血小板で新型コロナの重症化リスクを予測

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2021-12-10 東京大学,株式会社CYBO,内閣府,日本医療研究開発機構

発表者

合田 圭介(東京大学大学院理学系研究科化学専攻・教授/カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部生体工学科・非常勤教授/武漢大学工業科学研究院・非常勤教授)
矢冨 裕(東京大学医学部附属病院・副院長/東京大学大学院医学系研究科・教授)
西川 真子(東京大学医学部附属病院・助教)
新田 尚(株式会社CYBO・代表取締役社長)

発表のポイント
  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)において、血栓症(特に微小血管血栓症)(注1、注2)がCOVID-19の重症度や死亡率の重要な要因の一つであることが明らかになっている。実際に、COVID-19で死亡した患者の剖検(病理解剖)報告では、肺、心臓、その他の臓器の末梢毛細血管や細動静脈内に広範に存在する微小血栓が認められており、多臓器不全との関連が想定されている。
  • 血小板は血栓形成に重要な役割を果たすが、本研究では、COVID-19における微小血栓の形成過程を理解するために東大病院に入院したCOVID-19患者(110名)から採取した血液を詳しく調べた結果、驚くべきことに、全患者の約9割において、過剰な数の循環血小板凝集塊(注3)が存在することを世界で初めて発見した。また、その循環血小板凝集塊の出現頻度とCOVID-19患者の重症度(注4)、死亡率、呼吸状態、血管内皮機能障害の程度に強い相関があることを発見した。
  • 本研究成果は、COVID-19における血栓症発症機序の解明、重症化リスクの予測、より良い抗血栓療法の探求・評価、後遺症の理解に資すると期待される。
発表概要

COVID-19において、血栓症(特に微小血管血栓症)がCOVID-19の重症度や死亡率の重要な要因の一つであることが報告されてきましたが、その詳細は謎に包まれていました。その謎を解くために、東京大学大学院理学系研究科の合田圭介教授、東京大学大学院医学系研究科の矢冨裕教授、米国バージニア大学Gustavo Rohde教授が率いる共同研究グループは、東京大学医学部附属病院(以下、東大病院)に入院したCOVID-19患者(110名)から採取した血液内の循環血小板凝集塊を、マイクロ流体チップ上で高速流体イメージングにより大規模撮影し、取得した循環血小板凝集塊の画像ビッグデータを解析しました(図1、図2、図3)。その結果、驚くべきことに、全患者の約9割において、過剰な数の循環血小板凝集塊が存在することを世界で初めて発見しました(図4)。また、循環血小板凝集塊の出現頻度とCOVID-19患者の重症度、死亡率、呼吸状態、血管内皮機能障害の程度に強い相関があることを発見しました(図4、図5)。本研究成果は、COVID-19における血栓症発症機序の解明、重症化リスクの予測、より良い抗血栓療法の探求・評価、後遺症の理解に資すると期待されます。


図1:本研究の概念図。各患者からの血液サンプルを処理後にマイクロ流体チップ上で流し、高速流体イメージング技術で血液サンプルごとに多数(25,000枚)の血小板及び循環血小板凝集塊の画像を短時間に得ることで循環血小板凝集塊の画像ビッグデータを取得し、統計解析を行った。
図2:本研究で用いた高速流体イメージング装置とデータ解析ソフトウェア。A:東大病院検査部に設置した臨床実用機。B:取得した血小板、循環血小板凝集塊の画像。
図3:典型的な軽症患者、中等症患者、重症患者の血小板、循環血小板凝集塊のサイズ分布。
図4:循環血小板凝集塊の統計解析(ns: p > 0.05; *: p ≤ 0.05; **: p ≤ 0.01; ***: p ≤ 0.001; ****: p ≤ 0.0001)。A:循環血小板凝集塊の出現頻度と重症度の関係性。B:循環血小板凝集塊の出現頻度と死亡率の関係性。C:循環血小板凝集塊の出現頻度と性差の関係性。D:白血球を含む循環血小板凝集塊の出現頻度と重症度の関係性。


図5:循環血小板凝集塊の出現頻度と臨床検査及び身体的所見との関係性(ns: p > 0.05; *: p ≤ 0.05; **: p ≤ 0.01; ***: p ≤ 0.001; ****: p ≤ 0.0001)。

