はじめようか、微粒子観測 ~AIが強化した高速・高感度撮影で見いだす、体液中の無数の微粒子。 医療診断や産業用ナノ粒子評価への応用~

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2025-02-21 東京大学,東京医科大学,科学技術振興機構

発表のポイント
  • 光・流体ハードウェア技術と、教師無し深層学習デノイズ技術を融合した高速・高感度微粒子計測技術「Deep Nanometry(DNM)」を開発しました。最小直径30~40ナノメートル(nm)の微粒子を、1秒に10万粒子以上を検出できる、世界最高水準の感度とスピードを実現しています。
  • DNM技術は、従来はノイズに埋もれていた微粒子の微弱な一次元散乱光信号を、新規AIデノイズ技術で回復しています。DNM計測による高感度で高速な大規模微粒子解析により、血中の極めて希少な微粒子を特別な前処理なしで迅速に検出できることを実証しました。安価で迅速で、再現性の高い診断につながる可能性を示しました。
  • 病気の早期診断や治療効果モニタリングなどの医療応用に加え、薬剤送達用ナノ粒子やナノ材料の品質管理といった産業応用も期待されます。さらに、体液中に存在する多様な生体微粒子群に対する基礎科学研究に、新たな視点を提供します。

はじめようか、微粒子観測 ~AIが強化した高速・高感度撮影で見いだす、体液中の無数の微粒子。 医療診断や産業用ナノ粒子評価への応用~
開発した微粒子観測技術「Deep Nanometry (DNM)」

概要

血液には、直径が数10~数100nmのEV: extracellular vesicles(細胞外小胞(注1))など、無数の微粒子が含まれています。近年、疾患の早期発見の手がかりとして注目を集めるEVですが、疾患に関連するEVは血中微粒子全体のごく一部に過ぎません。そして従来の低速な微粒子解析技術では、これらの微粒子を、短時間で高い再現性をもって検出することは困難でした。
そこで研究グループは、新規の教師なし深層学習(注2)デノイズ法(注3)により観測系の感度を向上させ、最小直径30~40nmの微粒子を、1秒間に10万個以上という高スループット(注4)で観測可能な「Deep Nanometry (DNM)」を開発しました(図1)。この技術を用いて、非精製血清中にわずか0.002%という低濃度で存在した大腸がん関連EVの検出に成功しました。さらに精製血清を用いた解析では、健常者に比べ、がん患者の血中において大腸がん関連EVの陽性率が有意に高いことを確認しました。
希少微粒子を短時間で正確に検出できるDNMは、疾患の早期診断や治療経過観察などの医療分野、ナノ粒子が関わる産業分野全般へと、幅広い応用が期待されます。

図1:DNMを構成するハードウェア・ソフトウェア技術。
図1:DNMを構成するハードウェア・ソフトウェア技術。微弱な光散乱を検出する光流体装置の感度を教師なし深層学習によるデノイズ技術によって高めることで高速かつ高感度な微粒子計測技術を実現した。

発表内容

血液中には、直径数10~数100 nmの、EVを含む、無数の微粒子が存在しています。EVには、放出した細胞のタンパク質や核酸分子が載っていることが近年の研究で明らかになっており、がんなどの疾患を早期に発見する手がかりとして注目されてきました。しかしながら、疾患に関連する標的微粒子は、微粒子群全体の極々一部に過ぎません。そして、従来の高感度な微粒子解析技術のスループットは限られており、極低濃度な標的微粒子を、十分な数、実用的な時間内で検出することは困難でした。そのため、疾患に関連する標的微粒子の測定には、一般に、高いコストと専門性を要する超遠心分離処理を用いた濃縮作業が必要とされてきました。
この課題に対し、東京大学先端科学技術研究センターの岩本侑一郎特任研究員(研究時は博士大学院生)、太田禎生准教授、バーミンガム大学のAlex Krull博士、Benjamin Salmon博士大学院生、東京医科大学医学総合研究所の吉岡祐亮講師、東京大学大学院医学系研究科の小嶋良輔准教授らの研究グループは、微弱な光散乱を検出する光流体装置と、教師なし深層学習によるデノイズ技術を組み合わせた、「Deep Nanometry(DNM)」を開発しました。DNM技術を使えば、直径30~40nmの粒子を1秒間に約10万個検出でき、数百万個の微粒子も迅速に分析できるため、0.01%以下の低い濃度でも、特定の微粒子を迅速に検出することができます。
DNMの鍵となる技術の一つは、教師なし深層学習によるデノイズ技術です。従来のデノイズ法には、正確に分離された信号とノイズの正解データが必要でした。しかし、ナノ粒子計測ではそもそもの信号が極めて微弱で、背景ノイズとの判別が人の目でも難しく、正解データの作成が不可能でした。本研究では、あらかじめ背景ノイズのみを計測し背景ノイズ自体をAIに学習させた後、人間の目では識別できないほど微弱な信号を含んだデータと背景ノイズの違いをAIに学習させることで、正解データを必要としない新しいノイズ除去法を実現しました(図2)。この手法により、光流体ハードウェア装置の性能が最大限引き出されました。

図2:新規デノイズ技術の検証実験。
図2:新規デノイズ技術の検証実験。検証正解データを準備し、正解データを使用せずにデノイズを行ったデータと正解データを比較した。デノイズ技術によって、デノイズ前は、ノイズに埋もれて検出できなかった微弱な信号を、ノイズと見間違えることなく正確に回復されたことが確認できた。


