2018-08-07 理化学研究所
理化学研究所(理研) 環境資源科学研究センター統合メタボロミクス研究グループのエヴァ・クノッホ訪問研究員、斉藤和季グループディレクターらの国際共同研究グループ※は、インドの伝統医薬アーユルベーダ生薬[1]における重要な薬用植物アシュワガンダの薬用成分であるウィザノリド類の生合成に関与する鍵遺伝子を発見しました。
本研究成果は、合成生物学的手法による天然医薬品の開発や伝統医薬の応用による健康寿命の延伸に貢献すると期待できます。
今回、国際共同研究グループは、ウィザノリド類を含むナス科植物のトランスクリプトームデータ[2]を詳細に解析し、植物に広く存在するステロイド[3]系ホルモン生合成に必要な遺伝子と相同性を示す新しい遺伝子「24ISO」を発見しました。ナス科植物において、24ISO遺伝子の存在はウィザノリド類の蓄積とよく一致し、酵母やタバコでこの遺伝子を発現させると、ウィザノリド類生合成の重要中間体が作られることが分かりました。さらに、アシュワガンダ植物で24ISO遺伝子を抑制するとウィザノリド類の蓄積が著しく低下することから、この遺伝子がウィザノリド類生合成の重要遺伝子であることが証明されました。
本研究は、米国の科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences, USA』の掲載に先立ち、オンライン版(8月6日付け:日本時間8月7日)に掲載されます。
図 ウィザノリド類を蓄積するナス科薬用植物アシュワガンダ
※国際研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター
統合メタボロミクス研究グループ
訪問研究員 エヴァ・クノッホ(Eva Knoch)
テクニカルスタッフⅠ 菅原 聡子(すがわら さとこ)
上級研究員 梅基 直行(うめもと なおゆき)
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)
(環境資源科学研究センター 副センター長)
メタボローム情報研究チーム
研究員 福島 敦史(ふくしま あつし)
質量分析・顕微鏡解析ユニット
テクニカルスタッフⅠ 森 哲哉(もり てつや)
東京工業大学
名誉教授 藤本 善徳(ふじもと よしのり)
デンマーク カールスバーグ研究所
博士研究員 クリスチャン・ポウルセン(Christian Poulsen)
プロジェクトリーダー ジェッスパー・ハルホルト(Jesper Harholt)
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金特別研究員奨励費「高度酸化ステロイド類など植物に含まれる二次代謝成分生合成のゲノム機能科学」による支援を受けて行われました。また、エヴァ・クノッホ訪問研究員はカールスバーグ財団およびJSPSから支援を受けました。
背景
植物は、私たちが薬などに利用する多様な特異的(二次)代謝産物[4]を生産します。これは、植物が長い進化の過程でゲノムに刻まれた遺伝的多様性として獲得してきた形質です。これらの特異的代謝産物の中でトリテルペノイド[3]やステロイドは、最も化学構造的に多様性に富んだ化合物群です。この構造多様性は、しばしば二重結合の有無や位置によって決められます。
ウィザノリド類は主にナス科植物に蓄積され、約600種の化合物が含まれるステロイド系化合物群です。なかでも、3000年といわれる長い歴史を持つインド伝統のアーユルベーダ生薬であるアシュワガンダ(Withania somnifera)は、ウィザノリド類を主要な薬用成分として含有する最もよく知られた薬用植物です。アシュワガンダとそれに含まれるウィザノリド類には、抗炎症作用など多くの薬効が認められ、天然からの新薬開発が期待されています。
しかし、ウィザノリド類の生合成に関する遺伝子や酵素はほとんど解明されておらず、そのためウィザノリド類の合成生物学や代謝ゲノムエンジニアリング[5]の研究は進んでいませんでした。
研究手法と成果
国際共同研究グループはまず、ウィザノリド類を含むナス科植物のトランスクリプトームデータを詳細に解析しました。その結果、植物に広く存在しステロイド系ホルモン生合成に必要な遺伝子DWRF1/SSR1と、それに相同なジャガイモなどの毒性ステロイドアルカロイド生合成に関わる遺伝子で、2014年に斉藤副センター長らが発見したSSR2[6]注1)に加え、これらの二つの遺伝子に相同な3番目の新しい遺伝子を発見し、「24ISO」と命名しました。複数のナス科植物種において、24ISO遺伝子の存在はウィザノリド類の蓄積とよく一致していました。
注1)2014年9月13日プレスリリース「ジャガイモの有毒アルカロイド生合成酵素遺伝子を同定」
そこで、クノッホ訪問研究員らは、24ISO遺伝子がコードするタンパク質の酵素活性は、ウィザノリド類生合成の鍵ステップである24-メチレンコレステロールから24-メチルデスモステロールへの24位二重結合の異性化[7]ではないかと仮説を立てました(図1)。代表的なナス科植物での24ISO遺伝子の発現パターンと24-メチルデスモステロールの蓄積パターンを調べたところ、よく一致していることが分かりました。
次に、24-メチレンコレステロールを生産する酵母で24ISO遺伝子を発現させたところ、24-メチルデスモステロールが生産されることが確認されました。また、この組換え酵母の抽出粗タンパク質を用いたin vitro(試験管内)の実験でも24-メチレンコレステロールから24-メチルデスモステロールへの変換(24位二重結合の異性化)が確認できました。また、ベンサミアナタバコの葉に24ISO遺伝子を一過的に発現させたところ、対照群では見られない24-メチルデスモステロールの蓄積が確認されました。
さらに、ウィザノリド類を主要な薬効成分として蓄積する薬用植物アシュワガンダにおいて24ISO遺伝子の発現を抑制したところ、生合成中間体である24-メチルデスモステロールと主要最終産物のウィザフェリンAの蓄積が著しく低下しました(図2)。この結果から、この遺伝子がウィザノリド類生合成に重要な役割を果たしていることが示されました。
ステロイドの24位の二重結合は、その構造多様性において重要な役割を果たしています。この修飾に関わる遺伝子は、ステロイド系植物ホルモンであるブラシノライド生合成に必要なDWRF1/SSR1遺伝子が植物一般に広く存在する祖先型の遺伝子と考えられ、この遺伝子が進化してジャガイモなどの毒性ステロイドアルカロイド生合成関わる二つ目のSSR2遺伝子が一部のナス科植物に生成したと考えられます。今回発見された24ISO遺伝子はSSR2遺伝子から進化したと考えられますが、SSR2は24位の二重結合の還元を触媒するのに対し、24ISOは異性化を触媒します。