本研究成果は、2021年12月9日(午後7時)にNature Communicationsのオンライン版で公開されました。

発表内容
研究の背景

世界的なCOVID-19症例報告の増加に伴い、COVID-19に関連した血栓症がCOVID-19の重症度や死亡率の重要な要因の一つであることが明らかになってきました。COVID-19では、全身の血管に多様な血栓症(脳梗塞、心筋梗塞、深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症など)が同時多発的に発症することが特徴です。また、COVID-19における重症化リスク因子である高齢、基礎疾患(糖尿病、高血圧、悪性腫瘍、脳心血管疾患、肥満など)、喫煙は血栓症のリスク因子と合致しています。実際に、COVID-19で死亡した患者の剖検報告では、肺、心臓、その他の臓器の末梢毛細血管や細動静脈内に存在する広範な微小血栓を特徴とする微小血管血栓症が認められており、多臓器不全との関連が示唆されています。最近では、COVID-19感染後の後遺症に微小血栓が関連すると報告されています。COVID-19治療では、ヘパリンを用いた抗凝固療法が予後の改善につながるという多くの報告を受けて、国内外の医療機関から、明確な血栓性合併症の症状がなくても、すべてのCOVID-19入院患者に血栓予防(主にヘパリン治療)を行うことを推奨する臨床診療ガイドラインが発表され、その有効性が理解されています。しかしながら、COVID-19に関連した血栓症の発症プロセスはまだ解明されておらず、謎に包まれた状態でした。

研究の内容

本研究では、COVID-19における微小血栓の形成過程を理解するために、東京大学大学院理学系研究科の合田圭介教授、東京大学大学院医学系研究科の矢冨裕教授、米国バージニア大学Gustavo Rohde教授が率いる共同研究グループは、東大病院に入院したCOVID-19患者(軽症23名、中等症68名、重症19名;うち男性73名、女性37名;うち生存99名、死亡11名;合計110名)から採取した血液中の血小板凝集塊を詳しく調べました(図1)。具体的には、週に3~5回の頻度で各患者の血液サンプルを処理後にマイクロ流体チップ上で流し、2020年10月に東大病院検査部に設置した特殊な高速流体イメージング技術で血液サンプルごとに多数(25,000枚)の血小板及び血小板凝集塊(血小板のみの凝集塊、白血球を含んだ血小板の凝集塊)の画像を短時間に得ることで循環血小板凝集塊の画像ビッグデータ(図2)を取得し、さまざまな統計解析を行いました(図3)。

その結果、驚くべきことに、健常者と比較して全COVID-19患者の87.3%に過剰な数の循環血小板凝集塊が存在していることを世界で初めて発見しました。この中には、血栓症のスクリーニング検査で広く用いられているDダイマー検査(注5)の値が東大病院の基準値である1 µg/mL以下の患者も多数含まれていました。また、循環血小板凝集塊の出現頻度とCOVID-19患者の重症度及び死亡率に強い相関があることを発見しました(図4A、図4B)。さらに、性差の影響についても調べた結果、統計的有意性はあまり高くないものの、男性患者の方が女性患者よりも血小板凝集塊の出現頻度が高いことが示されました(図4C)。これは、男性患者の方が女性患者よりも集中治療室への入室や死亡の傾向が強いという以前からの報告と一致しています。画像解析を行うことで、血小板凝集塊の構造を調べ、循環血小板凝集塊中の白血球の存在が、COVID-19の重症度及び死亡率と関連していることも示しました(図4D)。これはCOVID-19における白血球機能の亢進、白血球の血栓症への関与に関する過去の報告とも一致しています。

次に、循環血小板凝集塊の出現頻度と臨床検査データの比較を行った結果、白血球数(WBC)、Dダイマー値、凝固第VIII因子活性値(FVIII)、von Willebrand因子活性値(VWF:RCo)、トロンボモジュリン値(TM)、呼吸状態の重症度(respiratory severity)は、循環血小板凝集塊の出現頻度と強い相関関係にあることが判明しました(図5)。つまり、循環血小板凝集塊が、Dダイマー値の高さに表れる全身の血栓形成、FVIII、VWF:RCo、TM値の高さに表れる血管内皮障害とも関連していることを示しています。これらの関連性は、COVID-19患者の肺における重度の血管内皮障害と肺胞毛細血管における広範な微小血栓に関する以前の報告と一致しています。さらには、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が、血管内皮の損傷に続いて血管の炎症を引き起こし、微小血栓を形成するとともに、血小板を直接的に活性化しうるという報告とも一致していると考えられます。

