iPS細胞から高効率で安定的な骨格筋細胞を作製する方法を開発

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―より効率的な薬剤候補物資の選別が可能に―

平成29年12月1日 プレスリリース

国立大学法人京都大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

ポイント
  • フィーダー細胞注1のない条件で、高効率で安定的にヒトiPS細胞から骨格筋細胞を作製する方法を確立した。
  • 分化誘導中に一度細胞を培養皿からはがし、スクリーニング用のプレートに入れ直すことにより、高効率で安定的に骨格筋細胞が誘導出来る手法を開発した。
  • 今までは困難であったハイスループットスクリーニング注2に対応したプレートへの骨格筋細胞誘導及び培養プロトコールを確立した。
要旨

内村智也特定研究員(京都大学CiRA)、櫻井英俊准教授(京都大学CiRA臨床応用研究部門)らの研究グループは、ヒトiPS細胞から高効率で安定的に骨格筋細胞へと分化誘導する手法の確立し、創薬スクリーニングに使えるレベルの品質を確保することに成功しました。

筋ジストロフィーなどの筋肉の難病において、有効な治療方法はほとんど確立されていません。新規治療薬創出に向けて、患者さんから作製したiPS細胞の活用は、その病気の病態解明や創薬スクリーニングに非常に強力なツールとして認識されていますが、効率良くかつ安定的に骨格筋細胞へと分化誘導させる必要がありました。

我々の研究室では、骨格筋の分化を制御する転写遺伝子MyoD1を強制発現させる事による骨格筋細胞誘導法を報告してきました。しかしながら、この方法はスクリーニングに用いられる96ウェル(穴)プレート注3や384ウェルプレートでの分化誘導には不向きという欠点がありました。本研究では、その手法を更に改良する事により、高効率で繰り返し再現可能な骨格筋細胞分化誘導法を開発しました。新しい手法では、フィーダー細胞無しでも効率的な骨格筋への分化誘導が可能で、ハイスループット創薬スクリーニングにも対応した培養を実現しました。今回の研究は、筋疾患患者由来iPS細胞を用いた創薬開発に役立つと期待されています。

この研究成果は2017年11月8日に英科学誌「Stem Cell Research」のオンライン版で公開されました。

研究の背景

現在、ほとんどの筋肉の難病には有効な治療法が確立されておらず、支持療法に限定されています。また、原因遺伝子が判明しているにも関わらず、筋萎縮を起こす病態が不明であることが治療法開発の遅れの原因であると考えられています。近年、iPS細胞を用いた創薬スクリーニングは新規医薬品の開発に有用であることが分かってきました。筋疾患患者さん由来のiPS細胞を用いて創薬スクリーニングを実施するためには、効率よく且つ再現性のある骨格筋細胞分化誘導法が必須と考えられます。これまでに我々の研究室では、テトラサイクリン系抗生物質を用いて、骨格筋の分化を制御している転写遺伝子であるMyoD1を強制発現させることによる分化誘導法を報告し、様々な筋疾患の病態再現に役立ててきました。しかし、この方法で創薬スクリーニングを実施するには、誘導の安定性や効率の面で技術的なハードルがありました。

本研究では、創薬スクリーニングに適しているフィーダーフリーの条件下での骨格筋誘導の最適化、およびハイスループットスクリーニングに対応したプレートにおいても高効率かつ安定的に骨格筋細胞誘導を出来る手法の開発を行いました。

研究結果
1. フィーダーフリー培養で維持しているヒトiPS細胞からも、効率の良い骨格筋細胞分化誘導を達成した
ヒトiPS細胞を維持培養する際、以前はフィーダー細胞を用いた方法(オンフィーダー)が主流でしたが、近年の技術開発により、フィーダー細胞を用いないフィーダーフリー培養法が主流となってきました。創薬スクリーニングにおいても、フィーダー細胞が混じってしまう危険性が無いため、フィーダーフリー培養法が望ましいと考えられます。我々が以前に報告した方法をそのままフィーダーフリー培養法に当てはめても、安定性が得られないという問題点がありました。そこで培地などの交換のステップを再検討し、フィーダーフリー培養法で維持されたヒトiPS細胞からでも、効率よく骨格筋細胞に分化誘導するプロトコール(方法)を開発しました。

