ヒトサイズに近いバイオ人工肝臓を使った移植実験に世界で初めて成功~臓器再生医療の実現化を加速~

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2022-02-03 慶應義塾大学医学部,日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部外科学教室(一般・消化器)の東尚伸(大学院医学研究科博士課程4年生)、八木洋専任講師、北川雄光教授らの研究グループは、動物の肝臓から主にコラーゲンなどの有効成分を残しバイオ臓器骨格を取り出す「脱細胞」という技術を応用して、世界で初めてヒトにも応用可能な大きさのバイオ人工肝臓を作製し、動物での移植を成功させました。このバイオ人工肝臓にはブタの細胞が使われており、慢性肝不全のブタに移植したところ、1ヶ月に渡って人工肝臓が機能し、肝障害の治療効果を示しました。今後は、この成果を元にヒトのiPS細胞などを用いて、ヒトに移植できるバイオ人工肝臓を完成させ、臓器再生医療の実現を目指す計画です。

本研究成果は、2021年12月22日(日本時間)に国際学術雑誌『American Journal of Transplantation』オンライン版に掲載されました。

研究の背景と概要

現在、末期肝不全の患者に対する唯一の治療法は移植治療しかありません。しかし、臓器提供者(ドナー)の慢性的な不足が問題となっていて、全世界で年間200万人以上の人々が肝臓疾患で亡くなられています。iPS細胞の発明以来、近年の再生医療技術の発展はめざましく、末期肝不全などの臓器不全の治療に大きな期待が寄せられていますが、ヒトに適応できる大きさの臓器再生を実現することは技術的にとても難しく、これまで非常に高い障壁となっていました。本研究グループは、この再生医療技術の障壁であった「大きさのギャップ」を埋める革新的技術を開発するために、動物臓器から細胞を洗い流し、コラーゲンなどの有効成分だけを残す「脱細胞化」という方法に早くから着目していました。このコラーゲンを主体とした臓器骨格構造を呈するブタの「脱細胞化肝臓骨格」を作製、これに生きたブタの肝臓細胞等を充填して、ヒトの大きさに近い「バイオ人工肝臓」を作製する技術を確立しました(図1)。さらにこの新しい「バイオ人工肝臓」を、人為的に慢性肝不全にしたブタに移植したところ、移植後1ヶ月間で人為的な慢性肝不全を治療することに成功しました。このような人工的に作製した再生肝臓を使った移植治療の成功は世界で初めての成果であり、この度、移植分野で権威のある雑誌『American Journal of Transplantation』へ2021年12月22日に掲載されました。


図1:バイオ人工肝臓の作製方法(スケールバー : 10cm)

研究の成果

初めに、ブタの肝臓から細胞をすべて洗い流す「脱細胞化」処理のために、界面活性剤などを使い効率的に有効成分である細胞外マトリックス(注1)などを残し、肝臓の骨格構造を維持する手法を確立しました。この手法を用いることで、新しく外部から細胞を注入して充填した際に、肝臓の骨格構造に細胞が生着しやすい環境を作り出すことが可能になりました。実際に「脱細胞化」処理を行った後で多くの細胞外マトリックス成分が残存し、肝臓内部の血管・胆管の構造が保たれていることが示されました(図2)。


図2:細胞を除去した後「脱細胞化」でも残る内部構造とタンパク質(赤い色が濃い程、残存タンパク質が多く、特に4種類のコラーゲン、6種類のラミニンなどが主に検出された)


次にブタの肝臓細胞と血管内皮細胞を、「脱細胞化肝臓骨格」内部に血管から注入する圧力を測定しながらゆっくりと充填していくことで、移植肝臓としての機能を果たすために必要とされる十分な数の肝臓細胞と、移植後の血栓化を防ぐのに十分な血管内皮細胞の両方を生着させることに成功しました。細胞が充填された後、肝臓としての機能を測定すると、アルブミンや尿素、凝固因子という肝臓で作られる物質が検出され、また他の肝臓機能に重要な遺伝子であるCYP(注2)関連遺伝子の発現が上昇していることが確認されました。これらの検出結果は、体外でヒトの肝臓の大きさに近く、実際に肝臓機能を発現する「バイオ人工肝臓」の作製に成功したことを示しています(図3)。


