人間の耳に聴こえない超高周波を豊富に含む音が 血糖値上昇を抑制することを発見 〜糖尿病に対する「情報医療」の開発に期待〜

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2022-11-10 国立精神・神経医療研究センター

研究のポイント

  • 人間の耳では音として感じることのできない20kHz以上の超高周波を豊富に含む音が、ブドウ糖負荷後の血糖値上昇を顕著に抑制することを、世界で初めて発見しました。
  • 超高周波を含む音による血糖値上昇の抑制効果は、年齢の高い人やHbA1cの高い人(日常的に血糖値が高めの人)など、糖尿病のリスクが高い人でより顕著に認められました。
  • 今回の発見は、人間の耳に聴こえない超高周波を豊富に含む音が耐糖能を改善することにより、糖尿病の予防に繋がることが期待されます。

研究の概要

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所疾病研究第七部の本田学部長らと、公益財団法人 国際科学振興財団(FAIS) 情報環境研究所の大橋力所長、河合徳枝特任上級研究員らとの共同研究グループは、人間の耳に音として感じることのできない20kHz以上の超高周波を豊富に含む音が、ブドウ糖負荷後の血糖値上昇を顕著に抑制することを、世界で初めて発見しました。また、超高周波を含む音による血糖値上昇の抑制効果は、年齢の高い人やHbA1cの高い人(日常的に血糖値が高めの人)など、糖尿病のリスクが高い人でより顕著に認められました。
今回の発見は、人間の耳に聴こえない超高周波を豊富に含む音が、耐糖能を改善し、糖尿病を予防する可能性を示唆しています。薬物療法や外科療法、再生医療などに代表される現代医学では、病気に対して物質面からアプローチする〈物質医療〉が主流となっています。今回の研究成果は、音や光といった感覚情報が脳神経系を介して治療効果や予防効果をもたらす〈情報医療〉を切り拓くものであり、物質医療ではアプローチすることが難しい領域の治療を補完することが期待されます。
この研究成果は、Nature誌の姉妹誌であるScientific Reports誌オンライン版に日本時間2022年11月2日に公開されました。

研究の背景

うつ病や不安障害といった心の病気だけでなく、糖尿病や高血圧などの生活習慣病に対して、ストレスマネージメントが重要であることが広く知られています。しかし、ストレスの原因や対処法は人によって大きく異なるため、心理的・主観的なアプローチが主体であり、客観的なアプローチが困難です。私たちはこの問題に対して、脳の情報処理の側面から病態解明と治療法開発を目指す新しい健康・医療戦略として〈情報医学・情報医療〉※を提案してきました。その研究開発のなかで、人類の遺伝子や脳が進化のなかでつくられた熱帯雨林の自然環境音や、さまざまな文化圏の音楽には、人間の可聴域上限である20kHzを超え100kHzに及ぶ超高周波が豊富に含まれるのに対して、都市の環境音やCD・デジタル放送の音声信号にはそうした自然由来の超高周波がほとんど含まれないことを明らかにしました。さらに、超高周波を豊富に含み複雑に変化する音は、自律神経系や内分泌系の中枢である中脳や間脳、およびそこから前頭葉に拡がる報酬系神経回路の脳血流を増大させて活性化するとともに、免疫能を高め、ストレスホルモンを低下させる効果をもつことを発見し、ハイパーソニック・エフェクト※として報告してきました。本研究では、自然環境音に含まれる人間の耳に聴こえない超高周波が、内受容感覚や自律神経系と密接な関係のある耐糖能におよぼす影響を、糖尿病の標準的な検査法である経口ブドウ糖負荷試験をもちいて検討しました。

