2018-04-06 京都大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- 植物の「性別決定遺伝子」は、これまでカキとアスパラガスの2種のみでしか特定されておらず、植物の性別決定の仕組みやその進化の過程は謎に包まれていた。
- 今回、キウイフルーツの性別決定をつかさどる遺伝子の1つを特定することに成功し、それがどのように進化してきたかの過程を明らかにした。
- 植物ごとに仕組みが全く異なると思われていた性別獲得の進化機構について、共通の法則を見いだす鍵となることが期待される。
オスとメスの「性別」は、生物が進化の中で獲得した多様性の維持に最も重要な仕組みの1つです。動物では性別があることが当然のように捉えられている一方で、植物では明確な「性別」を持つものは少数派です。しかしながら、植物における性別決定の仕組みは多様であり、分類上のグループごとに別々の進化過程をたどって成立したと考えられています。この仕組みをつかさどる植物の「性別決定遺伝子」は、これまでわずか2種のみでしか特定されておらず、なぜ植物では独立した性別の成立が頻繁に起こりえるのか、その仕組みや進化における多様性・一般性については謎に包まれていました。京都大学 大学院農学研究科 赤木 剛士 助教らの研究グループは、キウイフルーツなどマタタビ属に分類される植物の性別決定をつかさどる遺伝子として、Y染色体上のサイトカイニンシグナル遺伝子「Shy Girl」注1)を特定することに成功しました。さらに、「Shy Girl」がキウイフルーツの性別獲得にどのように関与したのか、その特異な進化過程を明らかにしました。
本研究成果は、2018年4月6日に米国の国際学術誌「The Plant Cell」にオンライン公開されます。
研究プロジェクトについて
共同研究チーム
京都大学(赤木 剛士・田尾 龍太郎)・香川大学(片岡 郁雄・別府 賢治)
関連機関
科学技術振興機構(JST)(赤木 剛士・JSTさきがけ研究者を兼任)
予算出資
JST・日本学術振興会
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域
「フィールドにおける植物の生命現象の制御に向けた次世代基盤技術の創出」
(研究総括:岡田 清孝 龍谷大学 農学部 教授)
研究課題
カキ属をモデルとした環境応答性の性表現多様化機構の解明
研究者
赤木 剛士(京都大学 大学院農学研究科 助教)
研究期間
平成27年12月~平成31年3月
JSTは本領域で、フィールドにおける環境変化に適応し、安定的に生育する植物を分子レベルから設計するための次世代基盤技術の創出に関する研究を推進します。上記の研究課題では、植物において世界で初めて性染色体決定因子を同定したカキ属植物をモデルとして、画一的な性表現を示す二倍体野生種群から栽培種への進化の中で成立した「環境に依存した柔軟性の高い性表現多様化」の要因解明を目指しています。
<背景>
植物の性別決定の仕組みはさまざまな種において100年来研究されてきたテーマですが、その決定に関わる遺伝子は長らく見つかっていませんでした。つい最近になって、カキ(赤木ら, 2014, Science)とアスパラガス(Harkessら, 2017, Nature Comm, など)において性別決定遺伝子が特定されましたが、それぞれの遺伝子の由来や性別が成立する生理的な仕組みは全く異なるものであり、なぜこのような「バラバラ」な性別決定システムが独立して生まれてくるのか、その理解には及んでいませんでした。これまで本研究グループでは、植物で初めて性別決定遺伝子を特定したカキをモデル植物として用いて、植物の性別決定の進化における一般的な法則を追求してきました。そのような研究において、カキと近縁であり、かつカキとは異なる性別決定システムを持つ種と比較する手法は有効ですが、これまでそのような2種の比較解析はなされていませんでした。
そこで、本研究グループではキウイフルーツに着目しました。キウイフルーツは、受粉のための花粉確保、優良果実を目指した育種における交雑注2)の制限などで、その性別が農業上の大きな問題になることが多く、古くから性別決定の仕組みに関する研究が進められてきましたが、その決定システムや決定遺伝子の特定には至っていませんでした。キウイフルーツ(マタタビ属)とカキ(カキ属)は、いずれもツツジ目に分類される植物種なので、それらの性別決定システムを比較することにより、植物の性別決定の遺伝・生理学的メカニズムや進化における共通の法則を検討できることが期待されます。
本研究は、香川大学 農学部および香川県で育成・保有している交雑系統や保存野生系統を全ゲノム解析に効率的に活用し、性別決定遺伝子の早急な特定とその進化過程の解明を目指しています。
<研究手法・成果>
本研究では、マタタビ属に分類されるキウイフルーツ野生種であるシマサルナシ注3)と栽培キウイフルーツを掛け合わせたもの(種間交雑による系統群)およびマタタビ属の多様な野生種群を解析対象として、それら植物のオス・メス間のゲノム配列を比較することで、オスに特異的なY染色体の性別決定遺伝子領域の特定を試みました。
まず、本研究グループは先の研究で開発した大量DNA情報解析アルゴリズム注4)(赤木ら, 2014, Science)を活用し、マタタビ属のY染色体におけるオス特異的ゲノム領域を網羅的に解析しました。その結果、Y染色体上に雌しべの発達を抑え込む遺伝子が存在し、それが性別決定を担う最上流因子の1つであることを解明して、「Shy Girl」と名付けました。詳細に解析したところ、このShy Girl遺伝子は、マタタビ属の進化のある時期に起こった全ゲノム重複注5)(生物が持っている遺伝情報の1セットであるゲノムが、そのまま倍に増える現象)によって生まれた遺伝子であることが分かりました。このことから、マタタビ属の起源において、ゲノム重複をきっかけとして遺伝子発現パターンを変化させる進化(cis進化)により、元々は持っていなかった性別決定という新しい機能が獲得・強化された可能性が示唆されました(図1)。
さらに、これまでカキ(カキ属)で得られていた知見と比較したところ、キウイフルーツなどマタタビ属で見いだされた全ゲノム重複による性別決定遺伝子の成立が、カキ属にも共通して見られる現象であることが分かりました。このように植物の進化に特有の「頻繁に起こった全ゲノム重複」が、植物の進化としては非常に短期間のうちに、植物における性別の成立を駆動している可能性が示唆されました。
また、Shy Girl遺伝子の機能解析により、植物ホルモンの1つであるサイトカイニンがキウイフルーツの雌しべの形成に大きく関与していることが示されました。この知見を応用し、人工サイトカイニンの処理によって雄花の半メス化を誘導することにも成功しました(図2)。それらのことから、性別決定に関わるShy Girl遺伝子が、サイトカイニンを介してオスとメスの生理作用の差異に導くメカニズムが明らかとなりました。
<波及効果、今後の予定>
キウイフルーツのShy Girl遺伝子は、植物の性別決定遺伝子の発見としては3例目になり、今回の成果により、植物の性別決定における生理作用や性別獲得の進化における多様性・一般性がようやく紐解かれることが期待されます。Shy Girl遺伝子はマタタビ属に特異な性別決定遺伝子ですが、これまでにカキ属において特定している性別決定遺伝子OGI/MeGI注6)と生理作用を比較することにより、植物のオス・メスの分化において重要な遺伝子群や内的環境の共通性が示唆されています。将来は、これらの知見を基に、外的環境の改変や人為的処理による植物の性別制御について検討を行っていく予定です。
なお、今回発見されたShy Girl遺伝子に加えて、マタタビ属には少なくとも、もう1つ雄しべの生育に関与する遺伝子がY染色体上にあると仮定されており、今後は、その特定や進化過程の解明を目指すことで、これまで見えていなかった「バラバラな植物の性別獲得」の中に、意外な共通の法則が見えてくると期待されます。
<参考図>
図1 キウイフルーツの性別決定遺伝子Shy Girlの成立過程
特異的な遺伝子(ゲノム)重複が起こってからShy Girl遺伝子が性別決定に寄与できる機能を持ち、マタタビ属が性別を獲得するまで、長くとも20万年ほどしか経っていません。これは植物の進化の中では一瞬の期間であり、性別決定という仕組みへの強い選抜がかかった結果と考えられます。
図2 人工サイトカイニンの処理による雄花から半雌花の誘導
図3 本研究で使用されたマタタビ属種間交雑系統の雌親となるキウイフルーツ野生種「シマサルナシ」
<用語解説>
- 注1)サイトカイニンシグナル遺伝子Shy Girl
- 植物ホルモンであるサイトカイニンに応答するArabidopsis Response Regulator (ARR) ファミリーと相同な構造を持つ遺伝子であり、特にtype-Cと呼ばれる構造を有することから、サイトカイニンシグナルを負に制御すると考えられる。マタタビ属のY染色体上に存在するものは雌器官を抑制する機能を持っており、性決定遺伝子として機能する。Shy Girlという名前は、この遺伝子をタバコなどの植物に導入すると雌器官が萎縮して、雌しべが花弁に隠れてしまうことに由来している。なお、名前の省略形であるSyGIはカキの性決定遺伝子であるOGI/MeGIと韻を合わせたものである。
- 注2)交雑
- 通常の育種では、新しい品種の育成を目指して、2つの優良な親個体(系統)をかけ合わせるが、これを交雑という。性別がある作物では、この交雑にオス・メスそれぞれから親を選抜する必要があり、両性を持つ作物と比較して、その組み合わせに大きな制限が生じる。特に、果実形質が重要である果樹作物においては、雄個体の果実形質を予測することができず、交雑における両親からの果実形質への寄与の半分はブラックボックスである。
- 注3)シマサルナシ
- 栽培されているキウイフルーツの野生種の1つであり、広義にはキウイフルーツの一種である。日本では西南部地域に生息しており、栽培キウイフルーツが持っていないさまざまな優良形質を有しているため、栽培キウイフルーツとの種間交雑による新規キウイフルーツ品種の育成が実施されている。
- 注4)大量DNA情報解析アルゴリズム
- 本研究では次世代シークエンシングと呼ばれるDNA配列高速大量解析技術を独自に活用して、参照ゲノム情報の無い非モデル植物種においても目的ゲノム領域を効率的に同定するいくつかの技術を開発してきた。これらの技術は、カキの性決定遺伝子OGI/MeGI同定の際に初めて開発・使用されたものであり、今回もマタタビ属において大量DNA情報を次世代シークエンシングによって取得し、同様の方法で性決定遺伝子の同定に至っている。
- 注5)全ゲノム重複
- 生物が有するゲノム情報が何らかの要因により、オリジナルのゲノムがコピーされた状態で2倍・3倍などの倍化した状態で後代に引き継がれる現象。重複したゲノムはその冗長性を解消するために、さまざまに機能を分化させることが分かっており、新しい遺伝子機能の獲得の引き金となることも多い。進化の過程において、動物はわずかな全ゲノム重複しか経験していないのに対して、植物は非常に頻繁な全ゲノム重複を経験していることが分かっている。
- 注6)性別決定遺伝子OGI/MeGI
- 植物では初めて発見された性別決定遺伝子。カキ属のY染色体上にあるOGI遺伝子は小分子RNAをコードしており、これが常染色体上にある雌化の統御遺伝子MeGIを分解・抑制することによって雄化へと導く。
<論文情報>
タイトル
“A Y-encoded suppressor of feminization arose via lineage-specific duplication of a cytokinin response regulator in kiwifruit.”
著者
Takashi Akagi, Henry M. Isabelle, Haruka Ohtani, Takuya Morimoto, Kenji Beppu, Ikuo Kataoka, Ryutaro Tao
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
赤木 剛士(アカギ タカシ)
京都大学 大学院農学研究科 助教
<JST事業に関すること>
川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
京都大学 総務部 広報課 国際広報室
科学技術振興機構 広報課