2022-07-27 京都大学
ヒト母乳栄養児の腸内では一般にビフィズス菌優勢な細菌叢(そう)が形成され、免疫系の発達に影響を及ぼすことが知られています。私たちはこれまでの研究において、母乳に含まれるオリゴ糖成分(ヒトミルクオリゴ糖:HMOs)がビフィズス菌の選択的増殖因子(ビフィズス因子)として機能することを明らかにしてきました。このことから、欧米を中心に一部のHMOsの商業生産と調製乳への添加が始まっています。しかしながら、ビフィズス菌は菌種や菌株によってHMOsの利用戦略や利用能力が大きく異なっており、どのような条件において特定のビフィズス菌が優勢となるのかについては不明な点が多く残されていました。特に、Bifidobacterium breveはHMOs利用能が非常に低いにも関わらず、多くの母乳栄養児の腸内において優勢となることから、そのメカニズムの解明が期待されていました。
今回、尾島望美 生命科学研究科博士研究員および片山高嶺 同教授らは、乳児におけるビフィズス菌叢形成に生態学的視点を取り入れることで、B. breveが優勢となる場合においては「先住効果」が大きな影響を及ぼしていることを明らかにしました。すなわちB. breveは、高いHMOs利用能を有する菌種(Bifidobacterium infantisやBifidobacterium bifidum)が環境中に導入される前、あるいはほぼ同時に導入された場合に、それらが分解したHMOsの一部、特にフコースを奪うことでコミュニティーを独占することが可能であることがin vitroの混合培養実験によって分かりました。フコースはHMOsの構成糖です。この結果を踏まえて、ヨーロッパで行われた大規模な乳児コホートの糞便DNAメタゲノムデータを解析したところ、出生直後にB. breveが既に検出されていた乳児では、4ヵ月時点においてB. breveがビフィズス菌コミュニティーの優占種(50%以上)となっている頻度が有意に高いこと、また、このような傾向は他のビフィズス菌種では全く観察されないことが分かりました。加えて、B. bifidumが検出される乳児では、検出されなかった乳児と比較して腸内細菌叢全体に占めるビフィズス菌の占有率が有意に高いことも分かりました。B. bifidumがB. breveのみならず他のビフィズス菌にも分解した糖を与えることは、先述したin vitroの混合培養実験からも強く示唆されています。
乳児期の腸内細菌叢形成はヒトの一生の健康状態に影響を与えることが示唆されており、そのため特に先進国においては乳児期に積極的な介入を行うことが検討され始めています。本成果は、調製乳へのHMOs添加が始まった現在において、より効果的な介入を行うために重要な情報を提供するものと考えられます。
本研究成果は、2022年6月29日に、「The ISME Journal」にオンライン掲載されました。
B. breve(緑色)は、乳児型ビフィズス菌のうち母乳オリゴ糖利用能が最も低いにもかかわらず、初期に環境中に導入されるとビフィズス菌コミュニティーを圧倒する(in vitroでの培養実験)
研究者情報
研究者名:片山 高嶺