研究の内容

糖尿病の治療を受けていない健康な研究参加者25名を対象として、以下の3つの異なる音条件のもとで経口ブドウ糖負荷試験を実施しました。1.超高周波を豊富に含む自然環境音(Full-range sound; FRS)、2.同じ自然環境音から20kHz以上の超高周波を除外した音(High-cut sound; HCS)、3.暗騒音のみ(No sound; NS)。
今回の研究では、経口ブドウ糖負荷試験で実施する採血のストレスが血糖値に及ぼす影響を最低限に抑えるため、血糖値の計測には、糖尿病患者の日常生活における血糖値を持続的にモニタリングする目的で使用されているFreeStyle LibrePro(米国Abbott社製)を使用しました。この装置は、ごく細い針を備えたセンサーを上腕に装着することで、痛みや不快感なく、血糖値を15分ごとに約2週間連続して計測することが可能です。
標準的な経口ブドウ糖負荷試験の手順に従って、75グラムのブドウ糖を含む溶液を飲んだ後、15分ごとに2時間血糖値を計測し、音条件の違いによってブドウ糖負荷後の血糖値上昇がどのように変化するかを調べました。
その結果、超高周波を豊富に含む自然環境音(FRS)を聴いている時には、全く同じ音から超高周波だけを取り除いた自然環境音(HCS)を聴いている時や、暗騒音のみの時(NS、通常の検査環境)と比較して、ブドウ糖を摂取した後の血糖値の上昇が顕著に抑えられることが明らかになりました(反復測定分散分析による音条件主効果P = 0.000012, FRSとHCSの比較 P = 0.000012, FRSとNSの比較 P = 0.0018; P値は結果が偶然発生する危険率を表し、通常はP < 0.05で統計的有意とみなします)。

高周波の音のある環境と無い環境でのブドウ糖不可からの経過時間と空腹時からの血糖値上昇のグラフ

今回の研究対象は糖尿病の治療を受けていない健康な人ですが、その中には糖尿病の潜在的なリスクを持った人も含まれる可能性があります。そこで、耐糖能異常のリスクと超高周波による血糖値上昇の抑制効果との関係を明らかにするために、研究参加者を半分ずつ高年齢群(59歳以上)と低年齢群(58歳以下)に分けて別々に解析しました。血糖値上昇の全体像を捉えるために、ブドウ糖負荷後の血糖値曲線の下の面積(Incremental Area Under the Curve: iAUC)を指標として用いて、音条件間で比較しました。その結果、音条件の違いによる血糖値の上昇抑制効果は、高年齢群でのみ観察され(音条件主効果 P = 0.013)、低年齢群では観察されませんでした(音条件主効果 P = 0.74)。

研究参加者を半分ずつ高年齢群(59歳以上)と低年齢群(58歳以下)に分けて別々に解したグラフ

さらに、実験時に簡易計測したHbA1c(過去1〜2ヶ月間の血糖値を反映し、日常の血糖値が高いほど高値を示す)の値により、高値群(HbA1c 5.5〜6.5%)と低値群(HbA1c 4.5〜5.4%)との半分に分けて別々に解析したところ、音条件の違いによる血糖値の上昇抑制効果は、HbA1c高値群でのみ観察され(音条件主効果 P = 0.0081)、HbA1c低値群では観察されませんでした(音条件主効果 P = 0.23)。

音条件の違いによる血糖値の上昇抑制効果がHbA1c高値群でのみ観察されたことを示すグラフ

これらの研究成果は、人間の耳に聴こえない超高周波を豊富に含む音が、耐糖能異常の潜在的なリスクが高い人の血糖値上昇を抑制することを示しており、糖尿病の予防に繋がることが期待されます。

今後の展望

ストレスマネージメントの重要性は、多くの疾患で指摘されていますが、ストレスの内容や対処法は個人によって大きく異なっているため、そのアプローチは主観的・心理的なものにならざるを得ません。一方、今回の研究では、人間が音として知覚することのできない超高周波を豊富に含む音によって、ブドウ糖負荷後の血糖値の上昇が抑制されることが明らかになりました。このことは、従来の個別性の高い心理的なアプローチとは異なる原理をもち、人間にとって普遍性・客観性のある反応を導くことができる音情報を用いた新しいストレスマネージメントの可能性を拓くものと考えられます。さらに、こうした新しい健康・医療戦略は、糖尿病以外にも、たとえばうつ病や高血圧などのように、ストレスと密接な関連をもつ疾患にも有効である可能性があります。今後、糖尿病以外の疾患についても検討を進めていく予定です。また、超高周波が血糖値の上昇を抑制する神経メカニズムを詳しく調べていく必要があります。
なお、今回の研究は、糖尿病の治療を受けていない健康な人を対象として実施しました。また、超高周波を含む音が血糖値に及ぼす影響を検討する第一歩として、糖尿病の診断目的で標準的に用いられる経口ブドウ糖負荷試験を用いました。従って、超高周波を豊富に含む音が、実際に糖尿病の人の血糖値を長期的に抑制する治療法になり得るかどうかは、今後患者を対象とした臨床研究を実施して検討する必要があります。さらに、予防効果を検証するためには、多くの研究参加者を対象とした大規模で長期間にわたる検討が必要です。
こうした一連の研究開発が実現することにより、情報医学・情報医療が新たな健康・医療戦略として確立されていくことが期待されます。
また本研究は、ムーンショットプロジェクトの目標である感性に重要な内受容感覚の気づきを促すAwareness Music/Soundの開発に大きく貢献する研究成果と言えます。