図1 オンフィーダー及びフィーダーフリー下でのiPS細胞骨格筋分化誘導の比較

  1. 骨格筋細胞マーカーを用いた免疫染色画像。オンフィーダーとフィーダーフリーで培養し骨格筋へ分化誘導した細胞において、どちらも骨格筋マーカーであるミオシン重鎖(MHC)とMyogeninが陽性であった。(倍率100倍)
  2. 骨格筋分化効率。骨格筋分化効率の計算においても、オンフィーダーとフィーダーフリーの両者で同等の効率であった。(統計学的有意差無し)
  3. RT-qPCRによるmRNA発現量の比較。オンフィーダー、フィーダーフリーと共に骨格筋へと分化していく過程で同等に骨格筋マーカー遺伝子の発現を認めた。(オンフィーダーとフィーダーフリーの間で統計学的有意差無し)
2.Replating(播き直し)法によりハイスループットに対応した骨格筋誘導を可能にした
次に、ハイスループットスクリーニングで用いられる96ウェルプレートや384ウェルプレートでの安定した分化誘導を行うための技術開発を行いました。試行錯誤の末、分化誘導の開始は比較的大きい培養皿で行い、分化誘導開始3日目から4日目の間に一度細胞をはがし、96ウェルプレートや384ウェルプレートに播き直すこと(Replating)で、分化誘導の安定性が増すことが分かりました。初めから直接96ウェルプレートに播いた場合には、ウェル間でのばらつきが大きかったのですが、この播き直しの手法により、均一な誘導効率、細胞生存率を実現しました。さらにこの方法は384ウェルプレートにおいても平均誘導効率90%以上で、ばらつきを示す変動係数(CV値)注4が1.86%と創薬スクリーニングに用いることができるレベルの高効率と安定性を得ることができました。


図2 Replating法による384-ウェルプレートでの骨格筋分化効率の解析

  1. 96ウェルプレートにおける直接誘導法と蒔き直し(Replating)法との細胞生存率の比較。縦軸は生存細胞数、底面の数字(1~12)とアルファベット(A~H)は96個のウェルの位置を示す記号。直接誘導法ではウェルによって生存率にばらつきがあるが(左)、Replating法では均一な細胞生存率を実現している。
  2. 384ウェルプレートでの分化誘導時のMHC染色画像。全てのウェルで、赤で示されるMHC陽性の筋細胞が同等に分化しているのが観察できる。右図は1ウェルでの典型的な筋細胞分化の様子を拡大したもの(倍率200倍)。右下の表は平均誘導効率91.51%、96ウェル間での標準偏差1.70%、変動係数(CV値)注4 1.86%を示す。
まとめ

これまで報告したヒトiPS細胞からの骨格筋細胞分化誘導法を改良することにより、フィーダーフリー培養法への適応、マルチウェルプレートへの適応を実現し、創薬スクリーニングに用いることができるレベルの分化誘導プロトコールを報告しました。この成果により、筋疾患患者さん由来iPS細胞を用いた創薬研究が一層進むことが期待されます。

論文名と著者
・論文名
A human iPS cell myogenic differentiation system permitting high-throughput drug screening
・ジャーナル名
Stem Cell Research
・著者
Tomoya Uchimura1*, Jun Otomo1, Masae Sato1 and Hidetoshi Sakurai1
・著者の所属機関
1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
* 責任著者
本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
・AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」、「疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム」

用語説明
注1)フィーダー細胞
目的の細胞を培養する際、培養条件を整える補助的な役割をもつ細胞。通常は薬剤処理によって分裂できないように処理されている。フィーダーフリーとは、フィーダー細胞を用いないこと。
注2)ハイスループット
多種多様な化合物を収納したカタログ(化合物ライブラリー)の中から、ロボットなどの自動装置を利用して、目的の化合物を選び出す技術のこと。
注3)ウェルプレート
ウェルとは穴・くぼみを意味し、ウェルプレートとは複数のくぼみがある皿のこと。一つ一つのウェルに多種多様な化合物を入れたプレートを使い、薬剤候補物資の選定を行う。
注4)CV
Coefficient of variationの略で、変動係数のこと。ばらつきを示す統計上の指標。
お問い合わせ先
本件担当

国立大学法人京都大学
iPS細胞研究所 国際広報室

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 再生医療研究課

関連リンク

最終更新日 平成29年12月1日

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医療・健康細胞遺伝子工学
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