2022-11-15 国立がん研究センター,国立精神・神経医療研究センター,国立高度専門医療研究センター医療研究連携推進本部
発表のポイント
- 日本のコホート研究において、野菜・果物およびフラボノイドの豊富な果物の摂取が、うつ病のリスク低下と関連するかどうかを調べました。
- 本研究では、果物およびフラボノイドの豊富な果物の摂取量が多いほど、うつ病が発症するリスクが低いことが分かりました。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、所在地:東京都中央区)と国立精神・神経医療研究センター(理事長:中込 和幸、所在地:東京都小平市)などで構成される研究グループは、平成2年(1990年)時点で長野県佐久保健所管内の南佐久郡8町村に在住の40から69歳の約1万2千人のうち、平成26から27年(2014から15年)に実施した「こころの検診」に参加した1,204人のデータから、野菜・果物およびフラボノイドの豊富な果物の摂取とうつ病との関連を調べました。その結果、果物およびフラボノイドの豊富な果物の摂取量が多いほど、うつ病が発症するリスクが低いことが分かりました。
本研究は、「多目的コホートに基づくがん予防など健康の維持・増進に役立つエビデンスの構築に関する研究」(主任研究者:澤田 典絵 国立がん研究センターがん対策研究所)の成果で、国立高度専門医療研究センター医療研究連携推進本部(JH)横断的研究推進費の支援も受けて実施し、研究成果は国際学術誌「Translational Psychiatry」にて発表されました(2022年9月26日公開)。
研究背景
こころの不調のなかでも、うつ病は、障害によって失われた健康的な生活の年数が循環器疾患と同じ程度で、個人にとっても国全体にとっても負担が大きいことで知られています。先行研究では、野菜や果物の摂取が、うつ病に予防的に働く可能性が示されており、とりわけフラボノイドというポリフェノール化合物は脳由来神経栄養因子や、酸化ストレスと神経炎症の抑制作用により抗うつ効果を持つことが示唆されていました。そこで今回の研究では、野菜・果物およびフラボノイドの豊富な果物の摂取が、うつ病のリスク低下と関連するかどうかを調べました。
調査方法
今回の研究では、1995年と2000年に行った2回の食事調査アンケートに回答があり、かつ2014年から2015年にかけて実施した「こころの検診」に参加した、1,204人を対象としました。2回のアンケートから、野菜、果物およびフラボノイドの豊富な果物の摂取量の平均値を計算してそれぞれについて人数が均等になるように5グループに分け、摂取量が最も少ないグループを基準とした場合の、他のグループのうつ病の発症リスクとの関連を調べました。また、野菜・果物に関連する栄養素として、α-カロテン、 β-カロテン、ビタミンC、ビタミン E、葉酸の平均摂取量とうつ病との関連も検討しました。解析時には、年齢、性別、雇用、飲酒、喫煙、運動習慣の影響を取り除くよう、統計学的に調整しました。
研究結果
1,204人のうち、93人が精神科医によってうつ病と診断されました(認知症によって引き起こされたうつ症状と区別するために、認知症を合併している人は除外しました)。解析の結果、果物の摂取量が最も少ないグループと比較して、摂取量が最も多いグループにおけるうつ病のオッズ比は0.34(95%信頼区間: 0.15-0.77)で、フラボノイドの豊富な果物の摂取量が最も少ないグループと比較して、摂取量が最も多いグループのうつ病のオッズ比は0.44(95%信頼区間: 0.20-0.97)でした(図1)。一方、野菜ならびに関連栄養素の摂取量と、うつ病との間には関連がみられませんでした(図2)。
図1:果物およびフラボノイドの豊富な果物の摂取量に応じたうつ病を発症するオッズ比
図2:野菜の摂取量に応じたうつ病を発症するオッズ比
まとめ
本研究では、果物およびフラボノイドの豊富な果物の摂取量が多いほど、うつ病が発症するリスクが低いことが分かりました。果物全体と、フラボノイドが豊富な果物の両方について、最も多く摂取したグループでうつ病のオッズ比が低かったことから、フラボノイド固有のメカニズムというよりも、果物全体が持つ抗酸化作用などの生物学的作用によりうつ病の発症に対して予防的に働いた可能性が考えられます。一方、野菜や関連する栄養素とうつ病との関連は見られませんでした。この理由は明らかではありませんが、野菜とうつ病に関連している様々な要因を除外しきれなかったことなどが考えられます。