本研究では、DNM技術を用いて、非精製血清中の100万個以上の微粒子を2分以内で検出し、0.002%しか存在しない希少な目的微粒子群を検出することに成功しました(図3 ①)。この成果は、DNMを使えば、希少な疾患特異的EVを、煩雑な前処理なしで簡便、迅速、高感度に検出できることを示しており、今後EV検出に基づいた医療診断応用の実現が期待されます。さらに、大腸がん患者と健常者の血清から得たEVをDNM技術で解析することにより(この際には濃縮作業を経てEVを調整)、がんマーカー微粒子の含有率が、がん患者で健常者より有意に増加していることが、確認されました。(図3 ②)

図3:DNMを用いた血中微粒子の検出実験。
図3:DNMを用いた血中微粒子の検出実験。①非精製血清中の希少微粒子群の検出実験。検出対象の微粒子は、特定のタンパク質(CD9とCD147)を抗体染色している。散布図のX軸/Y軸はそれぞれ、CD9,CD147を染めた蛍光色素の輝度を表す。また、散布図中の各点は検出された微粒子を表す。更に、図中の灰色の線は、ノイズと信号の境界を示しており、境界より蛍光輝度が大きい点はタンパク質をもつ微粒子とみなす。今回の実験では、非精製血清中のCD9とCD147を両方もつEVを検出しているため、右上の区画にある点を検出した。②がん患者、健常人血清中のがんマーカー微粒子(CD9とCD147を両方もつEV)の含有率比較。従来技術では、がん患者と健常人の血清を有意に見分けることができなかったが、DNMは正確に粒子をカウントできるため、がん患者と健常人の血清を有意に見分けることに成功した。


計測技術と情報科学を密に融合したこのDNM技術は、疾患に特有な希少微粒子を体液から検出することで、病気の早期診断や治療効果のモニタリングへの応用が期待されます。また、薬剤送達用ナノ粒子や様々なナノ材料の品質管理といった産業用途にも応用可能です。これら医療・産業への応用だけでなく、基礎科学研究においても、血液や唾液や尿など体液中に無数に存在する未解明な生体微粒子群に対し、一つ一つ、迅速に解析することができ、新たな微粒子の発見や役割解明に新たな切り口を与えると期待されます。さらに本研究で開発されたデノイズ技術は、広く1次元信号に活用可能性を秘めています。
本成果をNature Communications誌に掲載するとともに装置開発と迅速な実用化を進めており、生命医科学から材料分野に渡る多様なナノ粒子解析の基盤技術として、社会実装・展開を目指しています。

ー研究者からのひとことー
 深層学習を活用し、観測装置の感度向上に成功しました。実世界を学習した人工知能が物理的な計測技術を拡張できることを示した点が、本研究の大きな魅力です。また、がんの早期発見に繋がるこの技術の開発は、私にとってがんで亡くなった母への弔いでもありました。見えないものを見ようとして観測系を覗き込んでいた日々を思い返すと、感慨深いものがあります。
血中EVの大規模解析は、がんのみならず、多様な疾患や健康状態の理解に繋がる可能性を秘めています。さらに、EVだけでなく、微生物をはじめとする他の微粒子にも重要な情報が含まれていると期待しています。これからも、微粒子が放つかすかな光を追い続けていきます。 (岩本侑一郎特任研究員)
英国バーミンガム大のAlexとBenとの共同研究は、コロナの最中にオンラインで意気投合し、ついにオンライン以外で話す機会を得ずに、最初のゴールを迎えてしまいました。海も分野の壁も越えて、頭を走らせ、理解し合って、喜びを分かち合う、幸せな時間でした。微粒子は覗き込むと新しいことばかりで、魅入られています。今後も、吉岡さん、小嶋さん、仲間たちと、微粒子の世界を切り拓いていきたいと思います。この場を借りて御礼申し上げます。
岩本三部作の一作目が出て安心しました。続報もお楽しみに。(太田禎生准教授)

発表者・研究者等情報

東京大学先端科学技術研究センター
太田 禎生 准教授
岩本 侑一郎 特任研究員

バーミンガム大学
Alex Krull 博士
Benjamin Salmon 博士大学院生

東京医科大学 医学総合研究所
未来医療研究センター 分子細胞治療研究部門
吉岡 祐亮 講師

東京大学大学院医学系研究科
小嶋 良輔 准教授

論文情報
雑誌:Nature Communications
題名:High throughput analysis of rare nanoparticles with deep-enhanced sensitivity via unsupervised denoising
著者名:Yuichiro Iwamoto†, Benjamin Salmon†,Yusuke Yoshioka, Ryosuke Kojima, Alexander Krull* and Sadao Ota* (*Corresponding author(s),†These authors contributed equally to this work.)
DOI:10.1038/s41467-025-56812-y
研究助成

本研究は、JST CREST (JPMJCR19H1)、JST GteX (JPMJGX23B1)、JST A-STEP(JPMJTR23UB)、 Nakatani Foundation for Advancement of Measuring Technologies in Biomedical Engineering の支援により実施されました。

用語解説

(注1)細胞外小胞
細胞が放出するナノサイズからマイクロサイズの小さな小胞の総称で、様々なタンパク質や核酸を運んでいる。細胞間の情報伝達手段として機能する他、疾患の発症や進行への関与も知られている。そのため、体液中の細胞外小胞を検出することは、非侵襲な病気の早期診断に向けた新しい手法の開発や疾患の仕組みの解明につながると期待されている。

(注2)教師なし深層学習
機械学習の1種。正解を与えずに人工知能が自律的にデータの規則性や特徴を見つけ出す手法。

(注3)デノイズ技術
計測データに含まれるノイズを取り除く信号処理手法。

(注4)スループット
ここでは、実験的に、単位時間あたりに観測できる微粒子の個数として用いている。

問合せ先

東京大学 先端科学技術研究センター
准教授 太田 禎生(おおた さだお)

東京大学 先端科学技術研究センター
特任研究員 岩本 侑一郎(いわもと ゆういちろう)

医療・健康
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