魚の微細な姿勢制御メカニズムとその神経回路が明らかに

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2023-03-10 基礎生物学研究所,生命創成探究センター

多くの動物にとって姿勢制御は生存に重要です。姿勢が崩れると、元の姿勢に戻すような運動が引き起こされます。わずかに姿勢が乱れた際に、陸上生物では足や胴体の筋肉の収縮をわずかに変化させるという微細な方法で姿勢を立て直します。一方、魚では微細な姿勢制御メカニズムが存在するか否かはっきり分かっていませんでした。基礎生物学研究所/生命創成探究センター/総合研究大学院大学の椙岡拓己 大学院生、谷本昌志 助教、東島眞一 教授の研究グループは、ゼブラフィッシュ仔魚を用いて微細な姿勢制御メカニズムとその神経回路の解明に取り組みました。その結果、魚にも微細な姿勢制御メカニズムが存在し、魚は左右方向にわずかに傾斜すると、胴体をわずかに屈曲することで重力と浮力の作用する軸にずれが生じ、これにより傾きを立て直す方向に力のモーメントが生じて姿勢を立て直していることが明らかとなりました。また、この胴体屈曲を駆動する神経回路の詳細を明らかにしました。哺乳動物において相同な神経回路が姿勢制御に重要であることから、本研究により、この神経回路が脊椎動物で保存されていることがわかりました。今後、今回明らかとなった魚類における知見をフィードバックすることにより、哺乳類を含めた脊椎動物全体の微細な姿勢制御に関わる神経回路のより詳細な解明につながることが期待されます。本研究成果は、英国科学雑誌Nature Communicationsに2023年3月10日付で掲載されます。
魚の微細な姿勢制御メカニズムとその神経回路が明らかに

図 本研究のまとめ

【研究の背景】
多くの動物にとって姿勢制御は重要で、体が傾くと姿勢を立て直す運動が引き起こされます。陸上生物では、わずかに姿勢が傾いた際に、抗重力筋(ふくらはぎや背中の筋肉等)の収縮度合いをわずかに変化させる微細な方法で立て直します。この姿勢制御の神経回路の詳細は完全には分かっていませんでした。これは、哺乳類では多くの関節・筋肉が関わり、さらに神経システムも複雑であるからです。
そこで、比較的体の構造が単純で、神経回路の研究がしやすいゼブラフィッシュ仔魚を用いて研究を行いました。魚と哺乳類の神経ネットワークの構造は共通部分が多いので、魚の知見がその他の動物、さらには人の姿勢制御に関わる神経回路の解明にも貢献すると考えてこの魚を用いました。
ゼブラフィッシュ等の魚において、陸上生物で知られている微細な姿勢制御に対応するものは明らかとなっていません。本研究では、魚の微細な姿勢制御機構が存在するのか否か、存在するとすればその神経回路メカニズムを明らかにすることを目的に研究を行いました。
【研究の成果】
研究グループは、まずゼブラフィッシュ仔魚をロール(右側/左側が上となる)方向に傾斜したときの魚の行動を正面と背面から観察しました。背が上の状態からわずかに傾くと、わずかな胴体の屈曲を伴って、元の姿勢に戻ることが観察されました(図1、動画1 https://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/uploads/20230310/movie1.mp4)。このことから、魚にも微細な姿勢制御機構が存在することが明らかとなりました。魚を粘性が高い液に魚を入れ、魚の運動をはっきり観察できるようにすると、傾斜時の胴体屈曲がより顕著に観察されました(動画2 https://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/uploads/20230310/movie2.mp4)。
fig1.jpg図1 行動実験の方法(左)と傾斜刺激を与えた魚の行動(右)
魚を左側が下となるよう傾斜させると、少し傾いた後、元の姿勢に戻った。傾斜時、わずかに胴体が右側(傾斜上側)に屈曲した(赤色の三角)。

動画1

動画2

研究グループは、胴体の屈曲が魚の姿勢立て直しに重要な役割を担っていると考え、胴体屈曲による姿勢立て直しメカニズムのモデルを考案しました。傾斜時の胴体屈曲により、魚の頭部と尾部は傾斜上側に移動し、浮き袋周辺部は傾斜下側に移動します。浮き袋の密度は、その他の部位の密度より圧倒的に小さいので、重心(重心の作用点)と浮心(浮力の作用点)の位置がズレます。これにより重力と浮力の作用する軸にずれが生じ、姿勢を立て直す方向に力のモーメントが働くことから、元の姿勢に戻るというモデルを考案しました(図2)。
fig2.jpg図2 胴体屈曲による姿勢立て直しのモデル
左:背が上の状態でのスナップショットと魚の模式図。この状態では重心と浮心が魚の正中線上に位置し、重力と浮力が正中線上で働き平衡を保つ。
右:傾斜姿勢時のスナップショットと魚の模式図。胴体屈曲により、頭部と尾部は傾斜上側に移動し、浮き袋周辺部は傾斜下側に移動するので、重心と浮心がズレる。これにより重力と浮力の作用する軸がズレ、姿勢を立て直す方向に力のモーメントが働く。


