2021-10-27 名古屋大学,名古屋医療センター,日本医療研究開発機構
ポイント
- 日本人のAYA(注1)・成人急性リンパ性白血病としては最大規模354症例のゲノム解析を実施し、遺伝子発現データと遺伝子変異データを組み合わせることにより、約85%の症例に詳細な分子分類を行いました。
- その結果、成人に好発する予後不良の2つの新規病型(注2)と日本人最大(約20%)の病型を同定することに成功しました。
- 分子分類の確立により、病型の特徴に応じた最適な治療法の確立が期待されます。そして、一部の病型では、既存の分子標的薬(注3)の有効性が想定される遺伝子異常が高頻度でみられたことから、急性リンパ性白血病の治療にも分子標的薬を応用できる可能性があることを明らかにしました。
概要
独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター臨床研究センター高度診断研究部 安田貴彦室長、真田昌部長、名古屋大学大学院医学系研究科細胞遺伝子情報科学 早川文彦教授らは、成人B細胞性急性リンパ性白血病(フィラデルフィア染色体(注4)陰性)354症例に対し、その分子病態を明らかにするため、RNAとDNAを用いた網羅的シーケンス(注5)を実施しました。
遺伝子発現情報と遺伝子変異情報を統合的に解析した結果、約85%の症例において18種類の独立した病型に分類が可能となりました。最も頻度が高かったのは、ZNF384融合遺伝子を特徴とする病型(ZNF384病型)であり、全体の約20%を占め、日本人最大病型であることがわかりました。さらに、今までに報告されていない新規の2病型(CDX2-high病型、IDH1/2-mut病型)を発見し、それぞれCDX2遺伝子の高発現とIDH1/2変異が特徴であることを明らかにしました。新規両病型は、小児と比較してAYA・成人に好発し、予後が極めて不良であることから、AYA・成人の急性リンパ性白血病が小児と比べて予後不良である一つの原因になっていると考えられました。
これらの成果により、病型の特徴に応じた最適な治療戦略の確立が期待されます。特に一部の予後不良な病型に対しては、治療成績向上のため、同種造血幹細胞移植(注6)を積極的に実施するなど、治療の強化が必要と考えられます。また、ZNF384病型とIDH1/2病型は、遺伝子変異解析の結果から、それぞれFLT3阻害剤(注7)とIDH阻害剤(注8)に対する良好な薬剤感受性が予想され、今後の臨床応用が期待されます。
この研究成果は、2021年10月26日に「Two novel high-risk adult B-cell acute lymphoblastic leukemia subtypes with high expression of CDX2 and IDH1/2 mutations」(雑誌名:Blood)オンライン版に掲載されました。
背景
小児急性リンパ性白血病は、近年の治療法の進歩により、約90%の患者さんに長期的な生存が見込めるようになりました。また、AYA・成人急性リンパ性白血病においても一部の病型(フィラデルフィア染色体陽性)では、分子標的薬の導入により治療成績の劇的な改善がもたらされています。しかしながら、その他のAYA・成人急性リンパ性白血病は治療成績が満足いくものではなく、現在の臨床上の大きな課題となっています。
急性リンパ性白血病は分子レベルでは、様々なタイプ(病型)が混在しており、病気の原因によって分類が試みられています。病型によって、見られる症状や病気の予後が変わり、適した治療法も変わってきます。小児と比較してAYA・成人急性リンパ性白血病では、この病型分類が十分に行われておらず、その結果として治療成績の改善が遅れていると考えられます。特に、AYA・成人急性リンパ性白血病の治療において、同種造血幹細胞移植術を実施するかどうかの判断は重要であり、急性リンパ性白血病の病型分類はこの判断をサポートする有用な情報になります。
研究方法・成果/取り組み内容
急性リンパ性白血病はB細胞性とT細胞性に大きくわかれますが、研究グループはより頻度が高いB細胞性急性リンパ性白血病に着目し、日本成人白血病治療共同研究グループ(JALSG)の研究で収集された354症例の患者試料を用いて研究を行いました。フィラデルフィア染色体陽性B細胞性急性リンパ性白血病は、すでに別カテゴリーとして確立されており、今回の解析からは除外しています。遺伝子解析には、DNAを対象とした解析(DNAシーケンス)とRNAを対象とした解析(RNAシーケンス)の2種類がありますが、それぞれがん研究で行われる用途は異なります。前者は主として遺伝子変異解析を目的に行われますが、後者は融合遺伝子(注9)の同定と遺伝子発現解析を目的に行われます。この研究では両方(DNA・RNA)の解析を実施し、得られた複数の情報を組み合わせることにより、詳細な病型分類を試みました。
RNAシーケンスで得られた遺伝子発現情報を用い、tSNE法(注10)という方法で各症例を分類しました(図1左)。B細胞性急性リンパ性白血病はグループを形成し、複数のクラスターからなることがわかりました。また、キーとなる遺伝子異常を含めた統合的な解析を行ったところ、遺伝子異常とグループ形成には密接な関係があることがわかりました。この解析により、B細胞性急性リンパ性白血病の約85%の症例が18種類の独立した病型に分けられることが明らかとなり、それぞれの頻度を年齢別に算出しました(図1右)。
