SARS-CoV-2オミクロン株による中和抗体回避と感染指向性の変化

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2022-02-28 東京大学医科学研究所,宮崎大学,熊本大学,京都大学,日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • 昨年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)」(注1)は、全世界に伝播し、現在のパンデミックの主たる原因変異株となりつつある。
  • オミクロン株は、「デルタ株(B.1.617.2, AY系統)」(注2)と比較して、治療用抗体製剤やワクチンによって誘導された中和抗体(注3)から逃避する。
  • オミクロン株は、ワクチンのブースター接種により誘導される中和抗体や、従来株やデルタ株に有効性を示す抗ウイルス薬によって感染が阻害された。
  • オミクロン株は、デルタ株とは異なり、TMPRSS2(注4)依存性経路よりも、カテプシン(注5)依存性経路による細胞侵入を好み、感染指向性が変化している可能性が示唆された。
発表概要

東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」(注6)は英国の研究グループとの共同研究により、新型コロナウイルスの「懸念される変異株(VOC:variant of concern)」(注7)である「オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)」が、デルタ株と比較して、治療用抗体製剤やワクチンの2回接種によって誘導された中和抗体に対して抵抗性があることを明らかにしました。一方で、3回目のワクチン接種(ブースター接種)によりオミクロン株に対しても有効な中和抗体を誘導できること、治療薬として用いられている抗ウイルス薬がオミクロン株に対しても高い効果を示すことを明らかにしました。また、オミクロン株のスパイクタンパク質(注8)(図1)は、従来株やデルタ株と異なり、TMPRSS2依存性経路ではなく、カテプシン依存性経路による感染を好むことを明らかにしました。


図1 オミクロン株スパイクタンパク質の構造
オミクロン株のスパイクタンパク質に存在する変異を赤で示した。


本研究成果は2022年2月1日、英国科学雑誌「Nature」オンライン版で公開されました。

発表内容

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2022年1月現在、全世界において3億人以上が感染し、500万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、流行動態の関連についてはほとんど明らかになっていません。

2020年以降、新型コロナウイルスが、その流行の過程において高度に多様化し、さまざまな新たな特性を獲得していることが明らかとなっています。昨年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)」は、11月26日に命名されて以降、またたく間に全世界に伝播しました。2022年1月現在、オミクロン株は、日本を含めた世界の多数の国々におけるパンデミックの主たる原因変異株となりつつあります。

本研究では、英国の研究グループとの共同研究により、オミクロン株のウイルス学的特徴の解明に取り組みました。まず、オミクロン株が、治療用抗体製剤、ならびに、2回のmRNAワクチン接種によって誘導される中和抗体に抵抗性があることを明らかにしました(図2)。一方で、3回目のワクチン接種(ブースター接種)によりオミクロン株に対しても有効な中和抗体を誘導できること、治療薬として用いられている抗ウイルス薬がオミクロン株に対しても高い効果を示すことを明らかにしました。次に、オミクロン株の細胞への侵入経路を調べました。新型コロナウイルスはTMPRSS2依存性経路と、カテプシン依存性経路の異なる経路で感染することが知られていますが、オミクロン株はデルタ株と比較して、よりカテプシンに依存する形で細胞に侵入していることを明らかにしました(図3)。このことが感染標的となる細胞種の変化に貢献している可能性があります。


図2 デルタ株とオミクロン株の中和抗体感受性デルタ株とオミクロン株について、mRNAワクチン接種後に誘導される中和抗体への感受性を調べた。2回目のワクチン接種6ヶ月後の血清はデルタ株の感染を阻害できるが、オミクロン株の感染は阻害できなかった。一方、3回目のワクチン接種後の血清はオミクロン株の感染も阻害できることがわかった。

図3 オミクロン株の細胞侵入経路SARS-CoV-2は感染受容体であるACE2に結合後、TMPRSS2依存性経路もしくはカテプシン依存性経路を介して細胞内に侵入する。従来株やデルタ株は主にTMPRSS2依存性経路を用いるが、オミクロン株は主にカテプシン依存性経路を用いることを明らかにした。


