2023-01-16 東京大学医科学研究所
発表のポイント
- SARS-CoV-2に感染したハムスターの死体と非感染ハムスターを24時間同居させたところ、死体から生体へウイルスが伝播した。
- SARS-CoV-2感染ハムスターの死体に対して、鼻腔・口腔及び肛門の封鎖処置(エンゼルケア)、またはエンバーミング処置を施し非感染ハムスターと同居させたところ、死体から生体へウイルスは伝播しなかった。
- COVID-19に罹患したご遺体と接する場合には感染防護対策の観点で、腔部の封鎖処置やエンバーミング処置が有効であることが分かった。
発表内容
東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、SARS-CoV-2に感染したハムスターの死体から非感染ハムスターにウイルスが伝播することおよび、エンゼルケア(注1)またはエンバーミング(注2)の処置を行うことにより、ウイルスの伝播が防げることを明らかにしました。
本研究では、「遺体からのSARS-CoV-2伝播」に関する三つの動物実験を実施しました。まず初めに、SARS-CoV-2感染ハムスターの生体1匹または死体1匹と、非感染ハムスター2匹を1グループとして同じケージに同居させ、ウイルス伝播の有無について解析を行ないました(図1)。その結果、生体と同居の場合2グループ中2グループともに非感染ハムスターへのウイルスの伝播が確認されました(図2A)。一方、死体と同居させた場合10グループ中3グループで感染ハムスターの死体から非感染ハムスターへのウイルスの伝播が確認されました(図2B)。次に、SARS-CoV-2感染ハムスターの死体において、人のご遺体に行うエンゼルケアの処置の一つである鼻腔、口腔及び肛門の封鎖を行って、非感染ハムスターと同居させたところ、10グループ中全てのグループにおいて、死体から生体へウイルスが伝播しないことが確認されました(図3)。最後に、SARS-CoV-2感染ハムスターの死体に対してエンバーミング処置を行い非感染ハムスターと同居させたところ、10グループ中全てのグループでウイルスが伝播しませんでした(図4)。
図1:SARS-CoV-2感染ハムスターの生体または死体からのウイルス伝播実験方法
SARS-CoV-2を感染させたハムスターの生体1匹または死体1匹と、非感染ハムスター2匹を1グループとして同じケージに同居させ、24時間後に感染ハムスターをケージから取り出した。感染ハムスターを取り出してから3日後に非感染ハムスターのウイルス量を測定した。
図2:SARS-CoV-2感染ハムスターの生体または死体からのウイルス伝播
SARS-CoV-2を感染させたムスターの生体との同居2グループ(A)、死体との同居10グループ(B)でウイルス伝播の有無を解析した。その結果、生体からは2グループとも非感染ハムスターへのウイルス伝播が認められた。一方、死体からは10グループ中3グループで非感染ハムスターへのウイルスの伝播が認められた。
図3:エンゼルケア処置を施したSARS-CoV-2感染ハムスターの死体からのウイルス伝播
SARS-CoV-2を感染させ、死後エンゼルケア処置を施したハムスターの死体1匹と、非感染ハムスター2匹を1グループとして同じケージに同居させ、ウイルス伝播の有無を調べた。10グループで解析した結果、いずれもウイルスの伝播は認められなかった。
図4:エンバーミング処置を施したSARS-CoV-2感染ハムスターの死体からのウイルス伝播
SARS-CoV-2を感染させ、死後エンバーミング処置を施したハムスターの死体1匹と、非感染ハムスター2匹を1グループとして同じケージに同居させ、ウイルス伝播の有無を調べた。10グループで解析した結果、いずれもウイルスの伝播は認められなかった。
本研究により、 SARS-CoV-2が死体から生体へ伝播する可能性が示唆されましたが、鼻腔、口腔及び肛門などの腔部を封鎖するエンゼルケア処置や、防腐剤を用いたエンバーミング処置を行うことにより、死体から生体へは伝播が防げることが明らかとなりました。これらの結果から、感染遺体と接する場合において感染防護対策の観点でSARS-CoV-2感染遺体における腔部への封鎖処置は有効であることが示唆されました。
研究成果は、2023年1月10日に米国科学雑誌「mSphere」のオンライン版で公開されました。
なお本研究は、東京大学、国立国際医療研究センター、千葉大学、国立感染症研究所、株式会社ジーエスアイが共同で行ったものです。本研究成果は、厚生労働科学研究費「遺体における新型コロナウイルスの感染性に関する評価研究」(20HA2008)、日本医療研究開発機構(AMED)の新興・再興感染症研究基盤創生事業(海外拠点研究領域)(JP22wm0125002)並びにワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(JP223fa627001)の一環として得られました。
※本研究の成果の一部は、2023年1月6日に改訂された「新型コロナウイルス感染症により亡くなられた方及びその疑いがある方の処置、搬送、葬儀、火葬等に関するガイドライン」におけるエンゼルケア(死後処置)に活用されました。
発表雑誌
雑誌名:mSphere(2023年1月10日オンライン版)
論文タイトル:SARS-CoV-2 transmission from virus-infected dead hamsters
著者:Kiyoko Iwatsuki-Horimoto*, Hiroshi Ueki, Mutsumi Ito, Sayaka Nagasawa, Yuichiro Hirata, Kenichiro Hashizume, Kazuho Ushiwata, Hirotaro Iwase, Yohsuke Makino, Tetsuo Ushiku, Shinji Akitomi, Masaki Imai, Hisako Saitoh, Yoshihiro Kawaoka¶
*:筆頭著者
¶:責任著者
DOI:doi: 10.1128/msphere.00411-22
URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36625587/
問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
用語解説
(注1)エンゼルケア:ご遺体に対して行う処置、清拭、死化粧などの死後ケア。逝去時ケアとも呼ばれる。エンゼルケアの処置の一つとして、体液の流出などを阻止するために鼻腔,口腔及び肛門の封鎖を行う。
(注2)エンバーミング:ご遺体の血液を、防腐効果のあるホルムアルデヒドを主成分とした薬液に入れ替えることなどにより、腐敗変化を防止する衛生保全処置。