2018-04-03 東京工業大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- 有機系高分子材料は一般に熱伝導性が低く、電気・電子機器の速やかな放熱には従来不適だった。
- 核酸の周囲にたんぱく質が規則的に集合化した高分子集合体である繊維状ウイルスでフィルムを作製し、優れた熱伝導材となることを解明。
- 高い熱伝導性を持つ有機系高分子材料の簡便な作製方法の確立と、それに基づく新しい熱輸送の機構の解明に期待。
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の澤田 敏樹 助教、芹澤 武 教授、村田 裕太 大学院生(開発当時)らは、同学院 材料系の森川 淳子 教授、応用化学系の丸林 弘典 助教、野島 修一 教授との共同で、無毒でひも状の構造をもつウイルス(繊維状ウイルス)を集合化させて構築したフィルムが熱伝導材として機能することを発見した。
有機系高分子材料は一般に熱伝導性が低く、電気・電子機器の速やかな放熱には従来不適であった。その熱伝導性を向上させるには、向きを揃えて分子を並べる「配向処理」により共有結合を介して熱輸送する手法や、無機材料との複合化が有効とされていた。しかし近年では、生体が持つ階層的な集合化注1)といった固有の性質とそれによって構築される規則的な集合構造が、新素材として注目され始めている。
本研究グループは、水溶液を乾燥すると溶けていた分子が端の部分に集積する現象「コーヒーリング効果注2)」を利用した簡便な方法で、繊維状ウイルスを集合化させ、フィルムを構築した。この「ウイルスフィルム」は、端部において無機材料のガラスに匹敵する高い熱拡散率を示した。これにより同グループは、階層的に集合化する生体由来素材が、熱伝導材として有用であることを見いだした。ウイルスのみならずさまざまな天然由来素材の、デバイス材料としての研究開発につながると期待される。
このウイルスフィルムは、繊維状ウイルスの水溶液を室温で乾燥するだけで調製できる。本成果は今後、特別な操作を施すことなく温和な条件下で簡便に熱伝導材を構築する手法の確立や、共有結合を介さない新しい熱輸送の機構の解明にもつながると期待される。
本研究成果は科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御」(研究総括:花村 克悟 東京工業大学 工学院 教授)における「生体高分子の階層的な集合化を利用したナノスケール熱動態の理解と機能制御」(研究代表者:澤田 敏樹)の一環で行われた。
本研究成果は、2018年4月3日(英国時間)に国際科学雑誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載される。
本成果は、以下の研究支援により得られた。
科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ
研究プロジェクト:「熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御」
研究総括:花村 克悟(東京工業大学 工学院 教授)
研究期間:平成29年度~32年度
研究課題:「生体高分子の階層的な集合化を利用したナノスケール熱動態の理解と機能制御」
研究代表者:澤田 敏樹(東京工業大学 物質理工学院 助教)
近年の電気・電子機器の小型化や高集積化に伴う発熱密度の上昇により、発熱位置から放熱材やヒートパイプへ速やかに熱輸送するための材料の創製が必須となっている。
硬い材料からなる発熱部と放熱部とを密着させて効果的に放熱するには、電気絶縁体で柔らかく加工性に優れる材料が必要である。フィルムやコーティング剤として密着を図るには有機系高分子材料が有用であったが、金属やセラミックスと比較すると熱伝導性が2~3桁低い点が問題となっていた。
従来、有機系高分子の熱伝導性を向上させるために、無機材料との複合化や、向きを揃えて分子を並べる「配向処理」により、共有結合を介して配向方向への効率的な熱輸送を図る方法が取られてきた。しかし、それらの方法では、高分子の特性が損なわれるおそれや複雑な配向処理の必要性があったため、有機系高分子材料の熱輸送効率を簡便に向上させる方法や原理を確立する必要があった。
東工大の澤田助教、芹澤教授らの研究グループは、高い熱輸送効率を持つ材料の開発にあたり、生体本来の階層的な集合構造に着目した。無毒でひも状のウイルス「繊維状ウイルス」の一種であるM13ファージ注3)は、核酸の周囲にたんぱく質が規則的に集合化した高分子集合体であり、巨大で細長い構造(直径約5nm、長さ約1µm、図1a)を持っている。
