2022-03-07 大阪大学,日本医療研究開発機構
研究成果のポイント
- ウイルス等の病原体を排除するための免疫システムが、誤って自分の体の組織を攻撃することで様々な自己免疫疾患が発症するが、依然として自己免疫疾患の発症機構は明らかではない。
- 自己免疫疾患の一つであるバセドウ病では甲状腺刺激ホルモン受容体(注1)に対する自己抗体が産生されることで発症するが、本研究により自己抗体の産生機構が明らかになった。
- 現在、自己免疫疾患の治療は対症療法に限られ、長期間の投薬が必要。しかし本研究によって、自己免疫疾患の原因を標的にした新たな治療薬・予防薬の開発が期待される。
概要
大阪大学の金暉特任研究員(常勤)、 荒瀬尚教授(免疫学フロンティア研究センター/微生物病研究所)らの研究グループは、自己免疫寛容(注2)が破綻して自己抗体が産生される分子機構を解明しました(図)。本研究成果は自己免疫疾患に対する治療薬や予防薬の開発に貢献すると期待されます。
図 正常の甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)に対して自己免疫寛容は維持されるが、MHCクラスII分子が異常発現すると、TSHRの形が変化して抗原性も変化する。その結果、自己免疫寛容が破綻し、甲状腺を刺激する自己抗体が産生されることが判明した。
本研究の背景
自己免疫疾患では自己の分子に対する自己抗体が産生されます。バセドウ病も甲状腺を刺激する自己抗体が産生され、その結果、甲状腺の機能亢進が生じる自己免疫疾患の一つです。しかし、甲状腺に対する自己抗体がどのようにして産生されるかは不明でした。
本研究の成果
甲状腺を刺激する自己抗体は正常の甲状腺刺激ホルモン受容体を認識しないが、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)(注3)クラスII分子と複合体を形成して抗原性が変化した甲状腺刺激ホルモン受容体を認識することが判明しました。さらに、MHCと結合して抗原性が変化した甲状腺刺激ホルモン受容体によって、甲状腺に対する自己抗体が産生されることが明らかになりました。
本研究の意義
本研究により、MHCの異常発現によって免疫寛容が破綻され、自己抗原に対する病原性自己抗体が産生されることが、世界で初めて明らかになりました。本研究成果は、今後、バセドウ病のみならず、他の自己免疫疾患における自己抗体産生メカニズムの解明や、自己免疫疾患の治療薬や予防薬開発に大きく貢献することが期待されます。本研究成果は米国科学雑誌Science誌の姉妹紙Science Advances誌に掲載されました(日本時間2022年3月5日(土)午前4時 オンライン掲載)。
研究の解説
研究の背景
自己免疫疾患は、通常はウイルス等の病原体を攻撃するための免疫細胞が誤って自己の組織を攻撃してしまうことで生じる疾患です。主要組織適合遺伝子複合体(MHC)(注3)は、T細胞にペプチドを提示することで免疫応答の中心を担っている分子ですが、非常に遺伝子多型性に富む分子で、それぞれの個人で異なる組み合わせを持っています。また、個人がどの遺伝子型のMHCを持っているかで、自己免疫疾患の感受性に最も強く影響を与える分子であるため、MHCがどのように自己免疫疾患の発症に関与するかを解明することが重要です。MHCはペプチド抗原をT細胞に提示することから、自己免疫疾患の原因はT細胞の異常だと長年考えられてきましたが、依然として、自己免疫疾患の原因は明らかになっていません。
バセドウ病は自己免疫疾患のひとつで、0.2~0.6%人が罹患すると報告されています。バセドウ病は甲状腺機能亢進症が見られる病気で、甲状腺に発現している甲状腺刺激ホルモン受容体に対する自己抗体が産生され、自己抗体が甲状腺刺激ホルモン受容体を刺激することで、甲状腺の機能が亢進します。一方、MHCクラスII分子の遺伝子型はバセドウ病の感受性に最も強く関わっている遺伝子でありますが、MHCクラスII分子の遺伝子型がバセドウ病の発症に関与する分子機構は長年にわたって明らかになっていませんでした。そこで、我々はMHCクラスII分子がどのようにバセドウ病の感受性に関与するか、甲状腺刺激性自己抗体がどのように産生されるかを解明することを目的として研究を実施してきました。
本研究の内容
バセドウ病患者血清を用いて甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)との結合性を調べたところ、特定のMHCクラスII分子(HLA-DP5)の存在下で、バセドウ病患者の自己抗体がTSHRを認識することが判明しました(図1)。
図1 バセドウ病感受性の遺伝子型のMHCクラスII分子の存在下で、甲状腺刺激性の自己抗体は甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)と結合する。
そこで、様々な遺伝子型のMHCクラスII分子を比較することによって、自己抗体とTSHRの結合性は、MHCクラスII分子の遺伝子型によるバセドウ病感受性と非常に高い相関を示すことが判明しました(図2)。
図2 自己抗体とTSHRの結合性は、MHCクラスII分子の遺伝子型によるバセドウ病感受性と非常に高い相関を示す。
以上より、TSHRとMHCクラスII分子との複合体がバセドウ病の自己抗体の標的であり、その複合体形成がバセドウ病の原因になっていることが示唆されました。
MHCクラスII分子は主に免疫細胞に発現しているため、正常な状態で甲状腺組織にMHCクラスII分子は存在しないことが知られています。そこで、バセドウ病患者の甲状腺組織を調べたところ、MHCクラスII分子は大量に発現していることが判明しました(図3)。