最後に、COVID-19患者の循環血小板凝集塊の出現頻度を経時的にモニタリングすることで、COVID-19患者の病態を調べた結果、予後に関して興味深い知見が得られました(図6A)。具体的には、軽症患者群の循環血小板凝集塊の出現頻度は、発症後9~12日目にピークを迎え、その後1週間かけて徐々に低下し、16日目には軽症患者全員が退院しました。同様に、中等症患者群の循環血小板凝集塊の出現頻度は、発症後13~16日目にピークを迎え、その後2週間かけて徐々に減少し、28日目には中等症患者全員が退院しました。一方、重症患者群の循環血小板凝集塊の出現頻度は、発症後1週間でピークに達した後、3週間にわたってプラトー状態を示し、その後、死亡または慢性期病院への転院となりました。ここで重要なことは、どの患者群も発症後3~4日は循環血小板凝集塊の出現頻度が中程度ですが、次の3~4日でそれが異なり始め、患者群ごとに異なる予後パターンを経る一方で、退院のタイミングはすべての予後パターンで循環血小板凝集塊の出現頻度が低下するという点で一致していることです。また、血栓症を発症した患者は、軽症・中等症の患者や一部の重症患者よりも長く入院することが判明しました。さらに、最初の2つの期間(発症1~9日目、発症10~18日目)の呼吸状態と循環血小板凝集塊の出現頻度との間に強い相関関係があることから、循環血小板凝集塊がCOVID-19患者の呼吸状態を示す良い指標であることがわかりました(図6B)。最後の期間(COVID-19発症後19日目以降)の循環血小板凝集塊の出現頻度の双峰分布は、レベル2および3(酸素投与が必要)の患者がレベル1(酸素投与なし)に下がって退院した(回復に至った)か、レベル4(人工呼吸器やECMOが必要)の患者が呼吸器管理を必要としたまま(入院生活を長期に続けた)のいずれかであったことを示しています。


図6:循環血小板凝集塊の出現頻度の時系列モニタリング。A:循環血小板凝集塊の出現頻度の時系列変化。B:循環血小板凝集塊の出現頻度と酸素投与レベルとの関係性。

今後の展開

本研究で得られた知見は、死後の病理解剖でしか確認できない微小血栓形成の潜在的なリスクを評価する上で、循環血小板凝集塊の出現頻度と分布を測定することが、COVID-19の診断及び治療の有効なアプローチになり得ることを示唆しています。実際に、COVID-19による肺炎で死亡した患者の主な死因は、微小血栓による重度の毛細血管のうっ血を伴うびまん性肺胞損傷による呼吸不全であったことを示す剖検報告が多数存在しています。循環血小板凝集塊の出現頻度と酸素投与の重症度、さらには経皮的酸素飽和度(SpO2)値との間にも強い相関関係があることから、本手法が広範囲の微小血栓形成の前駆体を検出できることが示唆されました。また、本研究結果から、血栓症と診断されなかったCOVID-19患者が、CTやMRIなどの医用画像診断装置では小さすぎて検出できなかった微小血栓を形成していた可能性があります。今後、循環血小板凝集塊の出現頻度と微小血管血栓症との関連性を直接検証するには、さらなる研究が必要です。東京大学と株式会社CYBOは、本年2月に共同研究契約を締結しており、今回の研究成果の実用化などを目指しています。

