ナンジャモンジャゴケのゲノム解読からわかった「生きた化石」の進化

ad

2023-08-22 基礎生物学研究所

高木典雄博士(たかきのりお、故人:名古屋大学名誉教授)は1951年夏に北アルプスの高山で奇妙な形の植物を見つけました。どんな植物に近縁かがわからず、世界中の学会で話題となり、外見がコケに似ていたところから、ナンジャモンジャゴケと呼ばれていました。高木博士にちなんで、Takakia lepidozioidesと命名され、コケ植物タイ類(ゼニゴケなどの仲間)として発表されましたが、その後の研究から、コケ植物タイ類ではなく、コケ植物セン類の中でもっとも古くに分かれた系統であることがわかりました。
基礎生物学研究所の長谷部光泰教授が加わった、中国首都師範大学のYikun He教授、ドイツフライブルグ大学Ralf Reski教授を中心とする国際共同研究チームは、1億6500万年前の地層からナンジャモンジャゴケとよく似た化石を発見し、ナンジャモンジャゴケは1億6500万年以上もの間、形をほとんど変化させなかった「生きた化石」であることがわかりました。ところが、中国チベット自治区チベット高原の標高4000メートル付近の高山に自生するナンジャモンジャゴケのゲノム配列を解読したところ、「生きた化石は遺伝子も変化していないだろう」という予想とは異なり、ゲノム重複の後、多くの遺伝子が変化していることがわかりました。変化した遺伝子の中には、DNA損傷を修復する遺伝子や低温に応答する遺伝子が含まれていました。このことから、1億6500万年前に恐竜などとともに温暖な土地に生育していたナンジャモンジャゴケが、ヒマラヤ造山運動に伴う自生地の高度上昇と気温低下の過程で、高山の強い紫外線や冷涼な気候に適応して進化した可能性が高いことがわかりました。このことから、ナンジャモンジャゴケは、地球の環境変化に適応して体の中の仕組みは進化してきたものの、外見(外部形態)は進化しなかった「生きた化石」であることがわかりました。今回の発見は、多くの「生きた化石」と呼ばれる生物も、古代のままの状態を維持しているのではなく、地球の環境変動に伴い、多くの遺伝子を変化させて生き延びてきた可能性を示唆しています。長い年月をかけて徐々に環境変化に適応してきたナンジャモンジャゴケですが、近年の急激な気候変化のためか、自生地が縮小し続けていることもわかりました。今後は、日本や他の地域に分布するナンジャモンジャゴケとの比較研究を行うことで、生きた化石の最近の進化について新しい発見がある可能性があります。本研究成果は2023年8月9日に米国科学誌『Cell』に掲載されました。

【研究の背景】
ナンジャモンジャゴケ(写真1、2)は、植物学者の高木典雄博士(たかきのりお、故人:名古屋大学名誉教授)によって、1951年夏、北アルプスの五竜岳から鹿島槍の尾根筋にて、世界ではじめて発見されました。基部で枝分かれした円柱状の葉が茎から生えるという奇妙な形態や、生殖器官が見つからなかったことから、どんな植物の仲間なのかがわからず、当時、国内外の学会で話題となりました。被子植物(花の咲く植物)、裸子植物(マツなどの仲間)、シダ植物、コケ植物、藻類の研究者が検討した結果、コケ植物タイ類(ゼニゴケなどの仲間)の仲間として1958年に高木博士にちなんでTakakia lepidozioidesという学名で発表されました。その後、もう1種(ヒマラヤナンジャモンジャゴケ)が見つかるとともに、ナンジャモンジャゴケ属は北米からアリューシャン列島、ヒマラヤまで高山に広く分布することがわかり、生殖器官も発見され、詳細な形態と遺伝子を用いた比較解析から、コケ植物タイ類ではなく、コケ植物セン類の中で最も初期に分かれた種類であることがわかりました。現在では、1目1科1属2種、ナンジャモンジャゴケ目ナンジャモンジャゴケ科ナンジャモンジャゴケ属にナンジャモンジャゴケとヒマラヤナンジャモンジャゴケの2種のみが知られています。
ナンジャモンジャゴケのゲノム解読からわかった「生きた化石」の進化