図3 バセドウ病患者の甲状腺組織にMHCクラスII分子(赤色)が異所性に強発現している。
さらに、TSHRとMHCクラスII分子との複合体が、実際にバセドウ病患者の甲状腺組織に存在するかどうかを解析しました。その結果、TSHRとMHCクラスII分子との複合体がバセドウ病患者の甲状腺組織には存在するが、正常甲状腺には存在しないことが判明しました(図4)。
図4 バセドウ病患者の甲状腺組織にTSHRとMHCクラスII分子との複合体(赤色)が存在する。
以上より、TSHRとMHCクラスII分子がバセドウ病患者の甲状腺組織で複合体を形成することが、自己抗体の産生に関与していると考えられました。さらに、TSHRとMHCクラスII分子との複合体が自己抗体の産生を誘導するかをマウスで解析しました。TSHRは自己抗原であるため、TSHR単独では自己抗体は産生されませんが、TSHRとMHCクラスII分子との複合体を投与することで、TSHRに対する自己抗体の産生が強く誘導されました(図5)。
図5 甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)とMHCクラスII分子が発現した細胞をマウスに投与することで、甲状腺に対する自己抗体が誘導されることが判明した。
以上の結果より、TSHRがMHCクラスII分子と結合することによってTSHRの抗原性が変化し、抗原性が変化したTSHRが免疫寛容を破綻させてバセドウ病で見られるように自己抗体の産生を惹起することが判明しました。
本研究によって、MHCクラスII分子による免疫寛容の破綻機構が明らかになり、TSHR等の自己抗原に対する病原性自己抗体が誘導されることが初めて明らかになりました。本研究成果は、今後、バセドウ病のみならず、他の自己免疫疾患における自己抗体産生メカニズムの解明や、自己免疫疾患の治療薬や診断薬開発に貢献することが期待されます。
用語解説
- (注1)甲状腺刺激ホルモン受容体(Thyroid Stimulating Hormone Receptor, TSHR)
- 甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)は主に甲状腺濾胞細胞に発現し、甲状腺刺激ホルモン(TSH)により活性化され、濾胞細胞の増殖や機能を調節します。バセドウ病は、甲状腺刺激ホルモン受容体に対する代表的な臓器特異的な自己免疫疾患であり、その自己抗体が甲状腺細胞を刺激します。その結果、甲状腺ホルモンの分泌が更新し、甲状腺腫、眼球突出、頻脈、多汗、体重減少等が見られます。
- (注2) 自己免疫寛容(Self-tolerance)
- 免疫細胞はウイルス等の外来分子には反応するが、自己の分子に反応しないという特徴を持っています。この自己免疫寛容が破綻して自己抗原に対して免疫反応が惹起されることで、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、I型糖尿病、バセドウ病等の様々な種類の自己免疫疾患が発症します。従って、自己免疫寛容が破綻する分子機構の解明が、自己免疫疾患の発症機構の解明に重要です。
- (注3)主要組織適合遺伝子複合体(Major Histocompatibility Complex, MHC; Human Leukocyte Antigen, HLA)
- 主要組織適合遺伝子複合体(MHC)は非常に遺伝子多型性に富む分子であり、基本的に個人個人で異なる遺伝子型のMHCを持っています。T細胞にペプチド抗原を提示することで、免疫応答の中心を担っている分子です。クラスIとクラスIIがあり、クラスIIはヘルパーT細胞に抗原を提示することで、抗体産生に関与していると考えられています。一方、MHCは、以前より自己免疫疾患の発症に最も強く関与した疾患遺伝子であることが知られており、最近の全ゲノム解析によっても、MHCが最も強く自己免疫疾患の感受性に関与した疾患遺伝子であることが確認されています。しかし、なぜ特定の遺伝子型のMHCを持っていると特定の自己免疫疾患になりやすいかは、依然として明らかになっていませんでした。
掲載情報
- z掲載紙
- Science Advances 日本時間2022年3月5日(土)午前4時 オンライン掲載
- タイトル
- “Abrogation of self-tolerance by misfolded self-antigens complexed with MHC class II molecules”
「構造変化した自己抗原と主要組織適合抗原クラスII分子との複合体による自己免疫寛容の破綻」 - 著者
- Hui Jin, Kazuki Kishida, Noriko Arase, Sumiko Matsuoka, Wataru Nakai, Masako Kohyama, Tadahiro Suenaga, Ken Yamamoto, Takehiko Sasazuki, and Hisashi Arase.
特記事項
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業の研究支援を受けて実施されました。
お問い合わせ先
本件に関する問い合わせ先
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 免疫化学研究室/微生物病研究所 免疫化学分野
荒瀬 尚(あらせ ひさし)教授
AMED事業に関する問い合わせ先
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課