本研究では、調査開始時点でのうつ病の情報を得られていないために、調査開始時点のうつ状態が野菜果物の摂取量に影響を受けていた可能性が除外しきれないこと、中高年における研究結果であるため若年者などにも当てはまる結果であるとは言えないことなどが限界点です。今回の研究の範囲内では、果物摂取量が高いグループほどリスクの低下がみられましたが、今回の結果を確かめるには、より大きな集団で行うなど、今後のさらなる研究が必要です。
多目的コホート研究(JPHC研究)について
コホート研究とは、特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡し、疾患の罹患率や死亡率を比較することで、要因と疾患との関連を調べる観察研究です。観察研究にはいくつかの手法がありますが、コホート研究は他の観察研究よりも時間とコストがかかる一方、曝露要因(原因)と疾病の罹患や発症(結果)を時間の流れに沿って追跡することから、因果関係を明らかにする手法としてより望ましいと考えられています。
国立がん研究センターを中心に、日本人での食習慣・運動・喫煙・飲酒等とがん・心筋梗塞・脳卒中等の関係を明らかにし、生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるために2つのコホート研究を行っています。
一つは、1990年に開始された多目的コホート研究です。戦前、戦中、戦後すぐに生まれた日本各地の約14万人を対象に、20年以上にわたって生活習慣や生活環境と疾病の発症について追跡調査をしています。全国の11保健所や国立循環器病研究センター、大学、研究機関、医療機関などと共同で実施しており、日本における大規模で、かつ長期追跡を行っているコホート研究のひとつです。これまでに多数の生活習慣病における予防要因・危険要因を明らかにしています。
もう一つは、戦後の新たな生活習慣との関連についても調査するため2011年から開始した次世代多目的コホート研究になり、約11万人を対象としています。
国立高度専門医療研究センター医療研究連携推進本部について
国立高度専門医療研究センター医療研究連携推進本部(Japan Health Research Promotion Bureau:JH)は、国立がん研究センター、国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研究センター、国立国際医療研究センター、国立成育医療研究センター、国立長寿医療研究センターの 6つの国立高度専門医療研究センター(NC)が世界最高水準の研究開発・医療を目指して新たなイノベーションを創出するために、6NCの資源・情報を集約し、それぞれの専門性を生かしつつ有機的・機能的連携を行うこと。またそれにより、日本全体の臨床研究力の向上に資することを目的として発足しました。
用語説明
注:オッズ比
オッズとは「見込み」のことで、ある事象が起きる確率pの、その事象が起きない確率(1 – p)に対する比を意味します。オッズ比とは二つのオッズの比のことであり、今回の研究では、野菜や果物の摂取量が最も少ないグループのうつ病の発症オッズを分母に、そのほかのグループのうつ病の発症オッズを分子にした場合のオッズの比を算出しています。
発表論文
雑誌名
Translational Psychiatry
タイトル
Association between vegetable, fruit, and flavonoid-rich fruit consumption in midlife and major depressive disorder in later life: the JPHC Saku Mental Health Study
著者名
Zui Narita, Shoko Nozaki, Ryo Shikimoto, Hiroaki Hori, Yoshiharu Kim, Masaru Mimura, Shoichiro Tsugane, Norie Sawada
DOI
10.1038/s41398-022-02166-8
URL
https://www.nature.com/articles/s41398-022-02166-8
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精神保健研究所 行動医学研究部 成田 瑞(なりた ずい)
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