2018-06-13 名古屋市立大学,日本医療研究開発機構
名古屋市立大学大学院医学研究科の田中靖人教授、林佐奈衣研究員は、Alaska Native Tribal Health ConsortiumのBrian J. McMahon教授らとの共同研究の成果として、B型肝炎ウイルス(HBV)の中でもアラスカで多く認められる遺伝子型のゲノタイプF1b(注1)に特異的なウイルス変異 (A2051C) がHBV感染粒子の産生を促し、若年肝がんの発症に関連していることを世界で初めて証明しました。これらの結果は、B型肝炎の発癌メカニズムや病態の解明、新薬の開発に道を開く可能性を示しました。本研究は米国科学雑誌「Hepatology(ヘパトロジー)」の電子版(2018年6月12日付)に公開されました。
本研究成果のポイント
- 若年で肝がんを発症したアラスカ原住民は日本人と同じモンゴロイドだが、日本人とは全く異なる遺伝子型のHBVゲノタイプF1bに感染していることを明らかにしました。
- HBVゲノタイプF1bによる発がん患者では、ウイルスのコアたんぱく質(注2)を産生する遺伝子領域に変異が多く起こり、その変異の一つであるA2051C変異は、ウイルス複製を上昇させることが明らかとなりました。
- マウスにA2051C変異を持つHBVを感染させると、肝線維化が亢進し、がん遺伝子の発現が上昇することを世界で初めて発見しました(図1)。
- コアたんぱく質を標的とした新規治療薬の開発により、B型肝炎の進行や肝がんの発生を抑える可能性が期待されます。
背景
B型肝炎ウイルスに感染したアラスカ原住民(モンゴロイド)の肝がん罹患率は年間で男性387/100,000人、女性63/100,000人であり、世界の肝がん罹患率(男性14.67/100,000人、女性4.92/100,000人) と比較し高頻度であることが問題視されています。2007年に共同研究者のMcMahon教授らのグループにより、①アラスカ原住民の肝がん発症はHBVゲノタイプFに持続感染した患者で多く認められること、②HBVゲノタイプFの肝がん発症年齢は22.5歳と、他のゲノタイプの60歳と比較して若年であることが報告されていました(図1)。日本を含むアジアでは、HBVゲノタイプ Ceがコアプロモーター変異(注3)を獲得することでHBV感染粒子の産生を促し、B型慢性肝炎患者の病態進展に関わることが多数報告されていますが、アラスカで蔓延するゲノタイプFの病原性や肝がん発症のメカニズムは明らかとなっていませんでした。
本研究では、ゲノタイプFに感染した若年の肝がん患者に見られる特異的なウイルス変異を同定し、その変異に伴うウイルス学的な特徴と肝がん発症メカニズムの解明を試みました。
内容
研究グループは、HBs抗原陽性キャリア(注4)で肝がんを発症したアラスカ原住民20名を対象に、肝がん診断時および約13年前の患者血清を収集し、HBVの全塩基配列を決定しました。その結果、①肝がんを発症した全例がHBVゲノタイプF1型に感染しており、②肝がん発症に関連してコアたんぱく質を構成する遺伝子に特異的なA2051C変異(以下、2051変異)を同定しました。
2051変異は、これまでに肝がんとの関連が報告されていたコアプロモーター変異とともに、経時的に増加することが明らかになりました。解析の結果、2051変異はHBV複製の場であるヌクレオカプシド(注5)を構成するコアたんぱく質の2量体形成を安定させ、HBV感染粒子の産生と放出を促進させることが分かりました。
さらに、この2051変異ウイルスを、ヒト肝細胞をもつキメラマウスへ感染させたところ、早期にウイルス量が増加し、肝臓内で炎症性細胞の浸潤や線維化が認められ、myc(注6)をはじめとした複数のがん遺伝子が高発現することが明らかとなりました。以上の結果から、HBVゲノタイプF1bのコア2051変異が早期に病態を進展させ、若年の肝がん発症に関与する可能性が示唆されました。
今後の展開
本研究では、これまで原因不明であった若年肝がん発症メカニズムの一端を明らかにしました。若年肝がん患者で認められる2051変異は、HBV感染粒子の産生に必須なコアたんぱく質の2量体形成を安定化させることがわかりました。したがって、この2量体形成を阻害することで、HBVの複製を抑えるだけでなく、線維化や肝がん発症を予防できる可能性があり、新規の分子標的治療薬の開発にもつながることが期待されます。
用語解説
- (注1)HBVゲノタイプ F1b:
- HBVは、8%以上の塩基配列差より9種類のHBV ゲノタイプに分類される。HBV ゲノタイプには地域特異性があり、アラスカではHBV ゲノタイプ Fが特徴的である。
- (注2)コアたんぱく質:
- HBV複製と感染粒子の構成に必須なたんぱく質。
- (注3)コアプロモーター変異:
- 肝傷害の進行に関与するHBV遺伝子変異。
- (注4)HBs抗原陽性キャリア:
- HBs抗原が陽性の場合、現在HBVに感染していることを示す。
- (注5)ヌクレオカプシド:
- コアたんぱく質の集合体。ヌクレオカプシド内部でウイルス核酸合成が行われる。
- (注6)myc:
- 細胞増殖や細胞分化に関与するがん遺伝子。
原著論文
本研究は、American Association for the Study of Liver Diseases(米国肝臓学会)の電子版雑誌「Hepatology(ヘパトロジー)」で2018年6月12日に公開されました。
- 論文タイトル:
- A novel association between core mutations in hepatitis B virus genotype F1b and hepatocellular carcinoma in Alaskan Native People(アラスカ原住民で蔓延するHBVゲノタイプF1bのコア変異と肝細胞癌の新規関連)
- 筆者:
- Sanae Hayashi1, Anis Khan1, Brenna C. Simons2, Chriss Homan2, Takeshi Matsui3, Kenji Ogawa4, Keigo Kawashima1, Shuko Murakami1, Satoru Takahashi1, Masanori Isogawa1, Kazuho Ikeo5, Masashi Mizokami6, Brian J. McMahon2, Yasuhito Tanaka1 (田中靖人)
- 共同研究/協力施設:
- 名古屋市立大学1, Liver Disease and Hepatitis Program, Alaska Native Tribal Health Consortium, Anchorage, Alaska, USA2,手稲渓仁会病院3, 理化学研究所4, 国立遺伝学研究所5,国立国際医療研究センター6
謝辞
本研究は日本医療研究開発機構(AMED)の助成を受け、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業「実用化に向けたB型肝炎新規治療薬の探索及び最適化」(17fk0310101h0001,18fk0310101h0002)の支援により行われました。
資料
図1 B型慢性肝炎ゲノタイプFの肝がんメカニズム
お問い合わせ先
研究全般に関するお問い合わせ先
名古屋市立大学大学院医学研究科
教授 田中靖人
AMED事業に関するお問い合わせ先
日本医療研究開発機構 戦略推進部 感染症研究課
(肝炎等克服実用化研究事業 担当)