写真1 ナンジャモンジャゴケ

fig2.jpg

写真2 写真1の拡大。茎から円柱状の葉が生えていることがわかる。

【研究の成果】
研究グループは、中国内モンゴル自治区道虎溝(Dauhugou)のジュラ紀の約1億6500万年前の地層から、基部で3分枝した棒状の葉を形成する点や大きさなどがナンジャモンジャゴケに類似した化石を発見しました。この地層からは、トカゲ、多くの昆虫、樹上性肉食恐竜、毛の生えた原鳥類などが発掘されています。このことから、ナンジャモンジャゴケの生育地は、1億6500万年前には低地で温暖だったけれども、ヒマラヤ造山運動に伴い、徐々に高度が上昇し気温も低下し、現在は、標高4000メートル付近に自生しているのではないかと推定できます。この間、生育地の環境変化が著しかったと推定されるにも関わらず、形態は、少なくとも1億6500万年間、ほとんど変わっていないことから、「生きた化石」であると考えられます。
研究グループはナンジャモンジャゴケが約4000メートルの高山に自生することから、紫外線の防御能力、紫外線によって生じる活性酸素の除去効率などを調べ、低地に自生するヒメツリガネゴケと比較したところ、ナンジャモンジャゴケはヒメツリガネゴケより、紫外線に対して強靭であることがわかりました。次に、中国チベット自治区の標高4000メートルに自生するナンジャモンジャゴケのゲノムを解読しました。その結果、ナンジャモンジャゴケは過去に倍数化して遺伝子が増え、その後、遺伝子が減る段階にあることがわかりました。さらに、高山における強い紫外線によるDNAの損傷を防いだり、修復したりする遺伝子では、アミノ酸配列を変化させるような突然変異が多く起こっており、紫外線耐性に適応して進化した可能性があることがわかりました。また、多くの生物が持つ寒冷耐性を弱めるような遺伝子がナンジャモンジャゴケでは失われており、高地での寒冷耐性に寄与しているのではないかと示唆されました。
このことから、ナンジャモンジャゴケは、約1億6500万年の間、形態をほとんど変化させず、外見上は「生きた化石」と言えますが、実は、紫外線防御や寒冷耐性に関わる遺伝子は旺盛に進化し、ヒマラヤ造山運動に伴う、自生地の高度上昇と気温低下に適応して、現在まで生き延びてきたことがわかりました。しかし、研究グループが2010年から2021年にナンジャモンジャゴケの自生地を継続観察したところ、毎年1.6%ずつ分布域が減っていることがわかりました。このことは、長い年月をかけて高山の過酷な環境に適応してきたナンジャモンジャゴケも、近年の急激な気候変動には耐えられない可能性を示唆しています。

【今後の展開】
日本に自生するナンジャモンジャゴケは最初に見つかった高山帯の岸壁だけでなく、亜高山帯の森林内の岸壁にも生えています。ナンジャモンジャゴケの種内にどんな変異があるのか、また、今回解析されたチベット自治区の個体と日本、あるいは、その他の地域の集団でどのような違いがあるかがわかると、ナンジャモンジャゴケがどのように進化しつつあるのかを理解できるようになると期待できます。
ナンジャモンジャゴケのゲノムと他のコケ植物のゲノムをより詳細に比較解析すること、他の生物で生きた化石と呼ばれる種のゲノムを解析することで、どうして特定の生物だけが、長い年月の間、形を変えずにいられるのかという進化学の大きな問題を解ける可能性があります。

【発表雑誌】
雑誌名 Cell
掲載日 2023年8月9日
論文タイトル: Adaptive evolution of the enigmatic Takakia now facing climate change in Tibet
著者:Ruoyang Hu, Xuedong Li, Yong Hu, Runjie Zhang, Qiang Lv, Min Zhang, Xianyong Sheng, Feng Zhao, Zhijia Chen, Yuhan Ding, Huan Yuan, Xiaofeng Wu, Shuang Xing, Xiaoyu Yan, Fang Bao, Ping Wan, Lihong Xiao, Xiaoqin Wang, Wei Xiao, Eva L Decker, Nico van Gessel, Hugues Renault, Gertrud Wiedemann, Nelly A Horst, Fabian B Haas, Per K I Wilhelmsson, Kristian K Ullrich, Eva Neumann, Bin Lv, Chengzhi Liang, Huilong Du, Hongwei Lu, Qiang Gao, Zhukuan Cheng, Hanli You, Peiyong Xin, Jinfang Chu, Chien-Hsun Huang, Yang Liu, Shanshan Dong, Liangsheng Zhang, Fei Chen, Lei Deng, Fuzhou Duan, Wenji Zhao, Kai Li, Zhongfeng Li, Xingru Li, Hengjian Cui, Yong E Zhang, Chuan Ma, Ruiliang Zhu, Yu Jia, Meizhi Wang, Mitsuyasu Hasebe, Jinzhong Fu, Bernard Goffinet, Hong Ma, Stefan A Rensing, Ralf Reski, Yikun He
DOI: https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.07.003

【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 生物進化研究部門
教授 長谷部 光泰(はせべ みつやす)

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室

生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました