赤ちゃんの副甲状腺機能亢進症の原因と発症メカニズムの解明
2018-06-11 自然科学研究機構,カナダ・トロント大学,宮崎大学,米国・フィラデルフィア小児病院,北里大学病院,都立小児総合医療センター,都立墨東病院,埼玉医科大学病院
内容
胎児が骨をつくる際、材料となるカルシウムがどのようにして母親側から胎児側へ胎盤を介して運ばれるのか、これまでその詳細は明らかになっていませんでした。そして、新生児期に血中のカルシウム濃度の低下が起こる疾患である「新生児期一過性副甲状腺機能亢進症」は、その発症のメカニズムは不明のままでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所(生命創成探究センター)の鈴木喜郎助教と富永真琴教授は、カナダ・トロント大学、宮崎大学医学部、米国・フィラデルフィア小児病院、北里大学病院、都立小児総合医療センター、都立墨東病院、埼玉医科大学病院との共同研究によって、新生児一過性副甲状腺機能亢進症の原因が、細胞膜上にある、カルシウムを選択的に透過する役割をしている膜タンパク質である「TRPV6」にあることを明らかにしました。今回の成果は、TRPV6が胎盤における母子間カルシウム輸送を担っていることを示しています。本研究結果は、米国人類遺伝学会の学会誌American Journal of Human Genetics誌(2018年5月31日 電子版)に掲載されました。
カルシウムは、我々が生命活動を維持する上で欠かすことのできない、極めて重要な成分です。骨の主要な原料であるだけでなく、細胞内でシグナル伝達因子として機能しています。さらにカルシウムは、細胞内外に存在する多くの酵素や、その他のタンパク質が機能を発揮する上で、必要な補因子としても機能していることが知られています。
そして、赤ちゃんの発育にとってもカルシウムは重要な役割を果たしています。特に胎児期には脳神経系や心臓、その他の組織・器官が正常に発達するために、母親から充分な量のカルシウムを供給してもらう必要があります。さらに妊娠の最終段階では、赤ちゃんの骨の石灰化が進み、ある程度の強度を持った状態で産まれることによって、生後の自発的な呼吸や運動が可能となります。このように胎児の発育には欠かすことのできないカルシウムですが、赤ちゃんの体内で自力で作られることはなく、胎盤を通じて母親側から胎児側へ運ばれることで賄われます。特に妊娠終期では、胎児の骨の石灰化のため1日に300mgという非常に多くのカルシウムが運ばれるといった報告もあります。しかしながら、このような極端な量のカルシウムを輸送するための機能とは一体どのようなものであるのか、そのメカニズムは今までよく分かっていませんでした。
そして、発症にカルシウムが大きく関わっていると考えられている疾患があります。それが「新生児一過性副甲状腺機能亢進症」です。この疾患は、新生児期初期にみられる稀な骨・内分泌代謝疾患で、何らかの原因によって胎児期の骨の石灰化が進まず、呼吸困難や肋骨の骨折など、呼吸器にさまざまなトラブルをもたらします。出生後の適切な治療によって徐々に回復することから、発症の原因のひとつは胎盤の機能低下であろうと考えられてましたが、実際にどのような機序で発症するのか、その詳しいメカニズムについては、これまでよくわかっていませんでした。
研究グループは、実際に新生児一過性副甲状腺機能亢進症を発症した赤ちゃんの遺伝子解析を行いました。結果、カルシウムを選択的に透過するイオンチャネルであるTRPV6の遺伝子に変異があることがわかりました。これは世界初の発見です。さらに解析を進めたところ、同様の症状を持つ複数の患者からも同じく変異が見つかったことから、新生児一過性副甲状腺機能亢進症の原因がTRPV6遺伝子への変異であることは確実なものとなりました。
次に、遺伝子変異の機能的な意義を明らかにするため、TRPV6チャネル自体を詳しく観察しました。結果、TRPV6が本来存在するべき細胞膜上へ適切に運ばれないという変異が起きていることがわかりました。その他にもTRPV6の安定性を低下させるもの、細胞内のカルシウム濃度が逆に高くなりすぎて細胞死を引き起こすもの、TRPV6のメッセンジャーRNAが正しく形成されないものなどの、さまざまな形の変異が見つかりました。
富永教授は、「疾患の原因を早期に発見することによって、より適切な治療や予防が可能になるとともに、将来の根本的治療法や治療薬の開発が期待されます。さらに今回の研究結果によって、今まで単にビタミンD欠乏症と分類されていた患者の中にも、本当の原因としてTRPV6遺伝子変異によるカルシウム輸送低下が存在することが示唆されました。」と話しています。
本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。
今回の発見
- 新生児一過性副甲状腺機能亢進症はTRPV6遺伝子の変異によって起こることを明らかにしました。
- TRPV6の細胞膜への輸送阻害や細胞内カルシウム濃度上昇による細胞死など、複数の機序による母子間カルシウム輸送の低下が想定されました。
- 胎盤における母子間カルシウム輸送はTRPV6が担っていることがわかりました。
図1 胎盤における母子間カルシウム輸送の分子メカニズム
胎児の骨をつくるためのカルシウム(Ca2+)は、胎盤によって母親側から胎児側へと輸送されますが、そのメカニズムは長い間不明でした。今回私達は、TRPV6というイオンチャネルがCa2+を母親側から胎盤絨毛上皮細胞の中へと輸送していることを明らかにしました。細胞内へと輸送されたCa2+はその後、Ca2+結合タンパク質との結合を経て、Ca2+ポンプの働きによって胎児側へと輸送されると考えられます。
この研究の社会的意義
今回の知見は、新生児期一過性副甲状腺機能亢進症の迅速な診断による適切な治療に結びつくと考えられます。また分子標的薬の開発など、根本的な治療法の開発が今後期待されます。
論文情報
TRPV6 variants interfere with the maternal-fetal calcium transport through the placenta causing neonatal transient hyperparathyroidism.
Yoshiro Suzuki , David Chitayat, Hirotake Sawada, Matthew A. Deardroff, Heather M. McLaughlin, Amber Begtrup, Kathryn Millar, Jennifer Harrington, Karen Chong, Maian Roifman, Katheryn Grand, Makoto Tominaga, Fumio Takada, Shirley Shuster, Megumi Obara, Hiroshi Mutoh, Reiko Kushima, Gen Nishimura.
Am. J. Hum. Genet. (電子版) 2018年 5月31日
お問い合わせ先
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所(生命創成探究センター)細胞生理研究部門
助教 鈴木 喜郎 (スズキ ヨシロウ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
国立大学法人 宮崎大学 企画総務部広報・渉外課
学校法人 埼玉医科大学 広報
リリース元
自然科学研究機構 生理学研究所
国立大学法人 宮崎大学
学校法人 埼玉医科大学
関連部門
細胞生理研究部門
関連研究者
教授 富永 真琴
助教 鈴木 喜郎