もしこのモデルが正しければ、浮き袋がない魚では、体の密度がほぼ均一になるので、傾斜時に胴体を屈曲させても重心と浮心の位置はズレません。そして、浮力と重力が同じ軸上で働くので、力のモーメントは発生しないことから、姿勢を立て直すことができないと推測しました(図3左)。
このモデルを検証するために、浮き袋内の気体を抜いた魚を傾斜させたところ、予想通り、魚は傾斜姿勢から立て直すことができませんでした(図3右)。このことから、魚は傾斜時に胴体を屈曲させ、傾斜姿勢から立て直す方向への力のモーメントを利用して、背が上の状態に戻ることが強く示唆されました(図2)。
fig3.jpg図3 モデルの検証
左:浮き袋を持たない魚の傾斜姿勢の模式図。図2のモデルが正しければ、傾斜時、胴体を屈曲しても重心と浮心の位置はズレない。これにより重力と浮力は同じ軸上で働くので力のモーメントが発生せず、傾斜姿勢から立て直すことができない。
右:浮き袋内の気体を抜いた魚のスナップショット。傾斜刺激を与えても傾斜姿勢のままであることから、図2のモデルが正しいことが強く示唆された。


次に、研究グループは、胴体の屈曲に関わる筋肉や神経回路の探索を行いました。最近研究グループは傾斜中に神経活動を計測することが可能な「対物レンズ傾斜顕微鏡」を開発していました(https://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/2022/12/21.html)。この顕微鏡を使って傾斜中の細胞群の活動を調べました。さらに活動が観察された細胞群を破壊したときの胴体の屈曲度合いを調べることで、胴体の屈曲に必要な細胞群の特定に成功しました。図4および動画3(https://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/uploads/20230310/movie3.mp4)では、例として網様体脊髄路ニューロン(運動に関わり脊髄に情報を伝達する中枢のニューロン)の結果を示します。

動画3

fig4.jpg図4 網様体脊髄路ニューロンの活動イメージングと細胞破壊実験
左:右側が上の傾斜時では右側の細胞群が活動し、左側が上の傾斜時では左側の細胞群が活動した。
右:左側の細胞群を破壊した魚を傾斜させると、左側が上の傾斜時の左側への屈曲角度が減少した。この結果は網様体脊髄路ニューロンが同側への胴体の屈曲に必要であることを示す。
複数の細胞群に対し、活動イメージングと細胞破壊魚の行動実験を行うことで、胴体の屈曲は、『①前庭神経核ニューロン(耳から傾斜情報を直接受け取るニューロン群)、②網様体脊髄路ニューロン(運動に関わり脊髄に情報を伝達する中枢のニューロン群)、③脊髄運動ニューロン、④浮き袋の脇に位置する筋肉』という神経回路と筋肉で駆動されることが明らかとなりました(図5)。
fig5.jpg

図5  胴体の屈曲に関わる神経回路

【今後の展望】
本研究により、魚はわずかに傾斜した際に、胴体屈曲による微細な姿勢制御機構を行うこと、そしてその神経回路が初めて明らかになりました。この成果は魚の生理学を理解する上で重要な知見です。
前庭神経核ニューロンから網様体脊髄路ニューロンを介して脊髄運動ニューロンへ至る神経回路は哺乳類にも存在します。この神経回路は哺乳類においても姿勢制御に重要であることが近年指摘されましたが、本研究により、ゼブラフィッシュ仔魚においてもこの神経回路が非常に重要であることがはっきりと示されました。したがって、この神経回路の重要性が脊椎動物で共通していることが示唆され、今回明らかとなったゼブラフィッシュでの神経回路の知見が、哺乳類における微細な姿勢制御に関わる神経回路のより詳細な解明に役立つことが期待されます。

【発表雑誌】
雑誌名:Nature Communications
掲載日:2023年3月10日
論文タイトル: Biomechanics and neural circuits for vestibular-induced fine postural control in larval zebrafish
著者:Takumi Sugioka, Masashi Tanimoto, Shin-ichi Higashijima
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-023-36682-y

【報道解禁日時】
日本時間2023年3月10日(金)午後7時。新聞は11日(土)朝刊より情報をご利用頂けます。

【研究グループ】
基礎生物学研究所 神経行動学研究部門/生命創成探究センター 神経ネットワーク創発研究グループ/総合研究大学院大学の椙岡拓己 大学院生、谷本昌志 助教、東島眞一 教授の研究グループにより行われました。
【研究サポート】
本研究は、科学研究費補助金のサポートを受けて行われました。

【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 神経行動学研究部門
生命創成探究センター 神経ネットワーク創発研究グループ
教授 東島 眞一(ひがしじま しんいち)

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室

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