図1AYA・成人B細胞性急性リンパ性白血病の病型分類。左図は各症例をtSNE法によりマッピングし、キーとなる遺伝子異常情報で色分けした結果を示す。右図は病型の年代ごとの頻度を示す(低頻度の2病型を除く16病型を示す)。
この結果、AYA・成人B細胞性急性リンパ性白血病ではZNF384融合遺伝子を特徴とするZNF384病型が約20%を占め、本邦の最大の病型であることを明らかにしました。この結果は欧米の報告(~3%程度)とは大きく異なっており、日本人もしくはアジア人固有の特徴である可能性があります。また、ZNF384病型に対しDNAシーケンスによる変異解析をしたところ、FLT3、ETV6、EZH2など他の病型ではまれな遺伝子異常が高頻度で見つかりました。
この研究で認められた18の病型のうち、16は先行研究ですでに知られている病型ですが、本研究ではさらに新規の2病型の存在を明らかにしました。一つはCDX2遺伝子の高発現を特徴とする病型(CDX2-high病型)です。CDX2遺伝子は一次造血(注11)の造血細胞で発現し、造血細胞の分化制御を行う遺伝子ですが、二次造血(注11)において通常はこの遺伝子の発現が抑制されています。しかし、CDX2-high病型では、CDX2遺伝子のプロモーター領域が脱メチル化(注12)しており、病型特異的にCDX2遺伝子の高発現が確認され(図2左)、特徴的な発現パターンを示すことを報告しました(図1左)。また、これらの病型に属する約80%の症例に1番染色体長腕の増幅が認められました。今回の解析で11症例がこのグループに該当し、B細胞性急性リンパ性白血病の約3%に見られることが明らかとなりました(図1右)。
図2新規病型(CDX2-high病型、IDH1/2-mut病型)の特徴。左図はCDX2遺伝子の発現を病型ごとに比較した。*1はCDX2-high病型。右図は病型ごとのDNAメチル化の強さを色で示した(赤色に近いほどDNAはメチル化している)。*2はIDH1/2-mut病型。
もう一つのグループはIDH1とIDH2変異を特徴とする病型(IDH1/2-mut病型)です。研究コホートにおいて、3症例にIDH1 R132C変異、4症例にIDH2 R140Q変異(ともにホットスポット変異(注13))を認めました。発現解析の結果、これらの変異を有する症例は全例で特徴的なグループを形成するとともに(図1左)、メチル化解析においても他のB細胞性急性リンパ性白血病とは明瞭に区別されるDNA高メチル化を示すグループであることがわかりました(図2右)。また、CDX2-high病型とIDH1/2-mut病型の頻度をAYA・成人と小児で比較したところ、AYA・成人で両新規病型の頻度が有意に高いことがわかりました。
最後に分類された病型ごとに予後解析を実施した結果、病型ごとに予後が大きく異なりました。最大病型であるZNF384病型は5年全生存率70%以上と予後良好な傾向をもつことがわかりました。一方で、新規に同定した2つの病型(CDX2-high病型とIDH1/2-mut病型)は5年全生存率30%以下と極めて予後不良であり、予後不良として知られるPh-like病型(注14)と同程度であることが明らかとなりました(図3)。
図3リスクの高い分子病型の同定。左図は病型ごとの全生存率、右図は病型ごとの無病生存率を示す。
展望
今後はゲノム医療の臨床現場への導入により日常臨床で病型分類が行われ、病型に応じた最適な治療を実施することが期待されます。特に今回新たに同定した予後不良なCDX2-high病型とIDH1/2-mut病型に対しては、同種造血幹細胞移植の適応をより積極的に検討するなど新しい治療戦略の考案が必要と考えられます。また、遺伝子変異情報により、IDH1/2-mut病型とZNF384病型に対しては、それぞれIDH阻害剤、FLT3阻害剤の治療効果が期待されることが明らかとなり、研究グループを中心にさらなる基礎的・臨床的な研究を予定しています。
発表論文
- 雑誌名
- Blood
- タイトル
- Two novel high-risk adult B-cell acute lymphoblastic leukemia subtypes with high expression of CDX2 and IDH1/2 mutations
- 著者
- 安田貴彦、真田昌、河津正人、小島進也、都築忍、上野浩生、岩本栄介、飯島(山下)友加、山田朋美、金森貴之、西村理恵子、鍬塚八千代、高田覚、田中正嗣、太田秀一、土橋史明、山崎悦子、廣瀬朝生、村山徹、住昌彦、佐藤信也、丹下直幸、中邑幸伸、勝岡優奈、堺田恵美子、川俣豊隆、飯田浩充、白石友一、南谷泰仁、小川誠司、谷脇雅史、麻生範雄、八田善弘、清井仁、松村到、堀部敬三、間野博行、直江知樹、宮崎泰司、早川文彦
- 掲載日
- 2021年10月26日
研究費
- 日本医療研究開発機構(AMED)
- 革新的がん医療実用化研究事業「AYA世代における急性リンパ性白血病の生物学的特性と小児型治療法に関する研究」(16ck0106129)
