動圧浮上非接触回転型遠心ポンプを用いた体外設置型連続流補助人工心臓システム「バイオフロート補助人工心臓セットHC」の保険適用

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2021-09-09 国立循環器病研究センター

国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)では、巽英介副オープンイノベーションセンター長、西中知博人工臓器部長、築谷朋典人工臓器部室長らが、研究所人工臓器部において長年に渡って研究開発・製品化に取り組んできた、世界初かつ唯一の動圧浮上非接触回転型ディスポ遠心血液ポンプを用いた体外設置型連続流補助人工心臓(VAD)システムについて、この度保険適用を達成いたしました。先進医療機器の研究開発・製品化プロセスにおいて、特定保険医療材料としての保険償還の決定はその集大成と位置づけられるものであり、今後この革新的なVADシステムの臨床使用が広がることで、重症心不全の治療成績を大きく向上させることが期待されます。
なお、本装置開発については、開発の最終段階であった2015年に「日本人工臓器学会技術賞」を受賞しています。

研究開発の背景

遠心血液ポンプ(以下、遠心ポンプ)は、インペラ(羽根車)が1分間数千回転で回転して血液を駆出するポンプですが、元来は開心術時の人工心肺用の血液ポンプとして、短時間の使用を前提に用いられてきました。しかし、その後この人工心肺用の遠心ポンプを、薬機承認の範囲を超えるオフラベルで長時間使用する補助循環が行われるようになってきました。その理由の1つが、これまで薬機承認の下で使用されてきた体外設置型拍動流VADでは十分な流量を得ることができなかったのに対して、連続流型である遠心ポンプでは高流量を得ることができることです。一方、人工心肺用の遠心ポンプは、現行の全ての製品は、羽根車の回転軸が軸受けと接しながら回転する接触回転型であり、想定を越える長期使用を行った場合、この部分に徐々に血栓が形成されて、血液中に流れ出すことが分かってきました。

遠心ポンプ「BIOFLOAT-NCVC」開発の経緯

国循人工臓器部では、この問題を根本的に解決するために、動圧浮上という仕組みでインペラがポンプの中でどこにも触れずに浮遊した状態で回転する、非接触回転型の革新的な遠心ポンプの開発に取り組んできました。原子力発電所や火力発電所の重量数百トンのタービンは、動圧浮上によって非接触回転を実現していますが、このタービンを開発・製品化している重工業メーカーと2006年に共同研究を開始し、10年間の研究開発を経て、この非接触回転技術を重量1000万分の1以下の血液ポンプに応用することに成功しました。この技術はニプロ社に技術移転され、2016年に先ず人工心肺用の遠心ポンプ「BIOFLOAT-NCVC」としての製品化を達成しました(承認番号22800BZX00321000, 22800BZX00322000)。このような動圧浮上非接触回転型のディスポーザブル遠心ポンプは、世界初かつ唯一のものです。

体外設置型連続流補助人工心臓システム「バイオフロート補助人工心臓セットHC」の非臨床試験・臨床治験・薬機承認と保健適用

人工臓器部では、この革新的ポンプを長期使用のVADシステムとする製品化開発も並行して進め、2015年からは最終的な非臨床試験(最長3ヶ月連続駆動の長期動物試験)をQMS(品質管理システム)下で実施して本システムの優れた性能を確認し、引き続く臨床治験に結びつけました。この臨床治験は、福嶌教偉移植医療部長と藤田知之心臓血管外科部門長を中心とする医師主導治験(体外設置型連続流補助人工心臓システムBR16010を用いた重症心不全患者に対する補助循環(NCVC-BTD_01))として、2017年10月から2018年5月まで国循単独施設で実施され、極めて優れた成績を収めました。
これらの非臨床試験および臨床治験の良好な結果に基づいて、ニプロ社から薬機承認を申請し、本年(2021年)3月29日に「バイオフロート補助人工心臓セットHC」として承認されました(承認番号30300BZX00093000)。従来の遠心ポンプを用いた補助循環は全て承認範囲を超えて使用するオフラベル使用でしたが、この「バイオフロート補助人工心臓セットHC」は、体外設置型連続流VADシステムとして我が国で初めて薬機承認された製品となります。この薬機承認に引き続いて、本年8月31日発の保医発0831第4号の厚生労働省保険局医療課通知において、9月1日から本VADシステムを新たに特定保険医療材料として保険適用とすることが示されました。2006年の研究開発の立案・着手から丁度15年目の節目で、この革新的VADシステムの製品化プロセスの最終ゴールに到達することが出来ました。

今後の展望

「バイオフロート補助人工心臓セットHC」は、劇症型心筋炎等の急性心不全、心筋症等の慢性心不全の急性憎悪で心原性ショックになった際に、また、心機能が改善して離脱できる(bridge to recovery:BTR)か、心機能が改善せず心臓移植の適応を考えるか(bridge to transplant:BTT) 未だ分からないときの一時的な循環補助(bridge to decision:BTD)として使用されることが予想されます。これまでの遠心ポンプと比較して、血栓ができにくく合併症も起こしにくいので、心原性ショックの患者の救命のみならず、quality of life (QOL)の改善も期待されます。また、30日間使用の承認が得られているため、今後はオフラベル使用のリスクを背負うことなく、エビデンスに基づいて承認されたVADシステムを長期間使うことができるようになります。
研究開発・製品化の観点からは、クラス4のハイリスク治療系医療機器について、企画立案・研究開発・産学連携・共同研究・非臨床試験・臨床治験・企業導出・薬機承認・保健適用までの全過程を一気通貫で、国循という1つの施設のワンストップで完遂した他に類を見ないものであり、この画期的な研究開発・製品化のプロセスは、今後の我が国におけるハイリスク医療機器開発における貴重なモデルケースになるものと思われます。

参考資料

図1.バイオフロート補助人工心臓セットHCの装着概略図
(左心補助人工心臓として使用する場合)と主要構成パーツ(血液ポンプ、モータードライバー、コンソール)

左心室に脱血管、上行大動脈に送血管が挿入され、左心室から脱血した血液が、BIOFLOAT-NCVC遠心血液ポンプによって、上行大動脈に送られます。
血液ポンプはモータードライバーに装填され、インペラが回転して血液を駆出します。回転制御はコンソールによって行われます。回路、ポンプの内面には国循人工臓器部で開発されたT-NCVC抗血栓性コーティングが施され、血栓ができにくい材料特性が賦与されています。

 

図2.遠心型血液ポンプ(BIOFLOAT-NCVC)の内部構造と非接触回転の仕組み

バイオフロート補助人工心臓セットHCシステムの遠心型血液ポンプ(BIOFLOAT-NCVC)は、動圧浮上方式非接触回転型というタイプで、体外設置型の遠心型血液ポンプとしては世界初かつ唯一のものです。インペラが血液ポンプ内で周囲に接触せずに回転し、従来の接触回転型遠心ポンプの血栓好発部位であったインペラ(羽根車)を支える軸受け部分が存在しないため、血栓形成や溶血(赤血球の破壊)が極めて起こりにくい構造となっています。インペラは3000〜7000 rpmで回転し、最大9 L/minの血液を駆出します。ポンプ内面には、T-NCVC抗血栓性コーティングが施されています。

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