図3:バイオ人工肝臓の外観と肝機能を示す因子の発現

この「バイオ人工肝臓」の治療効果を証明するために、人為的に慢性肝不全にしたブタへ、この「バイオ人工肝臓」の血管をブタの血管に繋いで体内へ移植したところ、1ヶ月間で慢性肝不全のブタに対して治療効果を示すことに成功しました。「バイオ人工肝臓」を移植されたブタは、移植されなかった慢性肝不全ブタと比較して、特に移植後の早い日数で肝機能が改善していることが、各種の肝臓関連の血液検査データ(AST(注3)、ALT(注4)、ビリルビン(注5)、ALP(注6)など)で確認されました。また移植手術後2週間目、1ヶ月目に造影CTを撮影したところ、「バイオ人工肝臓」内部に血液の流入があることが確認されました(図4)。


図4:移植後の三次元CT画像と血液データの推移

移植手術1ヶ月後にこの「バイオ人工肝臓」を摘出し病理組織学的に調べたところ、充填した肝細胞や血管内皮細胞が内部でしっかりと生存しており、一部では新しく胆管の構造が作られて、胆汁も産生されはじめていることが確認されました。また、移植後1ヶ月経過したこの「バイオ人工肝臓」内部で、正常の肝臓で見られるような遺伝子発現を認めました。

研究の意義・今後の展開

ヒトに応用可能な大きさの「バイオ人工肝臓」を世界で初めて移植成功に導いた今回の成果は、今後の臓器再生医療の実現に向けて、大きな進歩であると言えます。今回の結果はブタの細胞を使っていますが、同じ方法でヒトiPS細胞から作られた細胞を充填する研究も進めており、近い将来肝不全を治療できるヒト「バイオ人工肝臓」の完成とともに、他の臓器への応用も大いに期待されます。

特記事項

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム 技術開発個別課題 「幹細胞パッケージングを用いた臓器再生技術と新規移植医療の開発」、「ヒトiPS細胞と生体臓器骨格の融合による新たな再生臓器移植両方の開発」の支援によって行われました。

論文
英文タイトル
Transplantation of Bioengineered Liver Capable of Extended Function in a Preclinical Liver Failure Model
タイトル和訳
前臨床肝不全モデルにおける長期肝機能発現を可能にした生体工学技術を用いたバイオ肝臓の移植
著者名
東尚伸、八木洋、黒田晃平、田島一樹、小島英哲、西晃太郎、森作俊紀、蛭川和也、福田和正、松原健太郎、北郷実、篠田昌宏、尾原秀明、足達俊吾、西村久美子、夏目徹、登美斉俊、Alejandoro Soto-Gutierrez、北川雄光
掲載誌
American Journal of Transplantation, in print
DOI
doi.org/10.1111/ajt.16928
用語解説
(注1)細胞外マトリックス
細胞外で組織を裏打ちする基底膜や、細胞間隙に存在する糖とタンパク質の複合体のこと
(注2)CYP
チトクロムP450(CYP)のこと。薬物の代謝に関与する代表的な酵素で肝臓に最も多く存在するため、肝臓機能の指標となる。
(注3)AST
アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼのこと。心臓の筋肉や骨格筋、肝臓に多く含まれる酵素で、心臓や肝臓などの臓器になんらかの障害があると、血液検査で上昇が認められる。
(注4)ALT
アラニンアミノトランスフェラーゼのこと。肝臓に多く含まれる酵素で、特に肝臓になんらかの障害があると、血液検査で上昇が認められる。
(注5)ビリルビン
古くなった赤血球内のヘモグロビンが壊れて作られる色素で、肝臓で胆汁に排泄される。肝臓や胆道に異常がある場合に、血液検査で上昇が認められる。
(注6)ALP
アルカリフォスファターゼのこと。肝臓、腎臓、腸粘膜、骨などで作られる酵素で、肝臓で処理される。 肝臓や胆道に異常がある場合に、血液検査で上昇が認められる。
お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ
慶應義塾大学医学部 外科学教室(一般・消化器)
専任講師 八木 洋(やぎ ひろし)

報道・取材に関するお問い合わせ
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:山崎・飯塚・奈良

AMED事業に関するお問い合わせ
日本医療研究開発機構(AMED)
再生・細胞医療・遺伝子治療事業部 再生医療研究開発課
再生医療実現拠点ネットワークプログラム

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