本研究により、オミクロン株は、治療用抗体製剤や2回のmRNAワクチン接種では制御が難しいことがわかりました。一方、治療用抗ウイルス薬やブースター接種の有効性も明らかになっています。最近私たちはハムスターを用いた感染実験の結果、オミクロン株は、従来株やデルタ株よりも低い病原性を示すことを明らかにしていますが、仮に弱毒化していたとしても、オミクロン株の感染による有症化・重症化のリスクはゼロではありません。加速的な流行拡大によって、また第5波のような医療逼迫が起きてしまう恐れもあり、引き続き感染対策を続けることが肝要です。

現在、「G2P-Japan」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な正常解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。

本研究への支援

本研究は、佐藤 佳准教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(20fk0108413、20fk0108451)、科学技術振興機構 CREST(JPMJCR20H4)などの支援の下で実施されました。

論文情報
雑誌名
「Nature」2022年2月1日オンライン版
論文タイトル
Altered TMPRSS2 usage by SARS-CoV-2 Omicron impacts tropism and fusogenicity
著者
Bo Meng#, Isabella A.T.M Ferreira#, Adam Abdullahi#, Niluka Goonawardane#, 齊藤暁#, 木村出海#, 山岨大智#, Pehuén Perera Gerba, Saman Fatihi, Surabhi Rathore, Samantha K Zepeda, Guido Papa, Steven A. Kemp,  池田輝政, 豊田真子,  Toong Seng Tan, 倉持仁, 光永滋樹, 上野貴将, 白川康太郎, 高折晃史, Teresa Brevini, Donna L. Mallery, Oscar J. Charles, CITIID-NIHR BioResource COVID-19 Collaboration, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, Ecuador-COVID19 Consortium, John E Bowen, Anshu Joshi, Alexandra C. Walls, Laurelle Jackson, Sandile Cele, Darren Martin, Kenneth G.C. Smith, John Bradley, John A. G. Briggs, Jinwook Choi, Elo Madissoon, Kerstin Meyer, Petra Mlcochova, Lourdes Ceron-Gutierrez, Rainer Doffinger, Sarah Teichmann, Matteo Pizzuto, Anna de Marco, Davide Corti, Alex Sigal, Leo James, David Veesler, Myra Hosmillo, Joo Hyeon Lee, Fotios Sampaziotis, Ian G Goodfellow, Nicholas J. Matheson, Lipi Thukral, 佐藤佳*, Ravindra K. Gupta*
(#Equal contribution; *Corresponding author)
DOI
10.1038/s41586-022-04474-x
用語解説
(注1)オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」のひとつ。現在、日本を含めた世界各国で大流行しており、パンデミックの主たる原因となる変異株となっている。
(注2)デルタ株(B.1.617.2, AY系統)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」のひとつ。オミクロン株の出現まで、パンデミックの主たる原因となる変異株となっていた。また、日本においては、昨年の第5波の原因変異株となった。
(注3)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される免疫システムのことで、ワクチンによって誘導される。また、治療用抗体製剤として用いられている。
(注4)TMPRSS2
Ⅱ型膜貫通型セリンプロテアーゼ(transmembrane protease, serine 2)の一種で、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質を切断することで、膜融合による宿主細胞への侵入を促進する。TMPRSS2依存性のSARS-CoV-2感染を阻害する薬剤としてCamostatやNafamostatが知られている。
(注5)カテプシン
システインプロテアーゼの一種で、カテプシンBやカテプシンLがSARS-CoV-2感染を促進することが報告されている。カテプシン依存性のSARS-CoV-2感染を阻害する薬剤としてE64Dが知られている。
(注6)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
(注7)懸念される変異株(VOC:variant of concern)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のこと。現在まで、アルファ株(B.1.1.7系統)、ベータ株(B.1.351系統)、ガンマ株(P.1系統)、デルタ株(B.1.617.2, AY系統)、オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)が、「懸念される変異株」として認定されている。伝播力の向上や、免疫からの逃避能力の獲得などが報告されている。多数の国々で流行拡大していることが確認された株が分類される。
(注8)スパイクタンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、新型コロナウイルスが細胞に結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。
お問い合わせ先

研究についてのお問い合わせ
東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野
准教授 佐藤 佳(さとう けい)

報道についてのお問い合わせ
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)

AMED事業についてのお問い合わせ
日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 創薬企画・評価課
新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業

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