吸入麻酔薬には全身炎症時の睡眠サイクルを改善する効果もある

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2022-03-28 筑波大学,日本医療研究開発機構

発表概要

感染症などで全身に炎症が起こると、ノンレム睡眠が増え、レム睡眠が減り、正常な睡眠サイクルが乱れることが知られています。一方、吸入麻酔薬のセボフルランは、麻酔以外にも、さまざまな臓器を虚血や炎症による障害から保護する作用があることが、近年の研究から明らかになっています。

本研究では、マウスにあらかじめセボフルランを吸入させておくと、その後に全身炎症により睡眠サイクルが乱れても、正常な睡眠サイクルが有意に早く改善することが明らかになりました。特にレム睡眠に関しては、セボフルランの前投与により、量的にも質的にも顕著な改善が見られました。

また、免疫組織化学染色法を用いてレム睡眠の回路を構成する神経核の活動を調べたところ、脚橋被蓋核・外側被蓋核の神経活動が、セボフルラン投与群では非投与群と比較して高いことが分かりました。セボフルランを投与すると、全身炎症時には低下する神経核の活動が正常時と同じレベルに保たれることが、睡眠改善に寄与していると考えられます。

睡眠障害の改善は免疫や認知機能の改善にもつながることから、本研究結果は、全身炎症を伴う手術後の睡眠障害やせん妄、集中治療後症候群(PICS)などの予防・治療に応用できる可能性があります。

背景

睡眠と麻酔は似て非なる現象です。近年の研究で、両者は神経回路の一部を共有していることが明らかになりましたが、いまだ麻酔の神経回路の全貌は明らかになっていません。

麻酔薬はさまざまな受容体に作用し、その効果も薬剤により多岐にわたります。吸入麻酔薬の一つであるセボフルランには、麻酔作用だけでなく、さまざまな臓器を虚血や炎症による障害から保護する作用があることが知られています。そこで本研究では、セボフルランの炎症からの保護作用と、睡眠への影響を検討しました。

研究内容と成果

感染症などで全身に炎症が起こると、ノンレム睡眠(注1)が増え、レム睡眠(注2)が減って、正常な睡眠サイクルが乱れることが知られています。本研究では、免疫細胞に作用する物質LPS(注3)を用いて全身炎症を起こしたマウスにセボフルランを吸入させ、睡眠にどのような影響が出るのかを調べました。その結果、全身炎症を起こす前にセボフルランを投与したマウスは、非投与群のマウスと比較し、全身炎症による睡眠サイクルの乱れが有意に早く改善することを発見しました(図1)。特にレム睡眠の回復が顕著で、全身炎症時には全く見られなくなってしまうレム睡眠が早く出現するようになり、レム睡眠時間が改善されました(図2)。また、レム睡眠の出現頻度も、短時間で正常時と同等まで回復することが明らかになりました。


図1 本研究の結果の概要セボフルランを投与していないマウスは、全身炎症を起こすとノンレム睡眠が長くなり、レム睡眼や覚醒の時間が短い状態が続く。しかし、セボフルランを事前投与したマウスは、全身炎症を起こした後に正常時と同じ状態まで早く回復し、覚醒やレム睡眠の時間が保たれる。


図2 セボフルラン投与によるマウスのレム睡眠時間の改善左より、LPS非投与のマウス(正常マウス)、LPSのみを投与した全身炎症マウス、セボフルランを事前投与したのちにLPSを投与したマウスのレム睡眠時間。LPSのみを投与したマウスはレム睡眠がほとんど見られなくなるが、事的にセボフルランを投与すると、レム睡眠時間に顕著な改善が見られた。


さらに、免疫組織化学染色法(注4)で神経の活動を調べたところ、セボフルラン投与群は、非投与群と比較して、レム睡眠を司る神経核である脚橋被蓋核・外側被蓋核のアセチルコリン神経が活発に活動していました。全身炎症時においても、セボフルランが神経核の活動を維持することが、睡眠回復のメカニズムとして考えられます。

こうした睡眠に対するセボフルランの効果は、全身炎症が起きていないときには全く見られませんでした。このことから、セボフルランは全身炎症時に特異的に、睡眠を改善する作用があると言えます。また、全身炎症が起こった後にセボフルランを投与しても、睡眠の改善は得られなかったことから、セボフルランをあらかじめ吸入させておくことが、睡眠改善には重要であることが分かりました。

今後の展開

今後は、セボフルランの全身炎症時における睡眠を改善させる神経回路の全貌を解明するとともに、臨床への応用を目指します。

睡眠リズムの乱れは、せん妄や術後認知機能障害等の合併症を引き起こすことが知られています。セボフルランの全身炎症時における睡眠回復のメカニズムが明らかになれば、手術後の睡眠障害やせん妄、集中治療後症候群(PICS)(注5)などの予防・治療に発展していくことが期待されます。また、特定の神経核をターゲットとした睡眠障害に対する治療薬の開発に応用できる可能性もあります。

用語解説
注1)ノンレム睡眠
レム睡眠以外の睡眠。身体と脳の活動が抑制されている。
注2)レム睡眠
速い眼球の動きを伴う睡眠。身体の筋肉の活動は抑制されているが脳は睡眠中にも関わらず活発に活動している。夢を見ていることが多い。
注3) LPS(Lipopolysaccharide、リポ多糖)
グラム陰性桿菌の成分で細胞壁の外側に存在する物質。腹腔に注射することにより、全身に炎症を引き起こす効果がある。
注4)免疫組織化学染色法
抗体を用いて組織の中のタンパク質などの抗原を検出する染色方法。
注5)集中治療後症候群(PICS)
ICU患者の多くが発症する認知機能障害、抑うつ状態、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの症状。いったん発症すると自然経過では完全な回復が見込めないことから、予防や早期の介入が必要となる。
論文情報
タイトル
Effect of sevoflurane preconditioning on sleep reintegration after alteration lipopolysaccharide
(LPSによる睡眠サイクルの乱れに対するセボフルランの事前投与による改善効果)
著者
Nemoto T, Irukayama-Tomobe Y, Hirose Y, Tanaka H, fakahashi G, Fakahashi
掲載誌
Journal of Sleep Research
DOI
10.1111/jsr.13556
お問い合わせ先

研究に関すること
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)
神林崇 教授

取材・報道に関すること
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構広報担当

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
研究開発統括推進室
基金事業課(ムーンショット事務局)

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