ダイヤモンド量子イメージング、 心臓が作る磁場をミリメートルスケールで可視化 〜心疾患の発生機構解明に向けた新たなツール〜

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2022-08-23 東京大学

【要点】
○ラットの心臓鼓動が作る磁場を、ミリメートルスケールで可視化することに成功
○ミリメートルスケールという高い分解能は、小型ヘッドに搭載したダイヤモンド量子センサを、心臓表面から1ミリメートルの距離で走査しながら磁場を測定することで実現
○本技術は、不整頻脈等の心疾患の発生・成長の機構を解明するための強力なツールとなることが期待

【概要】

東京工業大学 工学院 電気電子系の荒井慧悟准教授、西谷大祐大学院生(博士後期課程)、岩崎孝之准教授、波多野睦子教授、東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻の桑波田晃弘特任助教(現 東北大学 准教授)および関野正樹教授らの文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププロジェクト(Q-LEAP)のグループは、ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)センタ(用語1)による量子センサ(用語2)を用いて、ラットの心磁(用語3)をミリメートルスケールの空間分解能で可視化することに成功した。

心磁イメージングに使われる既存センサは、その動作に極低温などの極限環境が必要、またはセンサ自体が大きいために心臓の表面近くの測定が困難であり、その空間分解能はセンチメートルスケールに留まっていた。本研究では、室温で動作可能かつ小型化が容易という利点を持つダイヤモンド量子センサを用いて、心臓表面から1ミリメートルという近距離での心磁イメージングを実現し、ミリメートルスケールの空間分解能を得ることに成功した。この高い空間分解能は、ミリメートルスケールで発生・成長する不整頻脈等の原因を解明するために、有益なツールとなり得ることを示した。ダイヤモンド量子センサ技術は、将来的には、脳や筋肉の活動が作る磁場の可視化にも転用でき、生体磁場計測に基づいた医療分野で新たな「目」となる可能性がある。

本成果は、科学誌「Communications Physics」に8月23日にオンライン掲載された。

●背景

心臓は、内部で規則正しく電流を発生させ筋肉を収縮させることで心拍をコントロールしている。その電流が乱れる現象である不整脈は、さまざまな心臓疾患の要因のひとつとなっている。この不整脈は、ときとして命に係わる事態を招くが、その発生や成長のメカニズムは未だ完全に解明されていない。

心臓疾患の発生機構解明のためには、心臓電流の様子の可視化が効果的と考えられており、可視化技術のひとつとして心磁イメージングが近年注目されている。心磁イメージングは、従来の電気生理学的検査(用語4)とは異なり磁場を検出対象としているため、生体の電気の流れやすさなどに影響を受けず、心臓電流のありのままの姿を捉えられることが強みである。ところが、心磁イメージング技術として現在実用化されているSQUID(用語5)やOPM(用語6)は、提供する空間分解能がセンチメートルスケールに留まっており、ミリメートルスケールの微小領域から発生する不整脈の解明には不十分である。そのため、より高い空間分解能を実現できる新たな心磁イメージング技術が求められている。

●研究成果

本研究では、ダイヤモンド中の窒素・空孔欠陥による量子センサを初めて心磁イメージングに応用し、ラットの心臓(図1a)内部を流れる電流が作る磁場をミリメートルスケールの空間分解能で可視化することに成功した(図1b)。特に、室温で動作可能であり小型化も容易であるというダイヤモンド量子センサの利点を活かして、心臓表面から1ミリメートルの距離で磁場計測ができるようになったことが、高い空間分解能を得られた要因と言える。この近距離の実現のため、ダイヤモンドを放熱性に優れた先端が10ミリメートル四方のアルミヘッドに搭載し、心臓を人工呼吸管理のもと胸部切開によって露わにした。心磁の2次元画像化は、ラットを量子センサに対して水平方向に移動させることで達成した。また、ダイヤモンド量子センサの装置は約60センチメートル立方の大きさで、環境磁場ノイズを低減するために全体が4層の磁気シールドで囲まれている。さらに、得られた磁場の画像から、心臓内部の電流密度を推定した(図1c)。

ダイヤモンド量子イメージング、 心臓が作る磁場をミリメートルスケールで可視化 〜心疾患の発生機構解明に向けた新たなツール〜
図1 ラット心磁イメージングの結果。(a)ラット心臓のMRI画像。(b)ダイヤモンド量子センサによるミリメートルスケールの心磁画像。(c)心磁画像から予測された心臓の電流密度。(K. Arai et al. Communications Physics)

●社会的インパクト

ミリメートルスケールでの心磁イメージングを達成した本技術は、種々の心臓疾患の研究を発展させるうえで重要なツールとなり得る。例えば、心磁から心臓内部の電流分布を特定する技術を応用することで、電気信号の渦巻型興奮(用語7)や異常自動能(用語8)といった不整頻脈の発生および成長をより精密に分析することが可能となる。

●今後の展開

本研究はヒトを含む高等生物の生体磁場計測をダイヤモンド量子センサで切り拓くものであり、今後は心疾患の原因解明に向けた研究を進めるに留まらず、脳磁(用語9)や筋磁(用語10)計測への応用や、臨床・実生活における実装も視野に入れた研究を展開していく。ダイヤモンド量子センサは、医療や次世代IoTの分野で新たな「目」となる可能性がある。

●付記

本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププロジェクト(Q-LEAP)「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」(No. JPMXS0118067395/ JPMXS0118068379)の支援を受けて行われた。

また、今回「Communications Physics」に掲載された論文は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構、国立研究開発法人物質・材料研究機構との共著論文である。

【用語説明】

(1)窒素-空孔(NV)センタ:炭素原子からなるダイヤモンド結晶において、炭素1個が窒素に置き換わり、その窒素に空孔1個が隣接している構造。
(2)量子センサ:量子力学に基づく物理を利用したセンサ。ダイヤモンド量子センサは、NVセンタのスピン状態の操作および読み出しを行うことでセンサとして働く。
(3)心磁:心臓の鼓動を引き起こす心筋の電気的活動が作りだす磁場。
(4)電気生理学的検査:X線透視をした電極カテーテルを用いて心臓の電流活動を記録する検査手法。
(5)SQUID:超伝導量子干渉計。ジョセフソン接合を含む環状の超伝導体を用いた磁場センサ。
(6)OPM:光ポンピング磁力計。光ポンピングを利用して磁場の大きさを計測することを目的としたセンサ。
(7)渦巻型興奮:通常の心臓の活動では、電気的興奮が心房から心室にかけて順番に伝達するが、途中で渦を巻いてしまったもの。
(8)異常自動能:通常の心臓の活動とは異なった場所で発生する電気的興奮の発生源。
(9)脳磁:脳の電気的活動が作りだす磁場。
(10)筋磁:筋肉中の電気信号が作り出す磁場。

【論文情報】

掲載誌:Communications Physics
論文タイトル:Millimetre-scale magnetocardiography of living rats with thoracotomy
著者:Keigo Arai, Akihiro Kuwahata, Daisuke Nishitani, Ikuya Fujisaki, Ryoma Matsuki, Yuki Nishio, Zonghao Xin, Xinyu Cao, Yuji Hatano, Shinobu Onoda, Chikara Shinei, Masashi Miyakawa, Takashi Taniguchi, Masatoshi Yamazaki, Tokuyuki Teraji, Takeshi Ohshima, Mutsuko Hatano, Masaki Sekino, and Takayuki Iwasaki
DOI:10.1038/s42005-022-00978-0

医療・健康
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