2022-06-18 大阪大学
研究成果のポイント
- 抗生物質アムホテリシンB(AmB)が真菌膜中で形成するイオンチャネルの構造を解明
- AmBは、強い抗真菌作用の一方で、腎毒性などの強い副作用を併発する課題があった
- より効率的で副作用の少ない薬の開発につながる
概要
大阪大学大学院理学研究科の梅川雄一助教と山本智也特任研究員(現・理化学研究所基礎科学特別研究員)らは、岡山大学異分野基礎科学研究所の篠田渉教授らとの共同研究により、抗生物質であるアムホテリシンB(AmB、図1)が真菌の細胞膜で形成するイオンチャンネル複合体の構造を明らかにしました。
この化合物は優れた抗真菌活性をもつことから、頼りになる医薬品として長年使われています。最近の例では、インドで多くの新型コロナウイルス感染者に認められた致死性のムコール症を治療するために広く用いられました。
強い抗真菌作用の一方で、腎毒性などの強い副作用を併発することが長年問題視されてきました。この問題の解決には、AmBの活性発現のメカニズムを明らかにすることが必要です。今回、共同研究グループは、有機合成化学と固体NMR測定、分子動力学計算を組み合わせることで、真菌の細胞膜を模倣した環境でAmBが形成するイオンチャネル構造を明らかにしました。この成果によって、この古いがよく効く医薬品を、新しい薬として蘇らせることができると期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に掲載されるに先立ち、6月18日(土)付けでオンライン版として公開されました。
図1. AmBとErgの化学構造(上)と、これらが真菌細胞膜中で形成するイオンチャネル構造の模式図(下)。AmBは親水的な部分(ピンク色)と疎水的な部分(黄色)を併せ持ち、親水部分を内側にして複数分子が集まることで、細胞膜に親水的な穴を形成する。この穴をカリウムイオンやナトリウムイオン(青色)が透過することで細胞のイオンバランスが崩れ、真菌を死滅させる。また、外側に位置する疎水的な部分で、Erg(水色)やリン脂質と相互作用することで、集合体を安定化する。
研究の背景
AmBは1950年代に発見されて以来、その抗真菌薬としての有用性から、長く真菌感染症治療に用いられています。一方で、腎毒性などの強い副作用が問題になっており、その解決にはAmBの活性発現機構の詳細な解析が必要です。1970年代に真菌膜に含まれるエルゴステロール(Erg)と共に複数のAmB分子が集合した樽板型イオンチャネルモデル構造が活性の本体であると提唱されましたが、分子、原子レベルでその構造を解析する手段がなく、その詳細については50年以上にわたり不明なままでした。
研究の内容
共同研究グループでは、細胞膜環境を再現した状態でAmB複合体の構造解析を行うため、固体NMRの手法に着目しました。固体NMR測定は近年膜タンパク質の構造解析などで用いられており、細胞膜環境を再現した状態で分子の構造に関する情報を得ることができます。しかし、この測定を行うためには測定対象を13Cや19Fといった原子で標識する必要があります。そこで、まず生合成的手法や有機化学合成的手法により複数の標識化AmBを調製しました(図2A)。次にこれらの標識体を用いて固体NMR測定を行いました。19F-CODEX測定から1つのチャネルに必要なAmBの分子数が6~8分子であることが分かりました。続いてREDOR測定により、標識した部位の距離を複数点で測定し(図2A)、この距離情報を満たすことができる分子の配置を探索することで、AmB複合体の構造を導きました(図2B)。次に固体NMRによって求められた構造が安定に存在しうるのか、またイオンを透過しチャネルとしての機能を有しているのかどうかを分子動力学計算により検証しました(図2C)。その結果、AmB7分子からなるAmB複合体は1μs以上の寿命で安定であること、これまでに報告されているイオンチャネル電流測定の結果をよく再現することが分かりました。加えて、多くの構造活性相関研究の結果も説明しうることが判明しました。
図2. (A)複数のAmB標識体を用いて固体NMR測定を行い、原子間の距離を測定した(図中の矢印の位置で距離を算出した)。(B)原子間距離情報を基にAmB分子の配置を考え(上)、最も適した構造を導いた(下)。内部は空洞になっており、イオンの通り道がある。(C)固体NMR測定から得られた構造を基に分子動力学計算を行った(上:チャネルを真上から見た図。下:チャネルを横から見た図)。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、AmBの相互作用様式の詳細が明らかになったため、副作用を抑えた薬の開発の足掛かりになることが期待されます。また、本研究で用いたアプローチはこれまで解析の難しかった他の薬理活性物質の作用機構解明にも応用可能な重要な成果です。
特記事項
本研究成果は、2022年6月18日(土)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」に掲載されました。
タイトル:“Amphotericin B Assembles into Seven-Molecule Ion Channels: An NMR and Molecular Dynamics Study”
著者名:Y. Umegawa, T. Yamamoto, M. Dixit, K. Funahashi, S. Seo, Y. Nakagawa, T. Suzuki, S. Matsuoka, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, T. Oishi, N. Matsumori, W. Shinoda and M. Murata
DOI:https://doi.org/10.1126/sciadv.abo2658
腎毒性
化学物質や薬剤など、何らかの物質が腎機能に障害を及ぼすことをいう。
固体 NMR
核磁気共鳴の原理を利用して、分子の構造を解析する分光学的手法。溶媒に溶かすことができない試料、結晶にならない試料に有用な測定法であり、生体膜試料の解析に頻用されている。
分子動力学計算
コンピュータを用いて分子の振る舞いを再現することで、実際の分子の動きや性質を予測する計算機科学の手法の1つ。
樽板型イオンチャネルモデル構造
樽の側面の木の板(樽板)のように分子が円形に整列し、中心が空洞になった集合体の構造を指す。
CODEX測定
固体NMRの測定手法の1つで、会合体に含まれる分子数を求めることができる。
REDOR測定
固体NMRの測定手法の1つで、標識した原子間の距離を求めることができる。