MRIにより診断の判別が可能となることに期待
2017-11-30 山口大学,国立精神・神経医療研究センター,日本医療研究開発機構
発表のポイント
- 双極性障害とうつ病の脳体積の差異を検討した、わが国初の多施設共同MRI研究です。
- 感情や思考に深く関係する前頭葉の2つの部位(背外側前頭皮質、前帯状皮質)が、双極性障害の方がうつ病より小さいことを見いだしました。
- この2つの疾患のうつ状態は症状からは診断が難しいのですが、さらにこうした研究が発展すれば、頭部MRI検査で客観的な診断が可能となることが期待されます。これらの部位をターゲットにした新たな治療法の開発のヒントになることが期待されます。
概要
山口大学大学院医学系研究科高次脳機能病態学講座の松尾幸治准教授、原田健一郎助教、山形弘隆講師、渡邉義文特命教授らの共同研究グループ*は、日常診療で使用するMRI(エムアールアイ)を用いて脳の画像を撮り、多数の双極性障害(躁うつ病)とうつ病の患者さんの脳の体積を計測したところ、双極性障害の患者さんはうつ病の患者さんと比べて、前頭葉の一部である背外側前頭前皮質と前帯状皮質という2つの部位の体積が小さいことを明らかにしました。これらの部位は、感情や思考の調節をする重要な役割をもっています。
双極性障害(躁うつ病)とうつ病の患者さんはうつ状態になることがあります。この2つの疾患は治療法が異なるにもかかわらず、うつ状態は非常に似ているため、診断を正しく判別することは診療上大変重要です。そのため、客観的にこの2つの疾患を判別できる指標を探す研究が進められています。その一つとして、脳のMRI研究がありますが、2つの疾患について直接比較した研究はわずかで、その違いは明らかになっていませんでした。
この研究では、日本のうつ状態の双極性障害患者さんとうつ病患者さんと健常者の方々(合計1531人)の脳のMRI画像を集めて脳のさまざまな部位の体積を測定しました。その結果、うつ病患者群と比べて双極性障害患者群は、前頭葉の一部である左右の背外側前頭前皮質と前帯状皮質という部位の体積が小さいことが示されました。また、患者群全体では、健常群と比べて右の前帯状皮質と左下前頭皮質という部位が小さいことが示されました。さらに、米国の参加者で再検討したところ、同様の結果となり、広く一般的にいえそうだということもわかりました。
今回の結果は、双極性障害とうつ病の脳の仕組みの違いを明らかにする助けとなり、将来的にMRI検査により客観的は判別と診断が可能となり、さらにこれらの部位を回復させる新たな治療法の開発のヒントになることも期待されます。
研究成果は、英国の科学雑誌『Cerebral Cortex』に2017年11月30日にオンライン掲載予定です。
- *共同研究グループ
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- 山口大学大学院医学系研究科高次脳機能病態学講座
松尾 幸治(まつお こうじ)、原田 健一郎(はらだ けんいちろう)、山形 弘隆(やまがた ひろたか)、渡邉 義文(わたなべ よしふみ) - 山口大学大学院創成科学研究科工学系学域知能情報工学分野、工学部知能情報工学科
藤田 悠介(ふじた ゆうすけ) - 広島大学大学院医歯薬保健学研究科(医)医学講座精神神経医科学
岡本 泰昌(おかもと やすまさ)、岡田 剛(おかだ ごう)、高村 真広(たかむら まさひろ)、山脇 成人(やまわき しげと) - 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
太田 深秀(おおた みほ)、功刀 浩(くぬぎ ひろし) - 北海道大学大学院医学研究院神経病態学分野精神医学教室
成田 尚(なりた ひさし)、久住 一郎(くすみ いちろう)、井上 猛(いのうえ たけし)(現:東京医科大学精神医学分野) - テキサス大学ヘルスサイエンスセンターヒューストン校精神科
ミワンギ・ベンソン、ギターレ・カルロス、ソアレス・ジャイー
- 山口大学大学院医学系研究科高次脳機能病態学講座
背景
うつ状態は、気分の落ち込み、何事にも興味が湧かないあるいは楽しくない、集中力が落ちるといった精神面のほか、睡眠障害や、食欲の変化といった身体面にも異常が生じます。こういった症状が長く続き、時に繰り返すこともあり、学校、仕事、生活に支障を来すことも少なくありません。うつ状態を生じる代表的な疾患に、うつ病と双極性障害(躁うつ病)があります。この2つは治療法が異なるにもかかわらず、症状は非常に似ているため、診断を正しく行うことが診療上大変重要です。例えば、うつ状態の双極性障害患者に、うつ病の治療薬である抗うつ薬のみを服用すると、気分高揚や興奮といった躁状態を引き起こし、病状を悪化させてしまう危険性があります。精神科医や研究者はこの2つの疾患を判別する客観的指標(生物学的指標:バイオマーカー)1を探していますが、現在のところ、はっきりしたバイオマーカーは見つかっていません。
日常診療で脳梗塞などを調べるための脳のMRI(エムアールアイ)検査2があります。この脳のMRI画像を用いて、脳のある部位の形や体積を測定する構造的脳画像研究は、双極性障害、うつ病を判別する可能性があるバイオマーカーの一つの候補と考えられていました。しかしながら、2つの病状について直接比較した構造的脳画像研究はあまり報告されておらず、しかも一研究の参加者数も多くなく、結論は出ていませんでした。
そこで、今回、わが国の様々な地域の大学及び研究室から脳のMRI画像を多数集め、ボクセルベーストモルフォメトリー(VBM)3とサポートベクターマシーン(SVM)4という方法を用いてこの2つの疾患の患者のうつ状態の時における脳構造に何か違いがないかということを研究しました。さらにその結果が日本人だけのものか、海外の患者にもあてはまるのかを調べるために、米国の患者の脳のMRI画像を用いて再検討しました。
