2024-11-15 東京科学大学,東京大学 大学院新領域創成科学研究科,東京大学医科学研究所
発表のポイント
- HTLV-1による疾患は、垂直感染(母子感染)経路による長い潜伏期間の後に発症すると認識されていましたが、水平感染(性感染)経路による疾患発症の詳細は明らかではありませんでした。
- 若年者の水平感染による眼疾患は、短い潜伏期間で低いウイルス量でも発症し、再発・遷延することを発見しました。
- このことから、公衆衛生上の戦略を見直す必要性と、若年層への啓発の重要性を提言しました。
発表概要
東京科学大学(Science Tokyo)*大学院医歯学総合研究科 眼科学分野の鴨居功樹講師、大野京子教授と東京大学 大学院新領域創成科学研究科 病態医療科学分野の内丸薫教授らの研究チームは、東京大学医科学研究所附属病院 血液腫瘍内科(東京大学医科学研究所 附属先端医療研究センター 造血病態制御学分野)の南谷泰仁教授、東條有伸元病院長(現東京科学大学 副理事・副学長)、聖マリアンナ医科大学血液・腫瘍内科の渡邉俊樹特任教授と共同で、若年者を対象にした検討を進めた結果、HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)(用語1)の水平感染(性感染)(用語2)による疾患発症(ぶどう膜炎)が、短い潜伏期間・低いプロウイルスロード(感染細胞率)(用語3)で生じ、再発を繰り返し遷延する可能性があることを発見しました。
本成果は、「HTLV-1感染症は垂直感染(母子感染)(用語4)経路により、長い潜伏期間(用語5)の後、中高年に発症する」という従来の認識とは異なり、「水平感染経路では短い潜伏期間で疾患が発症する」というメカニズムを示唆するとともに、「若年者」における水平感染による疾患発症の存在を明らかにしました。
HTLV-1感染症は垂直感染だけでなく、水平感染の観点からも注意喚起する必要があることから、公衆衛生上の戦略を見直す必要性と、性的活動が活発となる若年層への啓発の重要性を提言しました。
本成果は、10月10日付(米国東部時間)の「Journal of Medical Virology」誌に掲載されました。
*2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
図1. HTLV-1感染による疾患発症:従来の認識と新しい発見
<背景>
HTLV-1は、世界で3,000 万人以上の感染者がいると推定されるレトロウイルスであり、先進国の中では日本に最も多くの感染者が存在します(70万人〜100万人)。このウイルスは、一度感染すると生涯にわたり感染が持続することを特徴とし、成人T 細胞白血病やHTLV-1 関連脊髄症、HTLV-1 ぶどう膜炎など、さまざまな疾患を引き起こします。
長い間、成人T 細胞白血病やHTLV-1 ぶどう膜炎などのHTLV-1 による疾患は垂直感染後に50年以上の長い潜伏期間を経て、プロウイルスロードが高くなることで発症すると認識されていました(図1)。そのため、日本政府は妊婦健診にHTLV-1抗体検査を組み入れ、感染が診断された母親には人工乳を推奨するなど、垂直感染対策を強化してきました。
一方、近年の調査によって、東京など都市部におけるHTLV-1感染者の増加が指摘され、その一因が水平感染によるものと推定されていました。
しかしながら、HTLV-1の水平感染と疾患発症の関連性は未解明な部分が多く、特に性感染経路による疾患発症については明らかでありませんでした。
<研究成果>
東京科学大学と東京大学医科学研究所では、HTLV-1 関連の眼疾患の診療に多くの実績があります。今回、若年者を対象とした検討の結果、母親や妹がHTLV-1 に感染していないことから、水平感染経路であることが確定した最年少(10代)のHTLV-1ぶどう膜炎を発見しました。また輸血歴・タトゥー歴・薬物歴・パートナー歴などを詳しく調査した結果、性感染から1年以内に発症したことが強く示唆されました。
その後、長期にわたるフォローアップの中で、HTLV-1ぶどう膜炎の再発を繰り返し遷延するとともに、経過中にHTLV-1角膜炎が発症し、その再発・遷延も認められました(図2)。
今回の報告は、従来の垂直感染経路による認識とは異なり、水平感染経路では短い潜伏期間・低いプロウイルスロードであっても疾患が発症し、再発・遷延する可能性を示しています(図1)。中高年だけでなく、若年者における疾患発症にも注意が必要であることも示しました。
図2. HTLV-1の水平感染によって発症したHTLV-1ぶどう膜炎とHTLV-1角膜炎
<社会的インパクト>
本研究は、HTLV-1の水平感染が短期間で疾患を発症させるリスクを示しました。これは、HTLV-1感染症が垂直感染だけでなく、水平感染の観点からも重要な公衆衛生上の課題であることを示しています。特に、性的活動が活発な若年層への啓発や、社会全体への周知によって、感染リスクを低減させる行動変容を促すことが期待されます。これらの取り組みにより、HTLV-1関連疾患の新規発症を減少させ、医療費の削減にも寄与すると考えられます。
<今後の展開>
今後は、HTLV-1の水平感染による疾患発症メカニズムの解明や治療法の開発を進めるとともに、公衆衛生上の戦略の見直しを提言していきます。特に若年層への性感染症として周知を強化し、HTLV-1感染拡大の防止に貢献することが期待されます。
さらに、医療従事者への情報提供を強化し、HTLV-1に関する認識を高めることで、早期診断・早期治療体制の構築を目指します。
<研究助成>
本研究は、JSPS 科学研究費助成事業(JP 20K09824)、厚生労働省難治性疾患克服研究事業(22FC0201)、日本医療研究開発機構(AMED)(23fk0108671h0001、 23fk0108672h0001)、武田科学振興財団(ハイリスク新興感染症研究)の助成を受けて行われました。
用語説明
(1) HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型):成人T細胞白血病やHTLV-1関連脊髄症、HTLV-1ぶどう膜炎などを引き起こすウイルス。
(2) 水平感染(性感染):垂直感染以外の感染経路。性的接触・血液接触による感染など。
(3) プロウイルスロード(感染細胞率):全リンパ球中のHTLV-1感染細胞の含有率。
(4) 垂直感染(母子感染):病原体が母親から子供へ直接感染する経路。経母乳感染、産道感染など。
(5) 潜伏期間:感染から症状が出るまでの期間。
論文情報
掲載誌:Journal of Medical Virology
論文タイトル:Sexual transmission of HTLV-1 resulting in uveitis with short-term latency and low proviral load
著者:Koju Kamoi*, Kaoru Uchimaru, Yasuhito Nannya, Arinobu Tojo, Toshiki Watanabe, Kyoko Ohno-Matsui
DOI:10.1002/jmv.70000
研究者情報
鴨居 功樹(カモイ コウジュ) Koju Kamoi
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 眼科学分野 講師
研究分野:HTLV-1感染症、眼感染症、眼炎症、眼科手術
内丸 薫(ウチマル カオル) Kaoru Uchimaru
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 病態医療科学分野 教授
研究分野:HTLV-1感染症、血液内科学
南谷 泰仁(ナンヤ ヤスヒト) Yasuhito Nannya
東京大学医科学研究所附属病院 血液腫瘍内科 教授
研究分野:血液内科学
(東京大学医科学研究所附属先端医療研究センター 造血病態制御学分野 教授)
大野 京子(オオノ キョウコ) Kyoko Ohno-Matsui
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 眼科学分野 教授
研究分野:近視、網膜疾患
お問い合わせ
新領域創成科学研究科 広報室