- 革新的がん医療実用化研究事業「AYA世代小児型治療法および遺伝子パネル診断による層別化治療に関する研究」(19ck0106331)
- 革新的がん医療実用化研究事業「AYA世代および成人T細胞性白血病の小児型治療適用における限界年齢と新規バイオマーカー探索に関する研究」(JP20ck0106607)
- 次世代がん医療創生研究事業「成人B細胞性急性リンパ性白血病における融合遺伝子の情報に基づく分子生物学的な理解と新しい治療戦略の考案」(JP17cm0106525)
- 臨床ゲノム情報統合データベース整備事業「造血器腫瘍領域における臨床ゲノム情報データストレージの整備とクリニカルシーケンスの実施」(JP16kk0205005)
- 日本学術振興会 科学研究費補助金 科学研究費助成事業 基盤C「成人B細胞性急性リンパ性白血病における新規サブタイプの同定とその分子病態の解明」
用語解説
- (注1)AYA(Adolescents and Young Adults)
- 思春期・若年成人のこと。この研究では、15歳から39歳と定義している(成人は40歳から64歳と定義)。
- (注2)病型
- 病気のタイプ。原因や症状などの違いによって病気を分類したもの。今回は遺伝子発現と遺伝子変異をもとに分類を行った。
- (注3)分子標的薬
- 病気の原因となっている特定の分子のみだけに作用するように設計された治療薬。正常細胞に対する作用が少なく、一般的に副作用が少ない。
- (注4)フィラデルフィア染色体
- 22番染色体と9番染色体間の転座による染色体異常。慢性骨髄性白血病や急性リンパ性白血病に見られる。BCR遺伝子とABL1遺伝子が融合することにより、異常なタンパク質を生じ、細胞増殖を促進し、腫瘍化を引き起こす。
- (注5)網羅的シーケンス
- 次世代シーケンサーを用いて、すべての遺伝子の情報を一気に解析する技術。
- (注6)同種造血幹細胞移植術
- ドナーから提供された造血幹細胞を患者に移植する方法。病気の根治を目指す目的で血液疾患に対して行われる。ドナー細胞との間で免疫反応に関連した移植片対宿主病という合併症が起こる場合がある。
- (注7)FLT3阻害剤
- FLT3遺伝子は遺伝子変異により、血液細胞の増殖を活性化し、腫瘍化に強く関わる。FLT3阻害剤はFLT3遺伝子の活性を選択的に阻害するように開発された分子標的薬の一種。急性骨髄性白血病に対し、本邦でも承認が得られている。
- (注8)IDH阻害剤
- IDH1/2遺伝子は、細胞の代謝に重要な役割を果たしている。この遺伝子に変異が起こると、異常な代謝産物が生じ、最終的にがんの発生・進展に寄与する。IDH阻害剤はこの異常な代謝産物を阻害することにより、抗腫瘍効果を示す薬剤。欧米では急性骨髄性白血病に対し、承認が得られている。
- (注9)融合遺伝子
- 2つの遺伝子が融合した遺伝子。これをもとに、新しい機能を持ったタンパク質(融合蛋白)ができる。造血器腫瘍では、この融合蛋白がしばしば腫瘍化に重要な役割を果たす。
- (注10)tSNE法
- 高次元データを圧縮する解析手法の一つ。発現データなどを可視化する手法として用いられている。
- (注11)一次造血、二次造血
- 一次造血は、卵黄嚢と呼ばれる場所で胎児期初期に行われる一時的な造血のこと。その後は二次造血に置き換わり、最終的に骨髄で造血細胞が産生される。
- (注12)プロモーター領域の脱メチル化
- 一般的に遺伝子のプロモーター領域がメチル化されている場合は、その遺伝子の発現が抑制される。一方、脱メチル化されている場合は、遺伝子発現が促進される。
- (注13)ホットスポット変異
- 同じ疾患において、変異が集中している遺伝子領域で生じた変異のこと。がんであれば、ホットスポット変異はがんの発症や進展に関連していることが多い。
- (注14)Ph-like病型
- フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病とよく似た遺伝子発現パターンを示すが、フィラデルフィア染色体を認めない点を特徴とする急性リンパ性白血病の病型の一つ。予後が不良であることが知られている。
お問い合わせ先
研究に関する問い合わせ
独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター
部門・部署名 臨床研究センター・高度診断研究部
担当者名 安田貴彦
国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学大学院医学系研究科
部門・部署名 細胞遺伝子情報科学
担当者名 早川文彦
広報窓口
独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター事務部管理課
国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学管理部総務課広報室
AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部 医療技術研究開発課
革新的がん医療実用化研究事業
創薬事業部 医薬品研究開発課
次世代がん医療創生研究事業
ゲノム・データ基盤事業部 ゲノム医療基盤研究開発課
臨床ゲノム情報統合データベース整備事業