M13ファージは自身の細長い構造に起因して規則的に集合化し、液晶配向注4)することが知られている。研究グループは、M13ファージを効率良く集合化させて規則的で緻密な集合構造を形成することにより(図1b)、効率良く熱輸送が起こるのではないかと考えた。
一般に、分子を溶解した水溶液を乾燥する際、端の部分に分子が効率良く集積するコーヒーリング効果は古くから知られている。そこで研究グループは、M13ファージの水溶液を円形のスライドガラス上で乾燥させて、ウイルスから液晶性フィルムを構築し、フィルムの端の熱拡散率を測定した。その結果、特別な配向操作などを施していないにもかかわらず、毎秒0.63平方ミリメートルと、有機系高分子材料でありながら、共有結合を介さずとも無機材料であるガラスに匹敵する値を示した(図2)。無配向なウイルスフィルムと比較すると約10倍の値である。このことから、ただウイルスを素材としてフィルムを作ればよいわけではなく、M13ファージを効率良く液晶配向させながらフィルム化することが熱輸送を効率化するためには重要であるといえる。
実際に、これまでに報告のある手法でウイルスが配向した液晶性フィルムを調製して熱拡散率を測定した結果、その値の向上はわずか数十パーセントであり、M13ファージをただ液晶配向すればよいわけではないことが明らかとなった。
ウイルスフィルムの集合構造を小角X線散乱測定注5)により解析した結果、いずれのフィルムでも分子レベルの集合構造(パッキング)は同じだったが、よりマクロスケールの構造に着目すると、今回構築したフィルムの端のみが極めて高い配向度を持つことが分かった(図3)。つまり、広い範囲にわたって規則的に集合化させることが、効率的な熱輸送に重要であることが明らかになった。また、有機系高分子材料の熱伝導性向上において、生体高分子が示す階層的な集合化特性を利用することが有用であることが示された。
今回、たんぱく質が核酸の周りに規則的に集合化した繊維状ウイルスの階層的な集合構造の制御が、共有結合を介さない熱伝導性の向上に重要であることを初めて明らかにした。天然由来のウイルスでは、さまざまな分子が適切に相互作用し、集合化することで機能している。今後、生体高分子を工学的に制御・利用することにより、簡便な手法で高い熱伝導性を持つ有機系高分子材料の開発と、それに基づく新しい熱輸送の機構の解明につながると期待される。
図1(a) 繊維状ウイルスM13ファージの模式図(b) 規則的に集合化したM13ファージの上面と側面の模式図
図2 ウイルスフィルムの熱拡散率
図3 小角X線散乱測定による配向度の決定
(a) フィルムそれぞれの二次元パターン
(b) 二次元パターンの一次ピークを方位角スキャンした際のピークプロファイルとその半値全幅から算出した配向度(ピークがシャープであるほど配向度が高いことを示す)
- 注1)階層的な集合化
- 分子スケール(ナノメートル)からマクロスケール(ミリメートル)といった幅広いスケールにわたって規則的に集合化すること。
- 注2)コーヒーリング効果
- こぼれたコーヒーの水滴が蒸発するとき、水滴の端の部分が早く蒸発するため、コーヒー粒が水滴の端の部分に集まる現象。
- 注3)M13ファージ
- 大腸菌に感染するウイルスの一種。ほ乳類には感染することはなく、無毒である。細長い構造を持ち、遺伝子操作によって望みの機能を付与することができる特徴を持つ。
- 注4)液晶配向
- 液晶(固体と液体の両方の性質を示す状態にある物質)のように、細長い構造を持つ分子が同じ方向に揃って並ぶこと。
- 注5)小角X線散乱測定
- X線を物質に照射して散乱された「散乱X線」の中で、散乱角が小さい(おおむね10度以下)ものを測定することにより、物質のナノスケールの構造情報を得る手法。
タイトル:“Filamentous Virus-based Assembly: Their Oriented Structures and Thermal Diffusivity”
著者名:Toshiki Sawada, Yuta Murata, Hironori Marubayashi, Shuichi Nojima, Junko Morikawa, Takeshi Serizawa
掲載誌:Scientific Reports
doi:10.1038/s41598-018-23102-1
<研究に関すること>
澤田 敏樹(サワダ トシキ)
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 助教
芹澤 武(セリザワ タケシ)
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門
科学技術振興機構 広報課