今後の期待
今回発見した新酵素24ISOの働きで生成したステロイド側鎖の24位の二重結合は、全てのウィザノリド類を特徴づける部分構造であることから、その薬効にも関係していると考えられます。したがって、今回の発見は長年その詳細が不明であったウィザノリド類生合成のメカニズムや制御の解明に新しい道を拓くものです。
またアシュワガンダは、アーユルベーダ生薬として健康長寿に極めて有効であるとされ、現代的な研究からも抗炎症作用による慢性病の改善やアルツハイマー病に伴う病斑を快復する効果が報告されています。本研究成果により、ウィザノリド類の合成生物学や代謝ゲノムエンジニアリングが大きく進展すると期待できます。
さらに今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標 (SDGs) [8]」のうち「3.すべての人に健康と福祉を」と「15.陸の豊かさも守ろう」に大きく貢献する成果です。
原論文情報
Eva Knoch, Satoko Sugawara, Tetsuya Mori, Christian Poulsen, Atsushi Fukushima, Jesper Harholt, Yoshinori Fujimoto, Naoyuki Umemoto, Kazuki Saito, “Third DWF1 paralog in Solanaceae, sterol Δ24-isomerase, branches withanolide biosynthesis from the general phytosterol pathway”, Proceedings of the National Academy of Sciences, USA, 10.1073/pnas.1807482115
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループ
訪問研究員 エヴァ・クノッホ(Eva Knoch)
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)
(理化学研究所 環境資源科学研究センター 副センター長)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
補足説明
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- アーユルベーダ生薬
- アーユルベーダは3000年の歴史があるといわれるインドの伝統医学である。アーユルベーダでは医薬だけでなく、食事や生活、瞑想や哲学の概念も含んでおり、健康の維持増進や若返り、幸福な人生を追求する。その代表的な生薬であるアシュワガンダにも若返りや健康長寿の効果を期待して用いられている。
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- トランスクリプトームデータ
- 網羅的な遺伝子発現のデータであり、ある生物学的な現象に関係する遺伝子を推定するときに手がかりとなるデータである。
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- トリテルペノイド 、ステロイド
- トリテルペノイドは、炭素30個の構造を持つ一群の天然有機化合物である。その中で、コレステロールに代表されるような四つの環からなる基本骨格を持つ化合物群をステロイドと称する。
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- 特異的(二次)代謝産物
- どの植物にも広く存在する一次代謝産物(糖、アミノ酸、脂質など)に対して、限られた植物にしか存在しない代謝産物を特異的(二次)代謝産物と呼ぶ。これらにはアルカロイド、テルペノイド、ポリフェノールなど薬や健康機能を持つ成分が多く含まれる。
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- 代謝ゲノムエンジニアリング
- 飛躍的に増えつつあるゲノム関連情報を活用し、ゲノム編集や合成生物学などを駆使することによって、ゲノムレベルで植物や微生物の化学合成能力を人工的に最大限に引き出し、持続可能な代謝産物の生産システムを開発・構築すること。
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- SSR2
- ジャガイモなどに含まれる有毒ステロイドアルカロイド生合成に必要な酵素遺伝子であり、今回発見した24ISO遺伝子はこのSSR2遺伝子から進化したと考えられる。
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- 異性化
- 同じ数、同じ種類の原子を持っているが、異なる構造をしている物質を異性体と呼び、それらの相互変換反応を異性化と称する。今回の研究では、二重結合の位置が異性化する。
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- 持続可能な開発目標(SDGs)
- 持続可能な開発目標(SDGs)とは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標である。持続可能な世界を実現するための17のゴールから構成され、地球上の誰ひとりとして取り残さないことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる。(外務省のホームページから一部改変して転載)
図1 新たに発見した酵素24ISOの働き
酵素24ISOはウィザノリド類生合成への鍵ステップである、24-メチレンコレステロールから24-メチルデスモステロールへの24位二重結合の異性化(赤線の部分)を触媒する。
図2 24ISO遺伝子の発現を抑制した場合のウィザフェリンA蓄積量の変化
24ISO遺伝子の発現を抑制したアシュワガンダ植物では、主要最終産物ウィザフェリンAの生産が減少した(有意差あり、**P=0.001)。よって、24ISO遺伝子がウィザノリド類生合成に重要な役割を果たしていることが分かった。