用語説明

・情報医学・情報医療
1989年に大橋力、小田晋、村上陽一郎らによって、〈情報環境学〉の枠組みが提唱されました。これは、環境から生物に入力される〈物質〉と〈情報〉は脳にとって同じ意味(等価性)をもつという新しいパラダイムに基づき、環境を評価する尺度として、従来の〈物質〉と〈エネルギー〉に〈情報〉を加え、これら三者が有機的に一体化したものとして環境を捉える発想の枠組みのもとに構成された学問体系です。情報医学・情報医療は、情報環境学を母体として提案された新しい健康・医療戦略です。脳の情報処理装置としての特性に着目し、情報の側面から様々な精神・神経疾患の病態解明と治療法開発にアプローチします。
・ハイパーソニック・エフェクト
人間が音として感じることのできる周波数の上限20kHzを超えた高周波成分を豊富に含み複雑に変化する非定常な音が、それを聴く人の中脳・間脳と、そこを拠点として前頭葉に拡がる報酬系神経回路を活性化することにより、音を美しく快く感じさせるとともに、そうした音をより強く求める接近行動を引き起こし、同時に免疫系の活性化やストレスホルモンの低下といった全身の生理反応を導く現象。この発見は、現在のハイレゾリューション・オーディオ(以下ハイレゾという)開発の引き金を引くことになりました。一方、ハイレゾ規格が人間の可聴域にのみ対応したCD規格より広帯域・高解像度であるとはいえ、ハイレゾであることが即ハイパーソニック・エフェクト発現を促すものではありません。その音源にハイパーソニック・エフェクトを導く音響構造(40kHzを超え時として100kHzをも超え、ミクロな時間領域の複雑なゆらぎ構造をともなう豊富な超高周波成分)が含まれ、それが聴取者の体表面に十分な強度で到達していることが必要です。

論文情報

・著者
Norie Kawai, Manabu Honda, Emi Nishina, Osamu Ueno, Ariko Fukushima, Rikka Ohmura, Nahiko Fujita & Tsutomu Oohashi
・論文名
Positive effect of inaudible high-frequency components of sounds on glucose tolerance: a quasi-experimental crossover study.
・掲載誌
Scientific Reports, 12, Article number: 18463 (2022) (Online publication).
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-022-23336-0
URL:https://rdcu.be/cYQbV
・参考文献
大橋 力:情報環境学,朝倉書店,1989.
Oohashi, T. et al. Inaudible high-frequency sounds affect brain activity: Hypersonic effect. J Neurophysiol 83, 3548-3558; 10.1152/jn.2000.83.6.3548 (2000).
Honda, M. Information environment and brain function: A new concept of the environment for the brain. in Neurodegenerative disorders as systemic diseases (ed Wada, K.) 279-294 (Springer Japan, 2015).
大橋 力:ハイパーソニック・エフェクト,岩波書店,2017.
Yamashita, Y. et al. Induction of prolonged natural lifespans in mice exposed to acoustic environmental enrichment. Sci Rep 8, 7909; 10.1038/s41598-018-26302-x (2018).

助成金

本研究成果は、以下の支援を受けて実施しました。
・文部科学省科学研究費補助金
・内閣府ムーンショット型研究開発事業目標9
・株式会社ミライズテクノロジーズ研究費

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
本田 学(ほんだ まなぶ)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 疾病研究第七部 部長

公益財団法人 国際科学振興財団
特任上級研究員/情報環境研究所 副所長
河合 徳枝(かわい のりえ)

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課 広報室

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