研究チーム

本研究チームの構成員は、西川真子(東京大学医学部附属病院・助教)、菅野寛志(東京大学大学院理学系研究科・博士課程学生)、Yuqi Zhou(東京大学大学院理学系研究科・博士課程学生)、Ting-Hui Xiao(東京大学大学院理学系研究科・助教)、鈴木拓真(東京大学大学院新領域創成科学研究科・修士課程学生)、伊林侑真(東京大学大学院理学系研究科・修士課程学生)、Jeffrey Harmon(東京大学大学院理学系研究科・博士課程学生)、滝沢繁和(東京大学大学院理学系研究科・博士課程学生)、平松光太郎(東京大学大学院理学系研究科・助教)、新田尚(株式会社CYBO・代表取締役社長)、亀山理紗子(東京大学大学院理学系研究科・修士課程学生)、Walker Peterson(東京大学大学院理学系研究科・博士課程学生)、滝口純(東京大学大学院医学系研究科・博士課程学生)、Mohammad Shifat-E-Rabii(バージニア大学工学部生体医工学科・博士課程学生)、Yan Zhuang(バージニア大学工学部電気コンピューター工学科・博士課程学生)、Xuwang Yin(バージニア大学工学部電気コンピューター工学科・博士課程学生)、Abu Hasnat Mohammad Rubaiyat(バージニア大学工学部電気コンピューター工学科・博士課程学生)、Yunjie Deng(東京大学大学院理学系研究科・修士課程学生)、Hongqian Zhang(東京大学大学院理学系研究科・修士課程学生)、宮田茂樹(日本赤十字社社中央血液研究所・副所長)、Gustavo Rohde(バージニア大学工学部生体医工学科・教授)、岩崎渉(東京大学大学院新領域創成科学研究科・教授)、矢冨裕(東京大学大学院医学系研究科・教授)、合田圭介(東京大学大学院医学系研究科・教授/カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部生体工学科・非常勤教授/武漢大学工業科学研究院・非常勤教授)でした。

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の新興・再興感染症研究基盤創生事業(JP20wm0325021)、日本学術振興会(JSPS)の研究拠点形成事業と科学研究費助成事業(19H05633、20H00317)、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)、ホワイトロック財団、中谷医工計測技術振興財団、小笠原敏晶記念財団、コニカミノルタ科学技術振興財団、公益信託臨床検査医学研究振興基金、米国National Institutes of Health(GM130825)、米国National Science Foundation(1759802)の支援を受けて実施されました。

発表雑誌
雑誌名
Nature Communications
論文タイトル
Massive image-based single-cell profiling reveals high levels of circulating platelet aggregates in patients with COVID-19
著者
Masako Nishikawa, Hiroshi Kanno, Yuqi Zhou, Ting-Hui Xiao, Takuma Suzuki, Yuma Ibayashi, Jeffrey Harmon, Shigekazu Takizawa, Kotaro Hiramatsu, Nao Nitta, Risako Kameyama, Walker Peterson, Jun Takiguchi, Mohammad Shifat-E-Rabbi, Yan Zhuang, Xuwang Yin, Abu Hasnat Mohammad Rubaiyat, Yunjie Deng, Hongqian Zhang, Shigeki Miyata, Gustavo K. Rohde, Wataru Iwasaki, Yutaka Yatomi, Keisuke Goda
DOI番号
10.1038/s41467-021-27378-2
アブストラクトURL
https://www.nature.com/articles/s41467-021-27378-2
用語解説
(注1)血栓症
血液中でさまざまな原因によって形成された血液のかたまり(血栓)が血管を閉塞し、末梢の循環不全による臓器障害を引き起こす、もしくは、形成された血栓が血流によって流されて、形成部位とは別の部位において血管を閉塞することにより、臓器障害を引き起こす病気のことを言う。動脈血栓症(脳梗塞、心筋梗塞、末梢動脈血栓症など)、静脈血栓症(深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症など)に分類される。
(注2)微小血管血栓症
血栓症の中でも、微小血管で起きる血栓症を意味する。
(注3)循環血小板凝集塊
何らかの刺激により血小板が活性化され、凝集形成された血小板の凝集塊(血小板のみの凝集塊、白血球を含んだ血小板の凝集塊など)。本研究で微小血栓が形成される前後に体内を循環することが示唆された。
(注4)COVID-19患者の重症度
本研究における重症度は、東京都が定める重症基準に順じた。軽症:酸素投与を必要としないレベル。中等症:酸素投与を必要とするレベル。重症:人工呼吸管理または人工肺ECMOの使用を必要とするレベル。
(注5)Dダイマー検査
凝固カスケードの産物であるトロンビンにより分解・生成された安定化フィブリンの分解産物を計測する検査法。主に、静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症など)が疑われる患者の評価において臨床的に用いられる。
お問い合わせ先

研究に関すること
東京大学大学院理学系研究科
教授 合田 圭介(ごうだ けいすけ)

東京大学医学部附属病院/東京大学大学院医学系研究科
教授 矢冨 裕(やとみ ゆたか)

報道に関すること
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
主事員 吉岡 奈々子、教授・広報室長 飯野 雄一

東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井

ImPACT事業に関すること
内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局 未来革新研究推進担当

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構 疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課

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