2024-12-16 東京大学
発表のポイント
◆父親が口の中で卵を育てるクロホシイシモチの下顎が、保育をする時期のオスのみで、卵が隠れるように白くなることを発見しました。
◆繁殖期のオスは目立つために色を変えることが婚姻色として知られていますが、本種ではこの婚姻色が目立たないよう流用されていることを示唆しました。
◆海釣りでよく釣れることで馴染み深く、水族館でも人気の本種から新しい現象が見つかったことは、身近な生物にもまだ多くの未知の現象が残されていることを示しています。
口内保育中のオスのクロホシイシモチ
概要
東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門の神田真司准教授らによる研究グループは、父親が孵化までの間口の中で卵を育てるクロホシイシモチの下顎において、口内保育中(注1)に卵を外から見えにくくする、目立たない婚姻色(注2)を発見しました。
一部の魚類では、親が卵を一定のステージまで保護するために口内保育を行っています。ところが、卵を保護することは、親にとって生存を危ぶませるリスクもあります。そのひとつに、口の中の卵の色が透けてしまうことによって外敵から目立ってしまうことがありますが、口内保育を行うクロホシイシモチの父親を詳細に観察したところ、メスや幼少期では透明な下顎において、白色の着色があり、口の中の卵を目立たなくしていることを発見しました。この体色は他種において目立つオスの体色を誘起するアンドロジェン依存的に生じる、「婚姻色」の定義にあてはまることも明らかになりました。多くの種で目立つよう機能するオスの婚姻色が、本種では目立たないように機能する体色として流用されることで、口内保育という特殊な行動を支えている可能性が示唆されました。この成果は婚姻色を含む体色の機能の多様性への理解へとつながることが期待されます。
発表内容
ネンブツダイやクロホシイシモチなどテンジクダイ科魚類は海釣りで良く釣れることから釣り人にとって馴染み深く、日本沿岸に多く生息するとても身近な魚です。この魚は、オスが卵を孵化までの間口の中で育てる、口内保育を行う、ユニークな性質を持ちます。この魚から、口内保育中に口の中の卵を目立たなくする、ユニークな婚姻色を発見しました。
動物は、生息する環境に適した体色を持ち、それにより外敵などに見つかりにくくなっています。魚類の一部では、体の一部に卵を収納し、保護を行うものが存在します。この際、卵の色は親魚の体の色と異なることがあり、卵の色が透けてしまうとその部分の色が目立ってしまい、捕食者などから見つかりやすくなってしまうおそれがあります。これまで、そのような不利益にどのように親が対処しているか、知られていませんでした。日本近海に生息するテンジクダイ科魚類のクロホシイシモチは、オスが卵を孵化までの間口の中で育てる口内保育という行動をとります。この魚は本来、透明な下顎を有しており、また卵の色は魚体の色とは異なります。そのため、口内保育中に卵の色が下顎から透け、目立つ状態となってしまう可能性が考えられます。この顎の形態観察を詳細に行ったところ、繁殖期のオス特異的に下顎に色素胞(注3)が蓄積し、白く着色する現象が見つかりました(図1上)。人為的な口内保育の模倣を通じ、オス特異的な白色の着色は、口腔内の卵の色を外側に透けにくくし、魚体の腹部本来の白色を保つ機能を持つことがわかりました(図1下)。
図1:クロホシイシモチのオスは下顎が白くなり、口の中の卵が隠れる
(上)成熟したクロホシイシモチ雌雄の下顎。口内保育を想定して、口を膨らませた状態。オスのみ下顎が白くメスは透明である。
(下)雌雄の口に人為的に卵を入れた際の下顎周辺の観察像。メスでは下顎から発眼卵の黒い色が透けているがオスでは透けずに保たれている。 スケールバーはいずれも1cmを示す。
さらに、生体や培養組織を用いたホルモン投与試験を通じ、雄性ステロイドホルモンであるアンドロジェン(注4)が下顎において色素胞の1種である虹色素胞の分化・増殖経路を活性化することで下顎の着色を促すということが示されました(図2)。
図2:アンドロジェンが下顎の着色を誘導する
本来は下顎が白くないメス(コントロール個体)にアンドロジェンを投与すると下顎に虹色素胞の形成が見られ、白い着色が観察された(アンドロジェン投与個体)。スケールバーは1 mmを示す。
アンドロジェン依存的にオスに繁殖期特異的に生じる「婚姻色」は、一般的にトゲウオの腹部に生じる赤色のように目立ち、メスなどへのアピールとして利用されることが知られています。しかし、本種の属するテンジクダイ科では、しばしばメスから積極的に性行動のアプローチが行われ、オスがアピールする必要がないこと(性役割の逆転)、オスの下顎の婚姻色は、明瞭に保護色(注5)として働く配色であることから、目立つのではなく、むしろ卵を隠す目立たない婚姻色として機能していると結論づけました。以上のことは、多くの動物で目立つよう機能するアンドロジェン依存的な婚姻色の形成メカニズムを、本種では卵を隠す、すなわち目立たないように機能する体色へと流用している可能性を示唆します。
この成果は体色の機能の多様性への理解へとつながることが期待されます。また、本研究で使用したテンジクダイ科魚類のクロホシイシモチは釣り人にとって馴染み深い魚です。身近でありふれた魚も、よく観察すると未知の現象が眠っているのかもしれません。
発表者・研究者等情報
東京大学
大気海洋研究所
神田 真司 准教授
大学院理学系研究科
石原 光 博士課程
論文情報
雑誌名:iScience
題 名:Inconspicuous breeding coloration to conceal eggs during mouthbrooding in male cardinalfish
著者名:Hikaru Ishihara, Shinji Kanda*
DOI:10.1016/j.isci.2024.111490
URL:https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(24)02717-2
研究助成
本研究は、科研費「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:18K19323)」、「基盤研究(B)(課題番号:23H02306)」、三島海雲記念財団 学術研究奨励金の支援により実施されました。
用語解説
- (注1)口内保育
- 親魚が口の中で卵や仔稚魚を外敵から守り、保育する行動。保育する期間や雌雄どちらが口内保育を行うかは種により異なるが、本種ではオスが単独で卵が孵化するまでの間保育を行う。
- (注2)婚姻色
- 繁殖期特異的に生じる体色のこと。多くの場合、オスに目立つ体色として生じ、メスへのアピールやオス同士の闘争に使用される。
- (注3)色素胞
- 色を作り出す細胞のこと。魚類には数種類の色素胞が存在し、様々な体色を作り出す。本研究では光を反射し、白く見える虹色素胞の蓄積がオスの下顎で観察された。
- (注4)アンドロジェン
- オス特有の形質を誘導する性ステロイドホルモンで、男性・雄性ホルモンとも呼ばれる。オス特異的に生じる婚姻色は多くの場合アンドロジェンにより誘導されることが知られている。
- (注5)保護色
- 自身を背景に溶け込ませ、外敵などから目立ちにくくする体色のこと。
問合せ先
東京大学 大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生命科学部門
准教授 神田 真司(かんだ しんじ)