2022-02-09 京都大学
本研究の概要図
概要
市川尚文 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi) 特定助教、柊卓志 同特別招へい教授らの研究グループは、ドイツ、欧州分子生物学研究所(EMBL)の柊グループ(研究当時、現:オランダ、Hubrecht Institute)やAnna Erzbergerグループらと共同で、着床期のマウス胚発生を研究するための新しい三次元培養系を開発し、着床期の胚に内在する組織間の相互作用を見出しました。
着床前の胚盤胞注1が着床期にどのように形態形成やパターン形成を行うかについては、直接観察が難しいために謎に包まれています。本研究では、既存の二次元上での胚培養における問題点を克服し、着床期のマウスの胚発生を三次元下で再現することに成功しました。そして、この培養系を倒立型光シート顕微鏡によるライブイメージングと組み合わせ、胚発生中の細胞ダイナミクスを明らかにしました。また、胚本体であるエピブラスト注2と胚体外外胚葉との間に機械的および生化学的な相互作用が存在し、これがエピブラストの成長とパターン形成を促進することを示しました。本研究で得られた成果は、哺乳類の胚発生の本質的な理解につながることが期待されます。
本成果は、2022年2月7日に、国際学術誌「Developmental Cell」の57巻3号に掲載されました(オンライン公開は1月20日)。
1.背景
着床は哺乳類の発生に特徴的なイベントであり、この時期に球形の胚盤胞と呼ばれる胚は種によって異なる形態へと大きく変化します。マウスの場合、胚は卵筒胚と呼ばれる円筒形へと形態変化し、これが体軸形成や原腸陥入といった体づくりの重要な現象の基礎になります。これまで遺伝学的手法を用いて、この時期の発生に重要な遺伝子やシグナル経路が同定されてきました。一方で、着床期の胚を直接観察することが難しいために細胞や組織のダイナミクス、およびそれらの制御メカニズムは未だ明らかではありません。
これまで約半世紀もの間、着床期を越えて胚盤胞を培養するための様々な試みが行われてきました。しかし、それらは二次元的な培養皿への接着を介するものであり、その低い成功率や生理的な実際との相違などの問題がありました。そこで本研究では胚盤胞を三次元環境下で培養し、さらに細胞ダイナミクス解析のためのライブイメージングおよび定量画像解析のパイプラインを開発することにしました。
2.研究手法・成果
本研究では、受精後4.5日目のマウス胚を子宮より回収し、三次元ゲル中で培養することにしました。生物物理計測と光操作により、胚の外側に位置する栄養外胚葉(TE)にかかる張力が解消されることが、TEの陥入とその後の胚体外外胚葉(ExE)の形成に必要であることがわかりました。そこで、一部TEを切除してTEの陥入を可能にした状態の胚を三次元培養しました。こうして2日間培養した胚は受精後6.0日目相当の胚へと発生し、子宮内の1.5日分の発生を母体外で再現しました。ここでは胚の形態や細胞数、将来の前後軸形成の鍵となる前側臓側内胚葉の位置を定量的に解析し、49%という従来法より大幅に高い成功率で受精後6.0日目胚の再現に成功しました。
次に、光毒性を抑えながら三次元ゲル中の胚発生をライブイメージングするには、従来型の顕微鏡では不可能であることから、本培養法を私たちが以前開発した倒立型光シート顕微鏡(Strnad et al. 2016 Nat Methods)と組み合わせました。得られたライブイメージングデータから細胞形状のダイナミクスを定量解析するために、細胞膜の自動領域分割を可能にする機械学習パイプラインを構築しました。これを用いて、将来の体になるエピブラスト細胞の動態を解析し、細胞の形態と配向、極性形成の協調を定量的に示しました。
また、本培養法を用いてエピブラストに隣接するExEの役割を調べたところ、ExEはエピブラストの成長と繊維芽細胞増殖因子(FGF)シグナルを調節していることが明らかになりました。さらに物理モデルを用いながら、ExEとエピブラストの境界面がエピブラストに出現する内腔の安定化と膨張に寄与することを示しました。このように、ExEとエピブラストという組織間の生化学的および機械的な相互作用を明らかにしました。
受精後4.5日目(左)と5.5日目(右)のマウス胚。胚本体であるエピブラスト(緑)は胚体外組織である原始内胚葉/臓側内胚葉(紫)と栄養外胚葉/胚体外外胚葉(青)に囲まれて存在している。
3.波及効果、今後の予定
本研究で開発した培養観察システムは、これまでにない時空間分解能で胚発生における細胞動態を解き明かすことができます。一度に約10個の胚を同時に観察でき、光操作などの実験への応用も可能であることから、今後ますますこのシステムによって胚発生の幅広い知見を得ることが可能になると期待できます。一方で、本手法では一部TEを切除する必要があり、子宮内で母体と胎児をつなぐライヘルト膜と呼ばれる構造体を形成することができません。子宮内でTEにかかる張力が解消されるメカニズムの解明と合わせて、さらに忠実な胚発生の再現は今後の課題であると言えます。
また、本研究で用いたマウス胚と私たちヒトを含む霊長類の胚の間では異なる形態形成機構が存在する可能性が示唆されてきています。生殖補助医療への貢献を視野に入れながら、ヒトの発生のより深い理解を目指して、今後霊長類の胚を用いた研究にも取り組んでいきたいと考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、欧州研究会議(ERC Advanced Grant 742732)、EMBL、日本学術振興会科学研究費(21H05038)の支援を受けて実施されました。また市川は日本学術振興会海外特別研究員としてEMBLでの研究の支援を受けました。
用語解説
注1 胚盤胞:受精後、卵割を繰り返したのち数十から百個以上の細胞数を含む着床前の初期胚のこと。一層の栄養外胚葉(TE)細胞で囲まれた中に、エピブラストを含む内部細胞塊と胚盤胞腔と呼ばれる液腔が存在する。
注2 エピブラスト:将来の体の全組織、すなわち外胚葉、中胚葉、内胚葉の三胚葉へと分化することが可能な細胞集団。
研究者のコメント
(京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点柊グループ・特定助教:市川尚文)
哺乳類の着床は妊娠の成立に必要不可欠でありながら、実際に子宮の中での動態を観察することが技術的に難しいため、その理解は進んでいません。本研究では、顕微鏡を通して、胚発生を直接「観る」ことで、驚きに満ちた発見に出会うことができました。今後も、「観る」ことの重要性を念頭に置きながら、発生生物学の根本的な問題に取り組んでいきます。
論文書誌情報
タイトル
An ex vivo system to study cellular dynamics underlying mouse peri-implantation development
(マウス着床期胚発生における細胞ダイナミクスを明らかにする生体外システム)
著者
Takafumi Ichikawa*, Hui Ting Zhang*, Laura Panavaite*, Anna Erzberger, Dimitri Fabrèges, Rene Snajder, Adrian Wolny, Ekaterina Korotkevich, Nobuko Tsuchida-Straeten, Lars Hufnagel, Anna Kreshuk, and Takashi Hiiragi (* equally contributed)
掲載誌
Developmental Cell