方法と結果
参加者は、わが国では596人のうつ状態のうつ病患者、158人のうつ状態の双極性障害患者、777人の健常者に参加してもらいました。参加者は、北海道大学、国立精神神経研究センター、広島大学、山口大学と幅広い地域から集められました。米国では、テキサス大学サンアントニオ校で43人のうつ状態のうつ病患者、36人のうつ状態の双極性障害患者、132人の健常者が参加しました。この研究は各大学および研究室の倫理委員会から研究を進める承認を得ており、全ての参加者は研究への参加について口頭及び文書で十分な説明を受け、同意書に署名しています。
全ての脳のMRI画像が山口大学に集められ解析されました。解析する脳の部位は、気分や思考の調整に関わっており、双極性障害やうつ病に関係すると考えられている部位を選びました。
その結果、VBM解析では、双極性障害群は、うつ病群と比べ、左右の背外側前頭前皮質5と前帯状皮質6という部分の体積が小さいことが分かりました(図1)。うつ病群が双極性障害群より小さい部分はありませんでした。また、健常群との比較では、双極性障害群およびうつ病群共に、右側の前帯状皮質と広い範囲の前頭皮質が小さいことが分かりました。健常群が、患者群より小さい部位はありませんでした。
SVM解析では、事前に選んだ脳のいくつかの部位は、双極性障害とうつ病を63.4%の正確さで判別することができ、脳部位の中でも背外側前頭前皮質と前帯状皮質は重要な部位であることを示しました。同様に、双極性障害と健常では88.1%、うつ病と健常では75.9%で判別することができ、前帯状皮質と下前頭皮質は重要な部位であることを示しました。さらに、日本で得られた結果を米国のMRI画像に当てはめて再解析したところ、VBMとSVMで日本の結果と似たような結果が得られました。
社会的意義と今後の展開
今回の研究結果により、背外側前頭皮質と前帯状皮質の体積が小さいということは、双極性障害とうつ病に共通してみられる所見ですが、一方この2つの部位は、両者を判別する重要な部位でもあることを示しています。こういった研究がさらに進めば、同じうつ状態を示す双極性障害とうつ病が脳のMRI検査により判別できるようになり、より適切な治療を行えるようになるばかりでなく、これらの部位をターゲットにした新たな治療法の開発のヒントになることも期待されます。
謝辞
この研究は、主に日本医療研究開発機構(AMED)の脳科学研究戦略推進プログラム「うつ病の異種性に対応したストレス脆弱性バイオマーカーの同定と分子病態生理の解明」(平成27年度より文科省より移管)の支援を受けて行ったものです。
論文情報
- タイトル
- Distinctive neuroanatomical substrates for depression in bipolar disorder versus major depressive disorder
- 著者名
- Koji Matsuo*, Kenichiro Harada, Yusuke Fujita, Yasumasa Okamoto, Miho Ota, Hisashi Narita, Benson Mwangi, Carlos A. Gutierrez, Go Okada, Masahiro Takamura, Hirotaka Yamagata, Ichiro Kusumi, Hiroshi Kunugi, Takeshi Inoue, Jair C. Soares, Shigeto Yamawaki, Yoshifumi Watanabe(*Corresponding author)
- 雑誌
- Cerebral Cortex. IF: 6.559 (2016),
- DOI
- 10.1093/cercor/bhx319
用語解説
- 1.バイオマーカー
- バイオマーカーは「通常の生物学的過程、病理学的過程、もしくは治療的介入に対する薬理学的応答の指標として、客観的に測定され評価される特性」と定義されています。血液検査、腫瘍マーカーなどの検査値や、遺伝子(DNA、RNA)、タンパク、ペプチド、画像診断データなどが含まれます。疾患の診断に用いるための診断マーカー、治療効果を予測する予測マーカーなどに分けられます。
- 2.MRI検査
- 脳のMRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像)は、頭蓋内の水素原子核からの信号をとらえて、頭蓋内の断面を画像化するものです。日常診療では、脳梗塞、脳出血、脳萎縮などの脳の病変の手がかりを調べる検査として用いられます。
- 3.ボクセルベーストモルフォメトリー(VBM)
- 脳のMRI画像を半自動的に3次元構成し、その後脳全体を細かなさいの目(ボクセル)に切り分け、灰白質、白質、脳脊髄液に区分したあと、脳の各部位の灰白質体積等を測定する解析ソフト。Statistical Parametric Mapping という統計画像解析プログラム上で動くソフト。
- 4.サポートベクターマシーン(SVM)
- パターン認識手法の一つ。パターン認識とは、認識対象がいくつかの概念(カテゴリーやクラスと呼ぶ)に分類できるとき、与えられたパターンを特定のカテゴリーに対応付ける処理。
- 5.背外側前頭前皮質
- 前頭葉の前頭前皮質の背側外側領域。情動や実行機能の制御に関わると考えられている。
- 6.前帯状皮質
- 帯状皮質は大脳の内側面で、脳梁の辺縁を前後方向に位置する領域で、全体上皮質はその前方を指す。情動や認知の制御に関わると考えられている。
お問い合わせ先
本件に関するお問い合わせ先
山口大学大学院医学系研究科高次脳機能病態学講座
准教授 松尾 幸治
国立精神・神経医療研究センター神経研究所
疾病研究第三部長 功刀 浩
AMED事業について
日本医療研究開発機構 戦略推進部
脳と心の研究課