
研究の内容
まず、血液浄化療法の一種である免疫吸着療法(IAPP: immunoadsorption plasmapheresis)を受けるMS患者において、治療開始前に末梢血中の各種免疫細胞比率をフローサイトメーター(FCM) で解析しました。得られたデータは、個々の患者の治療に対する反応性(治療の有効性)と対比させました。治療効果の判定を行う脳神経内科医は、FCM解析の結果を知らされずに、EDSS (Expanded Disability Status Scale)(重症度の指標)に改善がある患者をレスポンダー、それ以外の患者をノンレスポンダーと評価しました。解析の結果、まずIFN-γを産生するCD4+ T細胞(Th1細胞)の割合が、レスポンダー群において有意に高値であることがわかりました(p=0.0002, 図1A)。また、別の血液浄化療法である二重膜濾過血漿交換療法を受けた患者においても同様の結果が得られました。一方、他の炎症性・制御性CD4+ T細胞、CD8+ T細胞、一般的なB細胞系集団、NK細胞、NKT細胞、単球等には、レスポンダー群とノンレスポンダー群の間で有意な差を認めませんでした。Th1細胞割合の差は明確であり、ROCカーブからは、レスポンダーの効果予測マーカーとして良好な感度・特異度を有するものと判定されました(AUC=0.902, 図1B)。なお、レスポンダー群、ノンレスポンダー群間において、年齢・性別・臨床病型・治療開始時の再発の有無・罹病期間・治療前のEDSSには有意な違いを認めませんでした。
次に、Th1細胞割合が高い患者群で血液浄化療法が奏功する背景機序について、検討を進めました。血液浄化療法の前後で、Th1細胞割合には変化を認めませんでしたが、治療後に、Th1細胞内で、炎症性機能に重要なIFNG、STAT1やSTAT4遺伝子の発現が低下しました。さらに、B細胞に属する細胞集団(サブセット)を詳細に検討したところ、Th1細胞割合高値の集団ではCD11c+ B細胞割合が高いことを見出しました(図1C、D)。最近になって、CD11c+ B細胞は、全身性エリテマトーデスや関節リウマチなど、MS以外の自己免疫疾患において、病原性免疫グロブリンを産生するサブセットであることが報告されています。本研究において、CD11c+ B細胞の性質を探るために遺伝子発現プロファイル解析を行ったところ、MS患者ではCD11c+ B細胞が他のB細胞集団と比較して特徴的なフェノタイプ(表現型)を有していることを見出しました。また、CD11c+ B細胞は免疫グロブリン産生能が高いことがわかりました。さらに、興味深いことに、末梢血中のTh1細胞のIFNG発現量とCD11c+ B細胞割合には正の相関が認められ、治療後にCD11c+ B細胞割合が減少していました。他の詳細な検討をあわせて、上記のTh1細胞の割合が高い病態は、CD11c+ B細胞を介した病原性免疫グロブリンの関与する病態であることが示唆されました(図2)。
研究の意義と今後期待される展開
上記の通り、MSに対する血液浄化療法においては、Th1細胞におけるIFN-γ産生低下、IFN-γと密接に関連するCD11c+ B細胞の減少、さらにCD11c+ B細胞から産生される病原性免疫グロブリンの除去、という機序が組み合わさって効果が生じることが示唆されました(図2)。本研究で見出した病態機序は、MSにおいてこれまで知られていないものであり、今後、他治療との関連等において応用が期待されます。
MS診療においては、つい最近まで、視神経脊髄炎やMOG抗体関連疾患が、症状や臨床経過の類似点からMSとして扱われていた経緯があります。視神経脊髄炎やMOG抗体関連疾患は、MSの治療薬で病勢が悪化することがあります。視神経脊髄炎やMOG抗体関連疾患を除いたMSについても多種の病態を包含した「症候群」であると考えられ、治療成績を向上させるためには、MSの多様性を深く解析することが必要です。
本研究で見出したTh1細胞割合が高い病態が、MSの一亜型であるのか、もしくは同一患者においても経時的に変化しうるような病態であるのかについては、さらに検討する必要があります。しかし、Th1細胞割合を測定することによって、血液浄化療法の必要なケースを適切に選べるようになれば、治療効率が大きく向上することが期待されます。本研究の成果により、少なくとも一部のMS患者群においては、遠くない将来に個別化医療の実現が期待されます。
用語の説明
1)多発性硬化症(MS, multiple sclerosis)
中枢神経(脳や脊髄)のさまざまな部位に炎症病変が生じ、病変の場所に応じて運動・感覚・視力・認知機能などの神経機能が障害される自己免疫疾患。若年で発症し、再発と寛解を繰り返しながらも、生涯にわたり徐々に障害が蓄積されるため、効果的な治療法が求められています。欧米に多い病気とされていましたが、近年、日本においても、患者数が急増しています。(日本の患者数は、約14,000人、人口10万人あたり約11人程度と推定されています。)
2)血液浄化療法
MSを含めた多くの自己免疫疾患において、他治療で十分な効果の得られない場合に施行される治療です。MSの治療としては、免疫吸着療法、二重膜濾過血漿交換療法、単純血漿交換が含まれます。血液内の病原性免疫グロブリンや炎症性物質の除去を介して、効果が認められるとされますが、詳細な機序は不明でした。
3)Th1細胞
CD4抗原を発現するヘルパーT細胞は、その産生するサイトカインや関連する転写因子などによってTh1, Th2, Th17細胞などに分類されます。Th1細胞はIFN-γを産生して、細胞内病原体を攻撃する働きを持ちます。また多くの自己免疫疾患でTh1細胞は組織障害に関与します。しかし自己抗体産生におけるTh1細胞の役割に関する知見は少なく、今回の研究成果はTh1細胞の注目されていない機能を深く掘り下げた研究です。
4)ROC-AUC
Receiver Operating Characteristic-Area Under Curveの略。図1BがROCカーブになります。ある検査値等(本研究では「Th1細胞割合」)が、結果(本研究では「血液浄化療法の治療効果があること」)に対して有する感度と特異度をグラフにしたものです。ROC-AUC(ROCカーブの下の部分の面積:0~1)が大きいほど、検査値の有用性が高いことを示します。
原論文情報
論文名:“Th1 – CD11c+ B cell axis associated with response to plasmapheresis in multiple sclerosis”
著 者:Kimitoshi Kimura, Youwei Lin, Hiromi Yamaguchi, Wakiro Sato, Daiki Takewaki, Misako Minote, Yoshimitsu Doi, Tomoko Okamoto, Ryosuke Takahashi, Takayuki Kondo, Takashi Yamamura
掲 載 誌:Annals of Neurology オンライン版/2021.
DOI:10.1002/ana.26202
URL:https://doi.org/10.1002/ana.26202
助成金
本成果は、以下の事業の支援によるものです。
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 (AMED) 難治性疾患実用化研究事業 「多発性硬化症における個別化医療実現のための、エクソソームを含めた免疫機構の解明」
日本学術振興会 (JSPS) 化学研究費 若手研究 JP18K15473
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 H26-難治等(難)-一般-074、H29-難治等(難)-一般-043
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神・神経疾患研究開発費 25-4、28-5、1-5
お問い合わせ先
【研究に関すること】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 免疫研究部特任研究部長 山村 隆(やまむら たかし)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係
【AMED事業に関すること】
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
難治性疾患実用化研究事業